小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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”ネズミ大佐”



〜Side ネズミ〜



「チチチチチチチチチチチ」


 今日はあの”百計のクロ”が手に入る日だ!! 堪えようにも笑いが止まらん!!

 少しだけ悩んだが、クロは自分で捕まえた事にして出世の手柄にしよう。これでおれの准将昇進は確実だ。

 あの賞金稼ぎ、部下の報告ではタクミとか言ってたな。あいつは世渡りってもんを解ってる。強すぎる賞金稼ぎは政府に目を付けられる。

 やってることは海賊と変わらんヤツ等が多いからな。下手を打って自らが賞金首となってしまうことを防ぐ為におれに取り入ったんだろう。

 ”百計のクロ”を捕らえると自信を持って言えるような賞金稼ぎはこの東の海にはまずいない。あの”海賊狩りのゾロ”なら可能かも知れんが、魔獣のような男と言われるくらいだ。腕自慢の直情型と見てまず間違いは無いだろう。”百計”を出し抜くのは難しいだろうな。

 その点アイツはかなりの策略家に違いない。あいつは初めから出世に関わる話だと言って電話をかけてきている。つまりはおれが自分の金で賞金を払い、手柄を取りに来ると決め付けていたって事だ。

 その上で1000万ベリーがお買い得みたいな言い方をしやがった。アイツはおれの懐具合を知っている。1000万ベリー、普通なら支部の大佐が簡単に動かせる金じゃない。アイツはおれとアーロンの繋がりに気づいてるんだ。

 出世欲のあるヤツは海軍にたくさんいる中、交渉相手にわざわざおれを選んだのは大方、金で動く人間なら信用できるってところだろうな。

 おれも同じ意見だ、いいパートナーが見つかったぜ。



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 時間より遅れて約束の海岸に接岸する。ここに来る前に北の海岸を見てきたが、やはり間違いなかった。戦闘はおそらくあの場所で極最近に行われている。

 わざわざ南の海岸と指定してきた時に疑問に思ったものだ。近くのほかの海岸で戦闘を行うつもりではないかと、あの海岸には土を返したばかりの場所がいくつもあった。

 さらには埋めてはいるが隠しようがなかった円を描くように残った斬撃の跡、クロはおそらく噂に聞く”杓死”を使ったのだろう。

 そして件の男はそれを打ち破った。それほどの実力者だ。自分が賞金首になるのを防ぐ為に破格の対価をおれに渡すのも頷ける。

 船から降りて、その男の姿を見て、おれは戦慄した!!! その身体に、顔に、ただ一つの傷すら無い!!!

 戦闘が行われたのはおそらく電話があった三日前以降、傷が癒える時間は無い。この男は、海軍の一船を相手どり全滅させるような海賊を、無傷で倒したってのか!!?


「チチチチ、君がタクミくんかね? おれが海軍第16支部 支部長 大佐のネズミだ」


 酒瓶片手に笑顔で歩み寄る男に、おれは努めて冷静に言った。交渉ごとでは相手に弱みを見せてはいけない。必ずこの男はおれの下につけてみせる。


「お初にお目にかかります大佐殿。専属賞金稼ぎをさせていただく、アイザワ・タクミと申します」


 言葉は丁寧だが、この男のそれは相手に意図的に威圧感を与えてやがる。慇懃無礼な態度は心まで降るつもりは無いという意思表示だろう。やっかいな相手だが実力があるなら問題ない。


「そうかね。では早速”百計のクロ”を見せてくれたまえ」

「ココに」


 男が横に並べてある大きな樽の一つを蹴り倒すと、その中ではロープで縛られたクロが呻き声をあげていた。

 完全に捕縛されて尚、危険な光を失わないこの男も、やはり百戦錬磨の海賊といったところか。


「これがクロが使っていた武器、通称”猫の手”です。検めてください」


 クロに視線を奪われていたおれに、男は刀がそれぞれの先端につけられた奇妙なグローブを渡してくる……本物だ!!! コイツは”百計のクロ”!!! 過去の手配書通りの顔にこの武器!!! 間違いようが無い!!!


「結構!!! 残りの樽は幹部のシャムとブチだな?」

「その通りです。こちらも捕縛に成功しておりますが、検められますか?」


 残りの樽も蹴り倒すつもりなのか、男は樽の淵に足をかけているが、その必要はないだろう。


「いや、構わんよ。お前らさっさとコイツらを船底に放り込め!!! 死なせるんじゃないぞ!!!……ところで現船長のジャンゴはどうした? あの男にも賞金がかかっていたハズだろ?」

「捕縛すると約束しておりませんでしたので、殴り飛ばした後は何処へ行った事やら。第一私が狙うには小物過ぎますね。1000万ベリー以上の懸賞金がかかったならば考えましょう」


 ……よくもまぁヌケヌケと。コイツは飯の種を残す為に、ワザとジャンゴを逃がしたんだな?

 コイツに利用されるのは癪だが、どうせ手柄はおれのモノになるんだ。ジャンゴが次に事件を起こした時には、1000万ベリーの手配を申請しておくか。

 アイザワ・タクミか、喰えない男だ。


「チチチチ、その時の君の取り分はまた後で話そうじゃないか。さあ君も乗りたまえ。海上レストランへ案内しよう」

「それではお言葉に甘えて」


 信じられない事に、タクミは海軍船にジャンプして乗り込んだ。

 この男は本物だ!!! 一流の賞金稼ぎだ!!! こんなヤツがおれの配下につけばおれの出世は約束されたも同然!!!

 おれは出来るだけ平静を装いながら船に乗り込み、手早く出航の指示を出した。

 クロを捕らえた功績でのし上がったモーガンのヤツ不正でが失脚した事だし、コレからの東の海は、完全におれの時代だ!!!
 
 
 

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