小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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”大丈夫”


 
〜Side ナミ〜



「ナミさん大丈夫?」


 サンジくんと看病を交代したビビが、心配そうに聞いてきてくれるんだけれど、正直返事をするのもつらい。

 それにわたしは、ビビにアラバスタの情勢が悪化した事を黙っている負い目があるから、ビビの優しい気持ちが心に痛い。

 ただの体調不良だったなら、医者を探せと誰が言ったって、そのままアラバスタに急ぐつもりだった。でも、五日で確実に死ぬ病気だなんて……もしロビンがいなかったらどうなってたんだろう?

 いや、これから向かうドラム王国に、抗生剤が確実にあるのかも分からない。

 サンジくんに無理やりベットに寝かされた時は、少し大げさに感じていたけど、今はこの病気の初期症状にこんなにも苦しめられている。

 こんな状態が数日も続くの? わたしは本当に助かるの? わたしはさっきから、嫌な想像しか出来なくなってきている。

 ……伝えるなら、いや、伝えられるのは今のうちかもしれない。


「ビビ、伝えなくちゃいけない大事な話があるの……聞いてくれる?」


 ビビは朦朧としていたわたしが突然話し出したのに驚いたようだったけど、ニッコリと笑って予想外の事を口にしたわ。


「アラバスタの事なら、タクミさんにさっき聞いたわ。ミス・オールサンデーから聞いたんですって。『ナミの為に堪えてくれ』なんてお願いしてきたから、話を遮って言ってやったわよ。『当たり前でしょ!!!』ってね!!」


 ビビは、タクミがまるで悪い事を言ったような口ぶりだ。


「本当にそれでイイの? 遠回りしてドラム王国に行っても、わたしが助かるかも分からないのに……っ!!?」


 ……デコピン!?


「弱気になっちゃダメ!! 信じてあげなくちゃ。タクミさんが大丈夫って言ったなら大丈夫なんでしょ? アラバスタの事も大丈夫だって言ってくれたわ」


 アラバスタは大丈夫なんだ。でも、わたしは今回タクミからその言葉は貰っていない。『必ずドラム王国まで連れて行く』って言われただけ。

 きっとタクミは、出来ない約束はしないんじゃないかな……そう考えるとわたしは不安でどうしようもなくて……


「……そっか、ごめんね」


 わたしはビビにそれしか言えなかった。



〜Side タクミ〜



「ロビン、俺が代わるよ」


 寝込んでいるナミには、緊急時に備えて、必ず誰か一人がついておく事になった。サンジ→ビビ→ロビンときて、今度は俺の番なのだがロビンが首を振る。


「もう少し私が様子をみているから、アナタは進路に注意しておいてくれないかしら。船長さんと長鼻くんじゃ航海士さんが不安だろうから」


 ロビンの様子は一見普通に見えるが……何か演技っぽいな。ナミと二人で話したいことでもあるのか?


「ああ、わかった。指針はココからは俺が見ておくよ」


 問題のサイクロンはさっき遠くで見かけたから大丈夫だろうし、ナミには安静にしていてもらおう。俺は扉を閉め、ルフィ達の所に向かう。


「ルフィ、ウソップ、指針は俺が見ておくから、お前らはゆっくりしててイイぞ」

「ナミのとこに行くのもダメで、指針を見てるのもダメなのか?」


 そう、この二人は騒がしいので、ナミの看護のローテーションからは外されているんだ。ルフィはナミの病気にそこまで危機感を抱いてないみたいだったが、詳しい説明を聞いたウソップは、俺の判断に納得いかないようだったので、ナミの変わりに指針を任せていたわけだ。

 ……サンジも騒がしそうだが、言っても聞かなそうだから諦めた。


「航海士の指示だから素直に従ってくれ。騒がしくしないならナミの所に行ってもイイから……ていうか指針から30度ズレてるぞ」

「……指示をくれ」


 ウソップも納得してくれたみたいだ。俺はナミの変わりに指示をだし、進路を修正する。帆船の操縦にも、ようやく慣れてきたな。

 無事に進路に戻る事ができたので、船首付近で紫煙操作の特訓をしながら指針を見ていると、しばらくしてロビンがやってきた。甲板にビビがいないから、今はビビがついているのだろう。ゾロはスルーされたのか?


「ハンターさんの占いで、ドラム王国に抗生剤が確実にあるかは解らないの?」


 ナミの様子を見てロビンも不安になっているんだろう。そういえば、ロビンは俺の占いを信じたのか?


「結果を知るのが恐くて、まだ試してなかったんだけどな。もしドラムに無かった時の事を考えたら、今のうちに調べておくべきか」


 俺は新しい煙草を手に取り、それっぽい動作をして火をつける。目を閉じて深く煙を吸い込み、インチキ占い(紫煙操作の特訓の成果)を吐き出す。

 俺の目の前に現される煙の文字”99.9999%(シックスナイン)”肺活量の問題で、まだ戦闘の補助に使えるほどの能力ではないが、暇さえあれば特訓していたからな。コレくらいの小技は出来るようになった。


「よかった……抗生剤は、ほぼ間違いなくドラムにあるみたいだ」

「……驚いたわ。本当に占い師だったのね。けど、煙草の煙で占うなんて聞いたことないわ」


 ロビンは風に流されていく文字を興味深そうに見つめている。今度は確実に占いを信じたのだろう。


「明確な問いには大概はコレで答えがでる。漠然とした未来なんかは予知夢が多いんだ。かと言って、俺も普通の夢だってみるし、コッチで裏づけを取らなきゃあんまり当てにならないんだけどな。煙草が無い時に、予知夢だけで伝えたいい加減な占いもあるから、皆には黙っていてくれないか?」

「それはイイけれど、航海士さんには”大丈夫”ってアナタがちゃんと伝えてあげたほうがイイわよ」


 ロビンは随分ナミと仲良くなったんだな。


「わかった。当番の時にでも伝えるよ」

「今、行ってあげて」


 ロビンじゃなくてナミが相当不安がってるって事か? ナミは精神的にも強い女性だと思ってたけど、ロビンがそこまで言うなら行くか。


「じゃあ行ってくるよ。指針は任せるから」


 俺はロビンにドラムへの永久指針(エターナルポース)を預けて、ナミのいる船室に向かった。



〜Side ロビン〜



 王女と看病を交代してからしばらく経ったけど、航海士さんは何も喋らない。私も時折、彼女の額の濡れタオルを交換するだけで、特に言葉をかけることはなかった。

 ずいぶんと苦しそうにしているけれど、何か考え事をしているようにも見える。三回目のタオル交換の時に目が合うと、彼女は弱々しく口を開いた。


「……ねぇ、正直に話して……ドラム王国に抗生剤がある可能性は……どれくらいあるの?」


 私は返答に迷った。あの時は、かつての医療大国ドラムならとある程度の自信をもって提案したけど、抗生剤がある可能性は100%ではない。


「……九割ってところかしら」


 私はなるべく彼女を安心させてあげたかったけど、リアリストとして100%とは言えなかった。


「そう、一割の確率で……わたしは死ぬのね」


 自嘲気味な彼女の言葉に、返す言葉が見つからない。数秒間の沈黙の後、彼女は私の返事を待たずに話し出した。


「ロビンとタクミは似てるわね。タクミも”大丈夫”とは言ってくれなかった……ロビンを仲間にする事をビビが反対した時、タクミは”大丈夫”って言ってたわ…………でも、今のわたしには、その言葉を言ってくれない」


 ダメだ!! 航海士さんは彼への信頼が強すぎる故に、自分が助かる可能性を低く考えすぎてるわ。順番的に次は彼が看病をするハズだけど、誰かを挟んでその間に彼にこの事を伝えた方がイイわね。

 私が行動を起こそうとした瞬間に、船室のドアがゆっくりと開いた。


「ロビン、俺が代わるよ」


 ……タイミングの悪い人ね。


「もう少し私が様子をみているから、アナタは進路に注意しておいてくれないかしら。船長さんと長鼻くんじゃ航海士さんが不安だろうから」


 今は航海士さんを彼に任せるべきじゃないから、適当な理由で一旦退室してもらう事にした。

 彼は一瞬だけ怪訝な顔をしたけど、私の言葉に了承して、そのまま部屋を出て行った。彼が出て行ってしばらくすると、予想通り航海士さんが話しかけてきた。


「ロビンはタクミの事だけ”あなた”って呼ぶのね」


 ……?? 確かに私は他の船員のことは肩書きで呼んでいる(長鼻くんは違うけれど)けど、いつの間にか彼をアナタって呼んでいたわね。今の彼女みたいな艶っぽいニュアンスで言ってるつもりはないけれど。


「それがどうかしたの?」

「……何でもないわ。わたしにもよく解らない」


 それ以上話をするつもりは無いようで、彼女は固く目を閉じてしまった。

 …………そういう事か。航海士さんは彼を信頼していると同時に、彼のことが好きなのね。私の何気ない呼び分けが気になったのでしょうけど、そんな事心配しなくてイイのに。

 彼を探るためによく話をしたし、歳も近いから他の船員より親しくなっただけ。まぁ、その事をわざわざ伝えるのも気に障るでしょうし、今後は呼び方に注意することにしましょう。

 三十分ほどして、今度は剣士さんが部屋に入ってきたけれど、寝ている女性の看病を男性に任せるのも気が引けたから、王女を呼びに行ってもらって看病を代わってもらった。

 私は船室から出るとすぐに、船首のあたりで煙草を吸っているハンターさんに声をかけた。


「ハンターさんの占いで、ドラム王国に抗生剤が確実にあるかは解らないの?」


 占いは半信半疑だったけど、彼が何らかの情報網を持っているのではないかと思い聞いてみた。


「結果を知るのが恐くてまだ試してなかったんだけどな。もしドラムに無かった時の事を考えたら、今のうちに調べておくべきか」


 そう言うと、彼は今まで吸っていた煙草の火を消して、新しい煙草を取り出した。取り出した煙草を掌で転がしたり、指先で数回擦ったりした後に指を弾いて火をつける。

 火をつけるのを初めて見た時は驚いたけど、今では見慣れた光景だわ。でも、火をつける前の動作は、今まで見たことがないものだったわね。

 彼は目を閉じて、深く煙を吸い込むと、ゆっくりとソレを吐き出した。彼の口から出された煙は、風に流れていくことなく、彼の前に留まり、文字を現していく。

 ”99.9999%”ソレはおそらく、ドラム王国に抗生剤を持つ医者が存在する確率なのでしょう。


「よかった……抗生剤は、ほぼ間違いなくドラムにあるみたいだ」


 彼は安堵の表情を浮かべている。


「……驚いたわ。本当に占い師だったのね。けど、煙草の煙で占うなんて聞いたことないわ」


 私は感嘆の言葉を彼に述べたのだけれど、彼の占いには欠点もあるみたいで、皆には詳細を話さないで欲しいらしい。でも、今の占いの結果だけは、彼が直接伝えるべきでしょうね。


「それはイイけど、航海士さんには”大丈夫”ってアナタがちゃんと伝えてあげたほうがいいわよ」


 ……あ!? 大丈夫って言葉を強調するように注意していたら、またうっかりアナタって呼んでしまったわ。


「わかった。当番の時にでも伝えるよ」

「今、行ってあげて」


 のん気に答える彼を、一刻も早く彼女の元へ向かわせなくちゃ。


「じゃあ行ってくるよ。指針は任せるから」


 彼は何故こうも私が急かすのか解らない様子だったけど、私に永久指針(エターナルポース)を預けると、航海士さんのいる船室に向かって歩き出した。

 これで航海士さんは大丈夫のハズ。それにしても、命の危険がある状態であんな些細な事を気にするなんて、私の事を恋敵とでも思ったのかしら?

 ……私はそんな感情を抱いた事は一度だってないわね。

 出合った日に彼の言ってた私の明るい未来。アレは占いだったのかしら? それとも彼の決意?…………どちらにしても、私も少しは期待していいのかもしれない。
 
 
 

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