”珍獣島”
〜Side ガイモン〜
「おいで〜!! 怖くないぞ〜!!……やっぱダメか」
この島に来た当日に抱いていた鶏を、満面の笑みで呼んでいたタクミだが、見事なまでに逃げられていた。
調査の為に一種類につき一匹の動物を狩ったのも、タクミがこの島の動物に嫌われている理由には違いないだろうが、最大の原因はアレだな。
「タクミ、また半分ライオンになってるぞ。それじゃ流石に懐いちゃこねェだろ」
「また!?…………戻ったか?」
そう言ってうんざりしたような表情を一瞬浮かべて、タクミは人間の姿に戻った。
最初の頃に比べりゃだいぶ素早く変身出来るようになってきたみてェだが、相変わらず制御がイマイチみてェで、動物を前にするとライオンの本能ってヤツが抑えられなくなっちまうらしい。
「この島に長く滞在する以上、アイツらとは仲良くやっていきたいんだけど、まぁ、なんとかなるだろ」
「タクミ、おれのせいで「しつこいなぁ、もうイイって言ってるだろ?」……すまん」
タクミはマズイモノを食べさせた事には怒っても、悪魔の実を食わせちまった事については怒ってなかった。
『ハッキリとした目標が出来たから、この島に十七年はいる事にしたよ』って言い出して、異常なまでに身体を鍛えだして、暇な時には動物達と仲良くなろうとするっていうのが、コイツの日常になっていた。
コイツの目標ってヤツは意味不明で、『いつか俺の事を強い仲間が迎えに来るから、そいつらに恥じないような強い男になる』とか言ってたな。
『いつか』とは言っても、『十七年』って具体的な数字は何処からきたんだ?? まぁ、コイツの事は考えても分からない事が多いし、あんまり突っ込んだ話をすると、無言になるからな。
おれはコイツがこの島を出る時まで、コイツの事を守ってやるくらしかできねェんだ。
「おい!! アレは何だ!?」
何処か楽しそうに海を指差したタクミの視線を辿れば、一隻の海賊船がコチラに向って航海してきていた。
「ありゃ密猟目的の小悪党だ。何度かおれが追っ払ってやったんだが、性懲りも無くやってくるとは……タクミ、お前は森に「俺に任せろ」はァ!!? お前はまだガキなんだぞ!!? 大人しく隠れてろ!!」
「嫌だね。早くこの力を試してみたかったんだ。獣形態でしか戦わないからさ、危なくなったら助けてよ」
タクミはいつも訓練してる人獣じゃなくて、四足歩行の完全な獣の姿に変形して、おれの返事も待たずに飛び出していっちまった。
いくらなんでも無謀だ!! 悪魔の能力者って言っても、アイツはまだ七つか八つの子供なんだ。武装した海賊団二十人ほどを相手にするには経験が足りなさ過ぎる。
「クソッ!!! フォローするコッチの身にもなれってんだ!!!」
海賊船が接岸する目の前の森に潜んだタクミとは反対の、海辺の岩礁地帯に身を潜めたおれは、タクミと海賊団の邂逅を静かに待った。
船が碇を降ろし、次々と降りてくる海賊達……ちょっと待て!!? 四十人はいるぞ!!? 一度おれの”森の裁き”を受けたから、頭数を増やして再挑戦してきたってわけか!!?
この人数が相手じゃおれでもキツい。森の中にタクミが設置した罠を使えば何とかなるかもしれねェが、危なくなったら逃げてくれよ。
ピストル十五丁しか用意してねェんだから、撃ち尽くしたらおれは一度引くしかねェんだ。
「準備は出来たかお前らァ!!!! 祟りなんかにビビんじゃねェ!!!! ありゃピストルで撃ってきただけだ!!!!」
「「「「「うおおおおおおおお!!!!!」」」」」
バレてる!!!? って事は狙いやすい胴体なんかには鉄板か何かを仕込んでやがるな!!!
おれの射撃の腕じゃ、ピンポイントに狙うことなんかできねェってのに!!!
「お頭!!! ライオンですぜ!!! 銀の鬣のライオンなんて見たことねェや!!!」
「ほぅ、まだ小せェし、コイツは高く売れそうだな」
バカッ!!!? アイツ正面から堂々と出て行きやがった!!! 森に入ってから奇襲をかけりゃ、まだ勝ちの目があったハズなのに!!!
「捕まえろ!!! 生き物だろうが高く売れるんなら宝と一緒だばがっ!!!?」
「お、お頭ァ!!!?」
「何だこのライオン!!? お頭がやられた!!?」
「ていうかこのライオン、今お頭のこと蹴らなかったか!!!?」
大騒ぎしている海賊連中の間を走り回るタクミは、時に蹴り、時に殴り、時に投げ飛ばし、次々と敵を無力化していきやがった。
「ありえねェ!!! お頭連れて逃げるぞ!!!」
一人の船員の声に同調した他の船員達は船へと引き返そうとしたんだが、タクミがソレをさせない。
「放せ!!! おれのピストル!!! ぐはっ!!!?」
「アイツ、おれ達の武器を狙ってやがるのか!!?」
「全部捨てろ!!! きっとあのライオンが、以前おれ達を撃ったライオンなんだ!!!」
ピストルを使うライオンなんかいるわけないだろうに、その言葉を信じた船員達は武器を投げ捨てて逃げ始めた。
タクミはもう追撃する気はないみたいで、掻き集めた武器の前で満足気に”お座り”している。
「ガァウ!!! ガゥガァアアア!!!」
「「「「「うるせェ!!! 二度と来るかァ!!!」」」」」
海賊船に向って吼えたタクミと、それに答える海賊達。おれにはわからんが、戦った者の間に言葉の壁はないんだろうな。
「ん? おぉ!!? どうしたお前ら!!!」
海賊達を見送って人の姿に戻ったタクミの周りには、この島の珍獣達が集まってきていた。どうやら自分達を守ってくれたって事が分かってるみてェだな。
擦り寄ってくるウサギの頭を撫でながら、タクミはご機嫌な様子だ。まぁ、おれの心配はイロイロと不要だったみてェだ。
コイツはこの島の住人として認められたって事だからな。おれは鼻歌を歌っているタクミに近づく。
「さっきは何て言ってたんだ?」
「『お前らぁ!!! また来いよ〜〜〜!!!』って言ったんだよ。どうもあの状態じゃ人間の言葉をまだ喋れないみたいだな」
また来い? 練習相手にでもするつもりか?
「ところでさっきのありゃ何なんだ? 能力者だってバラしてるような不可解な動きだったぞ?」
「あぁ、獣形態で戦うシミュレーションをしてなかったから、取りあえず昔習ってた格闘技で戦ってみたんだ」
格闘技か。コイツの子供のわりには鍛えられている体はそういう事だったんだな。
「昔習ってたって、お前記憶が戻ったのか?」
「!!!?……えーと、そういう事は身体が覚えてるんだよ!! それよりガイモン!! まだ先になると思うんだけど、ガイモンに頼みたい事があるんだ!!!」
何か露骨に話を逸らしやがった気もするが、コイツにおれが出来ることがあるってんなら、断る理由はねェな。
「何だ? 言ってみろ」
「俺が満足いくまで身体を鍛え終わったらな、そのピストルで俺を撃ってくれ!!!」
…………コイツはアホなのか?
タクミの目は、何処までも本気だった。