”シュレーディンガーのクロネコ達”
〜Side タクミ〜
俺は坂道の防衛をウソップに任せ、人獣時に常時展開の「紙絵武身」を解除して、坂道を駆け下る。
原作ではナミと二人である程度持ちこたえてたんだから、俺が数を減らせば大丈夫だろう。
ジャンゴを捕捉して、俺は迷う事無く正面突破を試みた。森の番人をしていた頃は、獣形態で脅しをかけ、引かない場合はそのまま噛み殺していた。だから人獣形態での戦闘は今回が初。
「紙絵武身」の性能と一番不安な「紙絵」は、クロで試せばいいだろう。それぐらいの相手じゃないとテストにならない。
先頭の男は単独、武器はサーベルなので不安だった「鉄塊」を試してみる
「「鉄塊 剛」!!!」
「なっ!? 髪で受け止め「「咬指銃」!!!」グボァ!?」
余計なことを言わないで欲しい。身体で受け止めるのは怖いもんは怖いんだ。まあコレで、この船の雑魚クラスは「鬣 鉄塊 剛」で受けきれることがわかったし…………「獅子鉄塊」とかいったほうが様になるだろうか?
「咬指銃」が人に与えるダメージも大体わかった。うん、やりすぎた。明らかなオーバーキルの技だな。
「指銃」は指に「鉄塊」をかけて高速で打ち抜く技(原作の理論がどうかは知らないけど)。「咬指銃」は五本の指すべての第一関節までに「鉄塊」をかけて打ち込み、後は鍛えた握力で力任せに肉を掴み、そのまま抉り取る力技。
アーロンの”咀鮫”を真似て修行した技なんだが、本家とどちらが強いのだろう? 結果として、タマ(仮)のお腹は左から1/3ほどが無くなり、鮮血が噴出すというか溢れている、明らかな致命傷……綺麗な血の色だ。何か叫んでるような気もするが、俺はスルースキルを発動させる。
タマ(仮)、君の犠牲はもちろん忘れるが、俺の力の礎になるんだ。誇りに思ってイイ。そうコイツらは哀れなシュレーディンガーのクロネコ。後は原作の「六式」応用技を試すことにするから、他の連中は精々頑張ってくれ。
俺は目の前の敵に集中し直して、ジャンゴへの進撃を続けた−−−−
「なっ何なんだお前は!!? ワン・ツー・ジャンぐぉぽべぱ!!!」
「ん?」
……またやりすぎた。珍しく反省はしてる。ダメだ、「紙絵武身」を解除しての人獣形態は、血を見て湧き上がる凶暴性を抑えきれない。ジャンゴに催眠術をかけられそうになってとっさに「獣厳」を放つまで意識が曖昧だった。
この症状、チョッパーになんとか出来るのか? まぁ、それまでは単独戦闘時に限定して使用することにする事にしよう。何かもう見境無いからな。基本応用技をいろいろ試すつもりだったのだが、接触する前に「嵐脚 線」で無力化。進路外から近づいてきた相手には「咬指銃」。
クロネコ海賊団にはジャンゴ以外に飛び道具の使い手がいないようなので、ジャンゴだけを見据えて只進んできたわけだが。
被害は甚大……たぶん四、五人くらいは即死しているハズだ。凄い勢いで、すっ飛んでいったけど、ジャンゴ死んでないよな?
ネズミに引き渡す約束をしたわけじゃないが、もちろん殺すつもりは無かった。
でも、ジャンゴは実際怖いだろ?「ワン・ツー・ジャンゴで死にたくなれ」とか言われたら即終了。あの催眠術はそれぐらいの強制力がありそうだからな……たぶん生きてるだろ!! この世界の人間ってヤツはやたらと打撃には強い! 吹っ飛んでもなぜか無事! ワポルとかバギーとかよく生きてたなと感心するもんだ。よし、ジャンゴは大丈夫のはず。次っ!!
敵を殺してしまったのは大丈夫だろうか? なんだかんだで一味は直接殺してないよな? でも、戦いにはみんな覚悟を持って臨んでいるみたいだし、無力化した相手に止めを刺さないというだけ……まあ大丈夫だろ、みんな一撃で死んでるし。いたぶる様な快楽殺人者には見えないハズ。
頭に「咬指銃」を受けた船員はかなり酷いことになってるがスルーで、何かもういろいろスルーで!!! もしも何か突っ込まれそうだったらそれっぽい演説でもかまして、うやむやにしてしまおう。
想像以上に扱い辛い武力を手にしていた事に思考がおかしくなりかけていると、坂の上からウソップの雄叫びが聞こえてきた。
「うおぉぉぉぉぉ!!!!」
勇ましいなウソップ、いったい何人倒したんだ?
……!!? 俺の目に飛び込んできたのは絶体絶命のウソップ!!! 慌てて地面を強く蹴る! 「紙絵武身」にはタイムラグがあるので、解除したままウソップのもとへと駆け出した。
「「剃」!!!」
頼む!! 間に合ってくれ!!!!
〜Side ナミ〜
「わたしの宝に手ェ出したら赦さないんだから!!」
北の海岸に向かって、わたしは最高速度で森を駆け抜ける。タクミが先行しているから問題無いとは思うけど、アレはココヤシ村を救う為の大切なお金。何があっても海賊なんかに渡すわけにはいかない。
もうすぐ海岸ね。万が一に備えて武器を用意しておこう……アイツら無事なんでしょうね。
「うおぉぉぉぉぉ!!!!」
森を抜けて最初に聞いたのはウソップの雄叫び。てっきりタクミに全部任せて、自分は観戦モードにでも入っているのだろうと思ってたのに、意外とやるじゃない。
……!!!? ウソップに後ろから駆け寄ると、さっきまで見えていなかった状況が見えてきた。武器のパチンコを取り落とし、カトラスを持った敵が眼前に迫っているのに動かないウソップ。
いえ、動けないんでしょうね。後頭部からの激しい出血がその傷の深さをものがたっているわ。わたしに生まれる一瞬の躊躇い……出来れば力量は隠しておきたかったけど……しょうがないわねェ!! 助けてあげるわよ!!
わたしは走ってきた勢いそのままに、ウソップの左後ろから飛び出した。右肩の上まで振り上げていた組立式の棍を、ウソップの鼻に触れる寸前だったカトラスを持つその手に振り下ろす。
「グアァ!!?」
手首が砕ける確かな感触!! 打たれた敵は、たまらずカトラスを手放した。自分の両手に残る感触に不愉快な気持ちになるけど、そうも言っていられない。インパクトの瞬間に絞っていた手を緩め棍を縦に担ぎ直し、一歩で相手と距離を詰める。肩から相手の懐に潜り込んで一本背負いの要領で棍を振るった。
「でぇふっ!!!!」
わたしの肩を支点に顎へと放たれたその一撃は、容易に敵の意識を刈り取った。
ウソップに一発受けたらしい、足元で悶絶している敵の水月を、ついでとばかりにヒールで踏み抜く。あまりに流麗に(自画自賛ではない)行われたわたしの一連の動作を前に、周りにいた四人の船員たちとウソップは息を呑んだ。
「ふぅ……戦うのは好きじゃないのよね、引いてくれない?」
「何だこの女!!? メチャクチャ強ぇぞ!!!」
「三人がかりで行け!!!」
「ふざけんなお前が行けよ!!!」
「おれはこんなゴリラ女と戦うのはゴメンだ!!!」
……引く気はないみたいね。コチラを見ないで、誰が行くかで口論になり始めた四人の背後に回って、延髄を狙ってそれぞれを一撃で仕留めた。
わたしの事を『ゴリラ女』呼ばわりしたバカには、少し強めの特別な一撃を決めてあげたわ。
「話を聞かない相手は嫌いだわ!!!」
「『どん!!』って感じだな!」
たおれた四人を見下ろすわたしに、ウソップはわけが解らない感想をいってくる。
「何よそれ???」
「まあ気にすんな!! にしてもお前こんなに強かったんだな!!」
逃げる時に戦う事も想定してたわたしとしては、出来れば隠しておきたかったんだけど、今回はしょうがないわよね。
「アイツらに比べたら普通よ」
「なるほどな。比較対象が規格外だもんなぁ」
アイツらのおかげで簡単に誤魔化せたみたいだし、取り合えず良しとしておきましょう。
「そんなことよりアンタ大丈夫なの?? 間欠泉みたいに血が噴出してるわよ?」
ウソップの頭はリアルにそんな感じだったので、私は本気で心配した。
「大丈夫だ!! おれはこの坂を頼むとタクミにまかされたんだから、せめてアイツらが来るまでは、ココに立ち続ける!!!」
そうは言っても足が震えてるし、フラフラと身体が揺れてるコイツに、何かが出来るとは思えないわね。
「なぁにかっこつけてんのよ!!……まあいいわ、ほら、肩貸してあげるから」
「……悪ィな、ほんとは結構イッパイいっぱいなんだよな」
ちょっとだけ間があったけど、ウソップは割りと素直に従って、わたしの肩に身体を預ける。ほんの三分くらい離れていただけなのに、ウソップは変わっていた。
ウソップを変えたのはきっとタクミだ。そんな事を思いながら、わたしは一度坂の上へと引き返す事にした。