”覇国”
〜Side ゾロ〜
「オオオオオオオオ!!! ウオオオオオオオオオ!!!!」
「わがる、わがるぜブロギージジョヴ!!!」
今おれの目の前では、巨人のおっさんともらい泣きしたウソップが号泣している。
大体の状況はビビから聞いていたが、おれは自分が情けなかった。おれは散歩の途中に道に迷って、簡単に敵の罠に嵌っちまった。
事の決着をつけたのはよりによってあのロビンだ……おれはタクミに『ゾロは自分の目標だけを見据えて、戦う事だけ考えていればイイ』と修行の最中に言われたことがある。
あの時は、おれには考える事は向いてないと言われた気がして少し腹が立ったが、タクミが言いたかった事は違うと、ウイスキーピークの一件で気づいた。
おれは戦う事が一番一味の為になるって事だ。あの時タクミは、おれの強さを認めて、強敵と戦う事を任せてくれた。
それは、出会ってすぐにおれに背中を預けたルフィも同じなんだと思う。
船長と副船長から、戦いのエキスパートとして受けていた信頼を、おれは今回守れなかったんだ。
ん? ルフィは巨人の涙で出来た虹を見て騒いでやがるが、タクミはどこに行ったんだ? 辺りを見回すと、タクミはアルコールランプでナミの蝋の手錠を溶かしているところだった。
……おれと巨人のおっさんの蝋は、ウソップが酒をぶっかけて火をつけたってェのに、この違いは……
おれが少しネガティブになってると、死んだハズのもう一人の巨人のおっさんが復活していた。どうやら100年打ち合った武器の刃こぼれが幸いしたらしい。とんでもねェ話だな。
巨人のおっさん達が感動の抱擁をしていると、ナミの手錠を外したタクミが口を開いた。
「ナミ、服を脱いでくれ」
「はいカッチーン!! 今お前は、全おれを敵に回しました!! 覚悟は出来たかこのクソネコ野朗!!」
……は?? こんな時に何を言ってんだコイツは!? サンジが凄ェ剣幕でタクミに詰め寄ってやがる。大体タクミはロビンに気があると思ってたんだが……考えすぎだったのか?
「落ち着けサンジ!! ナミもそんな目で俺を見るな!! お前、体調悪いだろ? 軽く診察しようと思っただけだ」
「お前は医者じゃねェだろうが!!! 大体もっと言い方ってもんがな−−−−」
タクミは尚も騒ぎ続けるサンジに呆れたような目を向けて、戸惑っているナミのシャツをいきなり捲りあげた。
「−−−−クオラァ!! 何やっとんじァ!!! テメェは……おい、何だ……その斑点は!?」
怒り狂っていたサンジも、ナミの腹にある不自然な斑点を見て、タクミへの怒りを一旦忘れたようだ。
巨人のおっさん達が何故か再びケンカを始めようとしていたが、ルフィとウソップ以外はコチラに注目している。
タクミはナミのシャツを元に戻し、重々しく話し出した。
「ナミは、おそらく”五日病”だ」
「”五日病”?」
医学をかじっているナミも知らない病気のようだが、ロビンが少し引きつった顔をしているのが、この状況があまりよくない事をあらわしている気がする。
「五日間で人を死に至らせるって病気なんだが、”ケスチア”っていう絶滅種のダニが原因だ。この島が太古の島だって事で注意するべきだった……早く抗体を打たなければ助からないが、本来ならもうこの世に無いハズの病気だ……抗生剤を保有している医者は限られるだろう」
話を聞いた皆は絶句している。当事者のナミは青ざめて震えだしちまった。
「タクミ!! てめェが注意していれば、こんな事にはならなかったんじゃねェのか!!?」
サンジがタクミに掴みかかるが、タクミは何も言わない。サンジだってわかってるハズだ。タクミのせいじゃねェってことぐらい。ただ行き場の無い不安を、タクミにぶつける事しか出来ないんだ。しばらくして、舌打ちをしながら、サンジはタクミを掴んでいた手を離した。
重苦しい沈黙がおれ達を包む中、ロビンがMr.3の船から奪った物を入れたっていう袋をひっくり返し、”永久指針”をあさりだした。
皆がロビンの行動に注目していると、その中の一つを手に取り、ほっとした様子で皆に掲げて見せた。
「私に心当たりがあるわ。かつての医療大国”ドラム王国”。ココなら”五日病”の抗生剤を保持している医者が居るハズよ」
「本当か!!?」
表情を一転させて食いついたサンジに、ロビンは自信ありげに答えを返す。
「ええ、ここからなら二日ってとこかしら」
ロビンの話を聞いて、皆一様に胸を撫で下ろす。何かコイツにイイとこ取りばっかされてる気がするが、さっき”永久指針”を見つけた時の、コイツの表情は本物だったように思えた。
おれが、コイツの事を仲間だと思ってもイイんじゃねェかと考え始めたのは、しょうがねェと思う。
「ナミ、これから40度以上の熱が続く事になると思うが、俺たちが必ず”ドラム王国”まで連れて行く!! 我慢してくれるか?」
「ええ、ありがとうタクミ、ロビン……でも、ビビは平気? 早くアラバスタに行きたいんじゃ」
自分がこんな状況なのにナミはビビの事を気にかけている。
「一刻も早くドラム王国へ、そしてナミさんの病気を治してからアラバスタへ!!……それが船の”最高速度”でしょ!!?」
ビビは迷う様子もなく即答した。イイ度胸だ。その様子にタクミはいつもの微笑みを浮かべ、足早に巨人のおっさん達の方へ歩いていった。
「巨人族のお二人方、この森を向こうに200mくらい行った所に、俺たちが仕留めた恐竜がたくさんいるんですが、貰っていただけないですか?」
「お前達には世話になってばかりだが、本当にイイのか?」
相変わらずの外面の良さを発揮しているタクミに、巨人のおっさんも戸惑ってるみてェだが、タクミは時間が惜しいとばかりに、早口で用件を伝える。
「構いません。最初から船に積みきれない分はあなた方に差し上げるつもりでしたから。俺たちはすぐにこの島を出なくてはいけないので全て差し上げます」
「……切り出した各部位はまとめてあるから、おれが取りに行ってきてやるよ。記録を書いた紙も置きっ放しだろ? 自分の夢はもっと大事にしろよな!!」
サンジはさっきタクミに八つ当たりした事を気にしてか、顔を見ないで喋りかけている。タクミはそんなサンジを見ていきなり笑い出した。
「何だそれ!? ツンデレ!? 気持ち悪いからやめろよな……ありがとう、サンジ」
「うるせェ!!! ”ツンデレ”ってなんだ!! 取り合えずバカにしてんのはわかるぞ!! 後……ありがとうとか言うなァ!!」
サンジは森のほうへと走り去ってしまった。
「タクミ、ツンデレの意味、おれはなんとなく解ったぜ」
「……そうか、ゾロは変に優秀だな。まあ、男のツンデレは気持ち悪いだけだけどな。それより俺たちも船に急ごう!! ルフィ、予定が変わった。ドラム王国へ全速航海だ!!」
「ドラム王国?? 何だそりゃ!?」
ルフィは煎餅に夢中で話を聞いてなかったみてェだな。
「ナミが病気にかかったんだ。優秀な医者の居る国に行ってついでに船医をスカウトしよう!!」
……何て大雑把な説明なんだ。ルフィにはこれでイイのか?
「そうか、おれは病気になったことがねェからな。ナミは辛いのか?」
「今はそうでもないハズだけど、これから悪化するだろうな。それに今後の為に船医は必ず必要だ。海賊王の船にクロッカスさんがいたみたいにな」
憧れの海賊王を引き合いに出して、進路変更の正当性を主張するタクミ。そんな事しねェでも、ルフィは納得すると思うけどな。
「そっか、船医か!! ついでにその国に音楽家もいねえかな!!」
「……ベースなら俺が弾けるから、今度用意しとくよ。今はそれで我慢してくれ」
「タクミは楽器も弾けるのか!! スゲェな!!! で、ベースって何だ?」
話がだんだんとそれていってんな。タクミは巨人のおっさん達に別れの挨拶を告げると、ルフィにベースの事を説明しながら船の方に歩き出した。
ルフィの要望にはなるべく応えるようにしてるみたいだが、アイツも大変だな。副船長って役職に、ルフィの無理難題への対応が含まれるってんなら、おれには無理だ。
〜Side タクミ〜
ナミが下着姿にならなかった事で、チョッパーフラグが不発になるかと思ったが、ナミの様子がおかしく、確認してみれば結局”五日病”に感染していた。
ナミが感染しなければ、片っ端からダニを採取して自分が感染するつもりだったんだが、原作は簡単には揺らがないって事か。
ロビンならドラム王国を知ってるんじゃないかと思って、とっさの判断でドラム王国行きをロビンが提案するようにもっていったけど、ロビンがドラム王国を知っていただけではなく””まで入手していたのは予想外だった。
ゾロのロビンに対する警戒がかなり緩んだのはよかったのだが、二日で到着するとなれば、ワポルと戦えるのかが疑問だ。チョッパーはあの戦いで海賊に対する憧れを強くするハズだし、普通に誘って仲間になるんだろうか?
まぁ、ワポルが来るまで、ナミを理由にドラム王国に留まれば問題ないだろう。
今俺たちは出航準備を整え、島の東へ向けて船を進めている。
「お!! あれ、おっさん達だ!! 見送りに来てくれたんだな」
ルフィの声で振り返ると、巨人族の二人がメリー号に背を向けて、海を見据えて立っていた。
「この島に来たチビ人間達が……」
「次の島へ辿り着けぬ最大の理由がこの先にいる怪物だ」
皆は二人の言葉に疑問を浮かべている。
「お前らは我らの誇りを守ってくれた」
「ならば我らとて……いかなる敵があろうとも」
「友の海賊旗は決して折らせぬ!!!」
「我らを信じてまっすぐ進め!!! たとえ何が起ころうともまっすぐにだ!!!」
二人の言葉を聞きながら、俺は船を飛び出し、ドリーの足元に降り立った。
「何してんだタクミ!! さっさと戻って来い!!」
皆は巨人の言葉に注意が向いていて、俺が船から飛び出したのに気づいたのは、隣にいたサンジだけのようだ。
「悪いなサンジ、俺は巨人の言う怪物ってヤツに興味が湧いた。データを取ったら船に追いつくから、二人の言うとおりにまっすぐ進んでくれ」
サンジは呆れたように溜息をつくと、短く返事をしたようだがその声は巨人族の声にかき消されて俺には聞こえなかった。
「出たか”島食い”」
「道は開けてもらうぞ、エルバフの名にかけて!!!」
デカっ!!! とんでもないなアレは!!! とてもじゃないが、今の俺では仕留めることは無理だろう。金魚っていうわりには人間みたいな歯があるし、目の位置と大きさが不自然だ。
俺が”島食い”に見とれている間に、メリー号は一呑みにされてしまっていた。
「我らに突き通せぬものは、”血に染まるヘビ”のみよ」
「エルバフに伝わる巨人族最強の”槍”を見よ!!!」
巨人の二人は筋肉が千切れんばかりに力を込めて構えをとっている。
「「んんっ!!!」」
気合一閃!! 二人がそれぞれの武器を振るうとその瞬間、海に亀裂が走り”島食い”を貫いた。
「「”覇国”っ!!!!」」
海ごと円形に”島食い”を貫いた斬撃は、俺がこの世界で見た技の中でダントツの一撃だった!!! ”血に染まるヘビ”っていうのは”赤い土の大陸”の事だろうが、ひょっとしたら貫けるのでは? と感じたほどだ。
この二人の懸賞金が一億って、どう考えても低すぎると思う。”覇国”って、一撃でマリージョア終了のお知らせレベルだろ。最低でも三億ベリー……って気にしてもしょうがないか。
「「さァ、行けェ!!!!」」
二人の声を聞き、俺は”島食い”に向かって飛び出した。”島食い”の肉を少しだけ切り出し、目測で正確な大きさを測る(矛盾して無い)と「月歩」で空を駆け、騒がしいメリー号の甲板に着地する。
「……タクミ、どこに行ってたのよ」
何かナミが恐いんだが、いきなり詰め寄ってきて何かあったのだろうか?
「いや、怪物の肉を採取したかったんだが、振り返らずにまっすぐ進むには、あそこで一旦船を降りる必要がっ!!!」
……殴られた、しかも三連打。ナミのパンチの威力は以前よりさらに上がっていた。病人なんだから大人しくしてればイイのに。
「おいナミ!! 何で殴るんだ!! タクミは巨人のおっさんの言葉を守っただけだぞ!!!」
ルフィが抗議してくれるのはうれしいんだが、今のナミは聞く耳を持ってない気がする。
「……ノリよっ!!!」
「「言い切ったァーーーー!!!!」」
珍しくツッこみに回ったルフィと、安定のウソップが”ユニゾンツッこみ”を決めた。
どうでもイイが本当に頭が痛い……今度から「鉄塊」を使うべきか、真剣に検討した方がイイかもな。
〜Side ビビ〜
巨大金魚が現れた瞬間、『誰かタクミを止めてーーー!!!』とナミさんは大慌てだったんだけど、タクミさんが既に船にいないことが解ると、もう半狂乱の様子だった。
巨人族の大技で、結果的にわたしたちは無事だったけど、船が着水してしばらくしてから、巨大金魚の肉を抱えて嬉しそうに船に戻ってきたタクミさんを、ナミさんは言い訳の途中で思い切り殴った。三回も殴った。
抗議するルフィさんに、ノリで殴ったってナミさんは言い切ったけど、本当は心配してたんだと思うわ。頭に三段コブを作ったタクミさんは、ミス・オールサンデーに何か話しかけられて苦笑いをしてた。
その後はナミさんの額に手を当ててから無理やり抱き上げると、駆け寄ったサンジさんにナミさんを預けて船室に連れて行かせたわ。
今はミス・オールサンデーに湿布を貼られた頭をさすりながら、巨大金魚のイラストを描いてるみたい。
「本当に上手ね」
タクミさんの周りに散らばっている、リトルガーデンで描いたイラストを見て素直な感想を言ってみた。
「図鑑を作るなら本当は写真に残した方がイイんだろうけどな。カメラを買えないような頃から動物の絵を描いてたら自然と巧くなってね、それに、俺が始めて見た百科辞典は全部挿絵だったんだ」
「そうなんだ」
楽しそうに話すタクミさんに、わたしも笑顔で返事をする。タクミさんは普段は年上らしい態度をとってるけれど、夢に関する所では子供っぽい所が結構あるのが大体わかってきていた。もっともそれは、手のつけられない悪ガキって感じだけど。
再び絵を描くのに夢中になっているタクミさんの横に、今まで描かれたイラストの入ったファイルを見つけて、わたしは何気なくそれを手に取る。動物のイラストとデータが記された紙が二枚一組になって、綺麗にファイリングされていた。
体長等のデータしか載っていないものもあれば、詳しい生態が記されているものもある。共通しているのは、そのほとんどに食用としてのデータが記されている事。
わたしはファイルを流し読みしている途中、あるページでその手を止めた。このイラストはいつの間に描かれたのかしら…………そこには”超カルガモ”と名が記されて、カルーのイラストが描かれていた。味は”現在”不明。
「……タクミさん」
「ん? どうしたビビ」
背後から声をかけたわたしに、タクミさんは煩わしそうに振り返る。その態度を見た瞬間、わたしは拳を振り上げていた。
「カルーも食べる気かァ!!!!」
ついカッとなってやってしまった。タクミさんのコブは五段になっていた。反省も後悔もしていない。
ミス・オールサンデーに湿布を貼りなおしてもらうタクミさんは、どこか幸せそうな表情で、わたしは、アレが治った頃にまた殴ろうと心に決めた。