小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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”偉大なる航路”



〜Side タクミ〜



「”偉大なる航路”の入り口は山よ」

「山!?」


 ナミの発言にナミ信者のサンジと、既に知っている俺以外は怪訝な顔を浮かべる。

 ナミは海図を広げ、運河があるのだと主張するが、ゾロとウソップは軽く呆れている。ゾロにいたっては入り口へ向かう必要性は無いとまで主張し始めた。


「それは違うぞお前っ!!」

「そうよ、ちゃんとわけがあんのよ」


 ゾロの発言を即座に否定しようとするルフィに、ナミが同意しようとするのだが。


「入り口から入ったほうが気持ちいいだろうが!!!」

「違う!!」


 即座に殴られるルフィ。ゴムなのにタンコブが出来ているのはスルーしておこう。最近のナミの拳は、”覇気”でも纏ってるのか? と思わせるほどの鋭い拳だ。いや、この場合はガープ的に言うところの”愛”だろうか?


「おい!! あれっ!? 嵐が突然止んだぞ!!」


 ウソップに指摘され、サンジも外を見て確認し、皆で甲板に出て行く。俺は一人船内で準備を始めた…………


「しまった……”凪の帯(カームベルト)”に入っちゃった……」


 楽観的な一味と対照的に、ナミは酷く動揺しながら、皆にこの状況を理解させようとしたが。


「”凪(カーム)”ね、どうりで風がねェ……で? それが一体……」

「要するにこの海は……」


 気楽なゾロの発言に、ナミは話の核を伝えようとしたが、突如船を襲った大きな揺れに固まり、皆は騒ぎ出す。


「うわっ、何だ!? 何だ、地震か!?」

「バカ、ココは海だぞ!!」


 皆それぞれ動揺してるな。心配ない俺に任せておけ…………そろそろ行くか。


 ナミは、船室から出てきた俺の姿を見て、何故か泣きながら呟いた。


「誰か…………そこのバカ(タクミ)を止めて……」



〜Side ナミ〜



 ココが大型海王類の巣だと皆に伝えようとした時に、船内から出てきたタクミの姿を見て……私は絶望した。

 右肩に、ローグタウンで購入したらしい巨大な銛を担ぎ、極太のロープを携えている。

 よく見れば銛とロープは繋がっているみたいで、タクミはそのロープを素早くメインマストへと結びつけている。


 え!? 何!?……バカなの?……アホなの?……死ぬの?


 タクミにこんな事を思ったのは始めてだ。

 モームの時には作戦の為に、あんなにハジケた行動を取っていたんだとばかり思っていたんだけど……

 ダメだこの人、まるで見境が無い……自分の欲望に忠実すぎるんだ。よく考えてみれば、船上でお酒がなかったあの二日間のタクミは異常だった。


 タクミの異常性にモームの時点で気づいていたらしいゾロとサンジくんが、私の言葉に従いタクミを止めようとしたんだけど、タクミは私が初めて目にする全力の巨大な人獣になって、二人の妨害なんか無視するみたいに投擲体勢に入った。

 タクミの片腕が、異常なまでに膨れ上がっていっって、私たちを鼻先に乗せる海王類の頭を目がけて、巨大な銛を放とうとしたその時、海王類がくしゃみをした。

 それは凄まじい勢いでメリー号を吹き飛ばし、私たちはその場を無事に離脱した……ように見えたわ。

 わたし達は船が吹き飛んだ事よりも、タクミがあの海王類に攻撃を加えなかった事を安堵した…………けど、


「わ!! かえるが跳んで来たぞ!!」


 ルフィの言葉通り、巨大なかえるがこちらに向かって跳んできた。危機感を感じたわたしがすぐに振り返ると、二人の制御すら付いていない状態で、タクミはすでに投擲体勢を完璧に整えていた。


「今は名も無き巨大かえるよ……俺にその全てを晒せェ!!!!」


 タクミがニヤリと笑った瞬間、凄まじい轟音で銛が放たれ、大きな破裂音が響いた。かえるの眉間には深々と銛が突き刺さっていて、既に命の脈動は感じない。

 ……何!? 今のは絶対、かえるに刺さった様な音じゃなかったわ!!?

 この騒動でメリーから落ちそうになっていたウソップを、ルフィが無事に回収して、船底が派手な着水を決めた後、放心状態のウソップを除いた男衆でオールを漕いだんだけど、進み方がやけに遅い。

 そりゃそうよね……かえるを引いてるんだもの……


「ゾロ!!! ロープを切って!!!」

「おぅ!!!」


 このままじゃ命の危険がある。ゾロも私の指示に素直に従おうとしたんだけど……はぁ……


「あの野郎……」


 私はイロイロと諦めた。ゾロの刀は、いつのまにか三本ともタクミが背負っていた。

 満足げにオールを漕ぐタクミは、それなりに必死っぽく漕ぎながらも、追ってくる海王類の目玉を目がけて、得意の飛ぶ蹴り斬撃を放って牽制してる。

 コレ以上、獲物を狩るつもりはなさそうなタクミに安堵しながら、ようやく嵐の真っ只中に戻る事が出来て、船は速度を取り戻した。


「あほか!! てめェは!!! 危うく死ぬとこだ!!! さっさと刀返せ!!!」

「あんたバカじゃないの!!! TPOを弁えなさいよ!!!」


 ココまでが正しい反応。二人とも暴力による制裁を忘れてはいない。


「おい、タクミ!!! すっげェな!!! アレ食えんのか!?」

「かえるの肉は鶏肉に似ているといわれ−−−−(要は長々と薀蓄)」


 コイツらにも、ついでに制裁を加えておいた。タクミを止めようともしなかったルフィには、サンジくんの三倍だ。

 ちなみにウソップは絶賛気絶中……勇敢なる海の戦士が、聞いて呆れるわね。


 でも、これで確信が持てた。タクミが大人ぶってるだけだという事と、やっぱり山を登るんだということ。

 前者は言うまでもないけど、後者は皮肉にもかえるが教えてくれた。この巨体を引いてなお、この船がこれだけの速度で進むのは、流石におかしい。

 これだけの激流なら、山を駆け登っても不思議じゃないわ。その事を話しても、ゾロは私をアホを見るような目で見つめているし、ルフィは”不思議山”という言葉で片付けた。

 言ってやりたい。アホはお前らだ!!


「”偉大なる航路”ってのァ、入る前に半分死ぬと聞いた」


 オーナーから聞いたらしいサンジくんの言葉に、タクミを除く皆が息を呑んだ。


 わたし達は海流に乗ってそのまま船を進めて行ったんだけど…………いざ”赤い土の大陸(レッドライン)”を目にすると、さすがに壮観ね。

 ぽっかりと開いた小さな運河が山を登っている。わたしは、理論では理解したつもりでいたんだけど、その光景に言葉を失った。ゾロも自分で目にして、ようやく現実を受け入れたみたい。


「ずれてるぞ!! もうちょっと右!!! 右!!!」

「右!!? おもかじだァ!!!」

「おらァア〜〜〜〜っ!!!」


 珍しく真剣な、それでいて適当なルフィの指示に、ようやく目を覚ませたウソップと、サンジくんが懸命に応えようとしている。

 ギリギリで舵が間に合いそうなその時、船内に不吉な音が響いて、舵が、折れた……折れた……折れた…………


「助かった!!!」

「ルフィ捕まれ!!!」


 ……は!!!?……わたしが半泣きで現実逃避をしている中、ルフィが船と壁とのクッションになってくれたみたいね。ルフィもゾロの手を掴んで無事生還。


「「「「「入ったァーーーーーーっ!!!」」」」」


 わたし達は五人で喜びを分かち合った。船は一気に山を登り、後は下るだけ。


「おお見えたぞ!! ”偉大なる航路”!!!!」


 ………………? そういえばタクミは?

 ルフィを中心に皆が大はしゃぎしている中でタクミを探すと、船尾に引かれるかえるを見ながら、一人でニヤニヤしていた。

 ハッキリいって呆れたけど、よく考えたらあの大きさを一撃で仕留めるって、人としてどうなのよ!!!?

 つくづくバケモノじみた強さだと今度は感心していると、サンジ君がおかしなことを言い出した。


「ナミさん!! 前方に山が見えるぜ!!」

「山? そんなはずないわよ!! この先の”双子岬”を越えたら、後は海だけよ?」


 サンジ君が何かを言いかけたけど、その瞬間、空気を震わせる重低音が、辺りに響き渡った。コレは……何かの鳴き声??

 さっきまで耳に入ってなかった音に、わたしが不吉な気分になると、隣に真剣な顔をしたタクミが立っていた。


「ん?……山じゃねェ!!! クジラだァ!!!」


 その言葉で、タクミの真剣な目はハンターの目だったのだと確信し、私は静かに意識を手放した。
 
 
 

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