小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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”ラブーンがもたらしたモノ”



〜Side タクミ〜



 デカい!! ラブーンを見た印象はその一言だ。アイランドクジラが何年生きるのかは知らないが、ラブーンよりも大きな個体もどこかにいるのだろう。

 生まれたときの大きさはどのくらいなのか? 成長に際限がないようだが、いつ頃から繁殖が可能なんだろうか? 雄雌の外見や大きさに違いはあるのだろうか? 一回の潜水時間はどれ位なのだろうか?

 次々と生まれてくる疑問を、いつか解消出来ればいいなと考えていると、そこはラブーンの腹の中だった。集中すると他の事が見えなくなるのは、俺の悪い癖だな。


「ここはどこ!? 私は死んだの!?」


 何故か隣で倒れていたナミが、起き抜けにヒステリックに叫びをあげている。


「心配することは無いだろ。まだ食われただけだ」

「アンタバカじゃないの? どうせアンタが捕鯨をしようとして、クジラに食べられちゃったんでしょ!? どうしてくれんのよ…………」


 いつもと違い、力なくポカポカと殴りつけてくるが、ナミはもう泣きそうだ。


「いや、今回タクミは眺めてただけだぞ。クジラに喧嘩売ったのはルフィだ」

「アイツっ!!……そういえばルフィは?」

「さあ? 俺は見てなかったけど海に落ちてなければイイな」


 そろそろロビンに出会えるんだ。俺も天然ダークボケを習得しておかないとな。会話の引き出しは多ければ多いほどイイ。


「想像が怖いのよ!! なんでそんなに落ち着いてんのよ!!」

「このクジラはアイランドクジラ、本来なら西の海(ウエストブルー)にしか生息していないハズだ。そのクジラがこの”偉大なる航路”にいて、腹の中に絵が描いてたり、ましてや家があったりするって事は、コイツは誰かがペットもしくは船として持ち込んだ可能性が高い。つまり、あの家の住人に聞けば脱出方法が分かるかもって話だ」


 まぁ、原作知識があってこその推論なんだが、それでなくても、この空間はどう見たっておかしい。ナミだって冷静に考えれば、今がそこまで危機的な状況じゃないって事くらいは分かったハズだ。


「……さすがに知識が豊富ね。妥当な推論だわ。でもあの家に人がいなかったら?」

「必ずいるさっ!!」


 突如現れた大王イカに驚いているウソップを尻目に、俺は「嵐脚 線」を放つ。後ろからは三本の銛に貫かれ、前方からは斬撃を受け、大王イカは引きずられていった。


「誰か出てくるぞ!!」

「ちょっと待て!! 半分は俺が仕留めたようなもんだから、せめてゲソは俺のものだ!!」

「アンタには緊張感とかないのかっ!!」


 頭に花を咲かせた男は、浮島に大王イカを引き上げ、コチラを鋭い目で睨み付ける。辺りに漂う重苦しい雰囲気。そんな状況下でその男は…………座って新聞を読み始めた。


「なんか言えよてめェ!!!」


 その態度にサンジがキレた。ウソップも大王イカを一撃で仕留めた腕を警戒してか、少し震える声で虚勢を張る。


「や、戦るなら戦るぞコノ野朗……こっちには大砲があるんだ!!」

「…………やめておけ……死人がでるぞ」


 静かに言い放つ男の言葉に、サンジは警戒を強める。俺は笑いを堪えるのに必死だ。


「……へェ、誰が死ぬって?」


 またも漂い始める重苦しい雰囲気。あの人、絶対に遊んでるだろ。


「…………私だ」

「お前かよ!!!」


 まだこの掛け合いを見物していてもイイんだが、そろそろ頃合いだろう。サンジを止めようとするゾロを制し、俺が前に出る。


「お前ら口を慎め!! 本当に死人が出るかもしれないぞ!!」

「どういうことだ?」


 ゾロの質問には答えず、俺は謎の男、もといクロッカスに話しかける。


「船員の非礼をお詫びします。しかし貴殿も冗談がお好きですね……海賊王の元船医、Dr.クロッカス殿」


 俺の言葉に一味は驚きを隠せないようだ。


「ちょっとまて!! このじいさんが海賊王の元船員だってのか!?」

「ああ、ゴール・D・ロジャーが海賊王と呼ばれるようになった最後の航海、Dr.クロッカス殿はそのときの船医だ。戦闘での実力は知らないが、船医といってもあの一味の一員だったお方だ。俺達みたいなひよっこ海族団より弱いハズが無い」


 息を呑む一同をよそに、クロッカスが静かに問いかけてくる。


「ロジャーの本名を知るような若者が、まだおったとはな……お前は何者だ」

「少しばかり占いが出来るだけの、ただのハンターですよ。そして二代目海賊王の船員でもあります。夢は世界の生物図鑑を作る事。”冥王”を超える副船長になるという目標も、今後は掲げる事にしましょう」


 慇懃無礼にならないギリギリのラインを攻めたつもりだが、果たしてどんな反応が返ってくるかな?


「…………はっはっはっは!!! 面白いヤツだ!! 昔の話さ、今はただの灯台守のじじい、普通に接してくれればイイ。海賊がそんな礼儀正しくしていてどうする? もっと自由に生きろ」

「そうさせてもらいます、クロッカスさん。ところでこのアイランドクジラは、クロッカスさんのペットですか?」


 クロッカスは数秒の沈黙の後に、腹の底から笑い声をあげた。そこそこの好印象を与えられたみたいだな。

 続く俺の質問に、クロッカスが答えようとした瞬間、鈍い衝撃音と共に、この箱庭の海が大きく揺れる。


「始めたか……お前ら少し待っておれ。ラブーンを落ち着かせたらお前らを外まで案内してやろう。話はそれからだ」


 そういってクロッカスは胃酸の海へと飛び込んでいった。衝突音は断続的に続いている。


「おいっ!! そのじいさん飛び込んじまったぞ!!? どうなってんだタクミ!! 二人で勝手に話し合ってねェでちゃんと説明しろ」

「クロッカスさんはラブーンを落ち着かせてくると言ってただろ。ラブーンってのはこのクジラの名前だろうな、落ち着かせるって事は、コイツは今、錯乱状態かなにかに陥ってどこかに身体をぶつけてるってとこだろう。おそらくこの行為は日常的に行われていて、鎮静剤を体内から打つ為に、クロッカスさんはココに住んでいるってわけだ」

「なるほどね、これだけ大きな身体なら、外から注射なんか打っても効果がなさそうだもの」


 俺の説明に皆が納得したところで、ルフィ達が降ってきた。俺は「剃刀」でルフィを捕まえて、即座に甲板に投げ飛ばす。Mr.9はログポースをスってから同様に投げ飛ばし、ビビ(ミス・ウェンズデー)を抱えて甲板に着地した。


「お怪我はありませんか? 姫」

「ま、まあ、ありがとう」


 まぁ、姫なんだから姫と呼んだだけの事だ。ビビは正体がばれているのかと警戒している様子だな。


「てめェ!! それはこのおれの役目だろうが!! お茶はいかがですか? 姫」


 俺の腕の中のビビをひったくるサンジの行動に、ビビはこういう一味なのだろうと納得したようだ。もうちょっとビビをからかっていたかったがしょうがない。


「で、お前らは何だ? あぁ、バズーカは助け賃として貰っておいたからな」


 ビビとMr.9は悔しそうに俺たちを見上げて、不毛な沈黙を貫こうとしている。そこにクロッカスが帰ってきた。そういえば衝突音が止まっているな。


「そいつらは近くの町のゴロツキだ……ラブーンの肉を狙っている。そりゃあコイツを捕らえれば町の二・三年分の食糧にはなるからな。だが私がそれをさせん!! コイツが”赤い土の大陸”にぶつかり続けるのにも、リヴァース・マウンテンに向かって吠え続けるのにもわけがある」


 そしてクロッカスは語りだした。ラブーンの、50年に及ぶ孤独を…………



〜Side サンジ〜



「Mr.9、わたしはもうこのクジラ……いえ、ラブーンを食糧として見ることができないわ」

「ミス・ウェンズデー、おれもだ……ラブーンを捕らえるのはヤメにしよう」


 ラブーンのエピソードを聞いた謎の二人組みは、涙を拭きながら互いに意見を交わしている。


「でも報告はどうするの?」

「そ、それは…………」


 謎の二人組み、ミス・ウェンズデーとMr.9とか言う怪しい男は、二人でひそひそと話し始めた。ミス・ウェンズデー、なんて謎めいた女なんだ♪


「うおおおおおおおおお」

「は!?」


 今まで黙って話を聞いていたルフィが突然リヴァース・マウンテンに向かって吠えているラブーンを登り始めた。手にはタクミの銛を持っている。


「何やってんだあのバカは」

「ちょっと目を離したスキに……」

「山登りでも楽しんでんのかね」

「あの銛はマズくないか?」


 ウソップの言う通り、あの銛は巨大かえるを一撃で仕留めた銛だ。タクミが使ってこそ、あの威力を発揮するんだろうが……まさか、あのバカ……


「ゴムゴムのォオオオオ”生け花”!!!」

「ブオオオオオオ!!ブオオオオオオオオオ!!!」

「「「何やっとんじゃ!! お前〜〜〜〜〜っ!!!!」」」


 ラブーンの頭頂部に銛を突き立てたルフィに、おれとナミさんとロロノアは、綺麗にハモって叫び声をあげた。銀髪は頭を抱えている。


「好きにさせとけ、ルフィはラブーンに新しい生きる目的を与えてやろうとしてるだけだ。まぁ、もう少し違うやり方があるだろうに……」


 おれたちには銀髪の言ってる意味が解らねェけど、たぶんルフィのやってることには意味があるんだろう。ナミさんも落ち着いてるみたいだし、おれも様子を見守ることにした。


「引き分けだ!!!!」


 しばらく戦った後、ルフィがそう叫ぶと、ラブーンは動きを止めた。


「おれは強いだろうが!!! おれとお前の勝負はまだついてないから、おれ達はまた戦わなきゃならないんだ!!!……お前の仲間は死んだけど、おれはお前のライバルだ。おれ達が”偉大なる航路”を一周したら、またお前に会いに来るから、そしたらまたケンカしよう!!!!」

「ブオオオオオオオオオー……」


 ルフィの真っ直ぐな言葉に、ラブーンは涙を流しながら返事をしていた。

 戻って来たルフィを、タクミが冷たい表情で手招きする。アイツのあんな顔は始めて見るな。


「ルフィ、お前の考えが分かってたから止めなかったけどな、あの銛は一度刺さったら簡単には抜けないんだ」

「本当か!? どうしよ〜〜〜」


 ルフィがうろたえているが、銀髪は冷静っていうかちょっと呆れ気味だ。


「俺が抜くから、お前はもう手を出すな。傷つけないように抜くのは無理だろうけど、クロッカスさんに手を貸してもらえば大丈夫だろ。今後は素人が気安くハンターの道具に手を出すな!!!」


 銀髪のきつい口調に、ルフィはしょげているが、おれも同感だな。プロの道具を素人が気安く触るもんじゃねェ。


「わかったんならもうイイ。一言相談してくれたら他の解決策だってあったんだ。俺は副船長なんだろ? 専門分野くらいは頼ってくれ」

「わかった。ラブーンに謝ってくる。よく考えりゃ、武器が使えねェヤツ相手に、あんなの使うのは卑怯だよな」


 今度は一転してやさしく語りかけた銀髪に、ルフィは元気を取り戻した。遠まわしに卑怯者扱いされた銀髪は、微妙な表情をした後、ゆっくりとおれの方に歩いてきた。


「サンジ、飯にしてくれ。あのかえるの調理はプロに任せる。ただ、俺にはエレファント・ホンマグロもだが、各部位の刺身も用意してくれないか?」

「お前、エレファント・ホンマグロはイイとして、かえるは生じゃきついぞ?」


 海に住むかえるは喰った事はねェけど、流石にそれはどうかと思って言ったんだが、どうやらコイツはマジで言ってるみてェだ。


「食べてみないと解らないだろ? 俺は生き物の全てを知りたいんだ」


 コイツのプロとしての意識は本物だ……おれはそういうヤツは嫌いじゃねェ。捌かれる前にとスケッチをしながら、じいさんにラブーンの治療の相談をしているコイツに、おれは一声かけてから調理に向かう。


「わかったよタクミ。うまい食い方ってのも教えてやる」

「……そうか、頼む」


 少し驚いた顔を向けられ気づいた。俺は初めてコイツを名前で呼んだんだ。これからはもっと意見を交わそうと思う、仲間として、プロとして。
 
 
 
〜Side クロッカス〜



 麦わらの船長はおれが何を言っても聞かなかったラブーンを、多少強引なやり方ではあったが鎮めた。

 オモシロい一味だ。おれの事を知っていたあの男……占いなんていうのは嘘だろう。ログポースを拾ったなんて言ってたが、ゴロツキどもから奪っていたのをおれは見ていた。使い道がわかっていてやったとしか思えん。

 ゴロツキどもをウイスキーピークまで送っていく事に反対しなかったのにも、きっとあの男なりの思惑があるのだろう。

 出航前に、一人でラブーンに語りかけているのを聞いた時には、心底驚いたもんだ。


『ラブーン……元気でな。お前の仲間、ブルックは生きてるよ。今もお前との約束を忘れずにいる。ちょっとばかし見た目が変わってるから驚くかもしれないけど、必ず俺達が連れてくるから、それまで待っていてくれ。お前にはおれの図鑑の表紙を飾ってもらうんだからな!!』


 あの男は何者なんだろうか。アイツらは我々が待ち望んだ海賊達だろうか……なァ……ロジャーよ。
 
 
 

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