小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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”混沌”


 
〜Side ルフィ〜



 タクミにいきなり殴られて、おれはさっきまで壁に減り込んでた。誰か助けてくれたってイイじゃねェか!!

 おれが皆が何処にいるかを探していたら医者のばあさんに会った。


「ばあさん!! ナミはもう元気になったのか!?」

「……口には気をつけろと、さっき言ったハズなんだがね……まぁイイさね、小娘はとりあえずもう死にやしないよ。二、三日大人しくしてりゃ完治する」


「本当か!! ありがとう!! ばあさん」

「かまやしないよ。お代はしっかりいただくからね!! ヒーヒッヒッヒッヒ!!」


 ばあさんはおれの前を歩きながら部屋に入っていった。


「ドクトリーヌ!! コイツ様子がおかしいんだ!!」


 部屋に入るとさっきのバケモノが、眠ってるタクミを見て騒いでいた。隣ではロビンが手を握って心配そうに様子を伺ってる。


「ライオンの顔してる時は気づかなかったけど、顔色が普通じゃないし、バイタルが全部異常なんだ。もしかしてコイツ……」


 ばあさんは黙ってタクミに近づくと、長い髪をどけて首筋を確認した。おれも横から覗き込んで見たんだけど、そこには赤黒い模様みてェなのが出来てた。


「……呆れた男だね。仲間の心配だけして、自分も”五日病”に罹ってるのに気づかないだなんて。一応全身を確認しただろうに、長い髪のせいで気づかなかったんだろうね…………並みの苦しみじゃなかったハズだ」

「おれが処置室に運ぶよ!!」


 バケモノがタクミを担ぎ上げたんだけど、タクミは眠ったままロビンの手を離さなかったから、ロビンもついて行く事になった。

 いつもならサンジが騒ぎ出しそうな展開なのに、アイツは部屋の隅で小さくなってやがって、ちょっと透けて見えるくらい存在感が消えてた……何があったんだ??


「タクミはやべェのか?」


 イマイチ状況がわかんねェから、おれは近くにいたビビに聞いてみた。


「タクミさんもナミさんと同じ病気よ……ずっと我慢してたんだわ。ウソップさんが無理やり連れてきて正解だったわね……危うく死ぬところよ」

「おれは何にもしちゃいねェよ……ロビンが気づくまで、おれ達は誰もタクミが無理してんのに気づいてやれなかった。アイツ、寒がってる以外はいつも通りに振舞ってたからな」


 ナミがあんなに辛そうにしてた病気に罹ってたのに、タクミは平然としてたのか……無理させちまったみてェだな。おれが頼りねェからか? 副船長を押し付けちまったからか?

 ……おれとタクミの、二人で仲間を守ろうって考えがダメだったんだ。おれが皆を守る……タクミが安心できるくらいに、おれが強くなればイイんだ。

 タクミはゾロと修行してるみてェだし、今度アドバイスでも聞いてみよう。まぁ、頭使うことは今後もタクミに任せるけど、そっちはロビンがサポートしてくれそうだしな。



〜Side ナミ〜



 …………どれくらい眠っていたのかしら。わたしは何かを擦るような音で目が覚めた。身体を起こすと、隣のベッドで眠っているタクミと、それに付き添っているロビン、あとすり鉢を抱えているシカのぬいぐるみが目に入った。


「あら、目が覚めたのね。まだ寝てなきゃだめよ。Dr.トナカイさん、患者さんが一人お目覚めよ」

「お、おう……お前、熱大丈夫か?」


 ぬいぐるみが喋った? ロビンがDr.って呼んでたし、タクミみたいな動物系の能力者かしら? でも、何で鼻が青いの?


「ありがとう、もう平気よ」

「ん?」


 なんでお礼を言われたのか分かってないみたいね。


「あんたが看病してくれたんでしょ?」

「!!?……うるせェなっ!! に、人間なんかにお礼をいわれる筋合いはねェ!! ふざけんな!!……コノヤローがァ!!」


 ……めちゃめちゃ喜んでるわね。感情が隠せないタイプみたい。けど今……


「『人間なんかに』って、アンタは悪魔の実の能力者じゃないの?」


 聞いたらいけない事だったのか黙ってしまった彼に代わって、ロビンが説明してくれた。


「Dr.トナカイさんは、”ヒトヒトの実”を食べたトナカイなんですって。船長さんが一味に入れたがってるみたいよ」

「なるほどね。でも彼みたいな……アナタ名前は?」

「…………トニートニー・チョッパー」


 下を向いてるし、答えるのに随分と時間がかかったわね。喋るのに慣れてないのかしら?


「チョッパーね。カッコイイ名前じゃない」

「本当か!! さっきロビンにも言われたんだ!! ロビンは名前で呼ばないけど、でもDr.ってつけてくれるんだ!!」


 さっきとは打って変わって、真っ直ぐにコチラを向いて話してくる。自分の名前と医者である事に誇りがあるのね。


「じゃあわたしはチョッパーって呼ぶわ。わたし達の船に乗るの?」

「バ、バカいえ!!! おれはトナカイだぞ!! 人間なんかと一緒にいられるか!!!……だいたいお前、おれが怖くないのか?」


 凄い同様っぷりね。持ってた擂り鉢をひっくり返しちゃってるし。


「チョッパーはそこに寝てるライオン人間の戦う顔をみた事ないでしょ? アンタなんか可愛いもんよ」


 わたしが笑顔と共に向けた言葉に、チョッパーは何か言いかけたけど……


「治療は終わったかーーーー!! バケモノ!! 仲間になれェーーーー!!」

「ぎゃああああああ〜〜〜〜〜!!!!」


 突如現れたルフィから逃げ出して、走ってどこかに行ってしまった。


「はぁ、どこに行っても騒がしいわね……そういえばどうしてタクミまで寝てるの? チョッパーみたいなの見たら一番興奮しそうなのに」

「そうね……気づけるポイントはいくつもあったのに」


「何の話よ??」

「え!? ああ、ごめんなさい。彼も”五日病”だったのよ。無理して普段通りに振舞ってたせいで、誰も気づかなかったから、みんな責任を感じてるみたい」


「嘘!!? わたしと同じ状態だったのに、人のこと励ましてたわけ?」

「城に着いた途端に、力尽きたみたいに眠ってしまったわ。せめて倒れればわかり易いのに、彼の体温が異常なことに気づいたのは、しばらくしてからだったわ」


 ロビンも責任を感じているみたいね。寝ているわたしの前で、長い間二人で話をしてたのも知ってるんだから……いちばん一緒にいたロビンが責任を感じるのは当然だ。

 ……ロビンを責めてどうなるっていうのかしら。わたしなんか動けないでサンジくんに運ばれてただけなのに……

 その間の航海士の役目をロビンとタクミが担ってくれていた事を思い出して、自分が情けなくなったわ。わたしがプチ鬱になっているとビビが部屋に入って来た。


「ナミさん!! 目が覚めたのね!!! もう大丈夫なの?」

「Dr.が言うには、二、三日は経過観察と安静が必要らしいわ」


 眩し過ぎるビビの笑顔に反応が遅れていたら、ロビンが代わりに答えてくれたんだけど、そんなにココにいなきゃいけないの? 何とかしてチョッパーを仲間に誘わなきゃ、ビビの国が危ないわね。


「あら? タクミさんったら、まだミス・オールサンデーの手を離さないの??」

「え!? えぇ」


 背筋を伸ばしてよく見れば、タクミはロビンの手を強く握り締めている。わたしの為に、みんなの為に心配をかけないようにしていたタクミには、ロビンしか頼る相手がいなかったんだ。

 血色が悪くなるくらい強く握られているのに、ロビンはその手を無理やり離したりはしない。

 ……敵わないな。わたしはタクミに頼ってばかりで、支えてあげる事なんて考えもしなかった。

 二人の間に、わたしが入る隙間は無いのかも……ん?? そもそもわたしはタクミの事が好きだったのかしら? サンジくんがあんな事を言わなければ、ココまでハッキリと意識したのかもわからない。

 頼りっぱなしの関係は兄と妹のようで、わたしはそれに疑問を抱く事もなかった。ロビンがタクミの事をどう思っているのかは正直わからない……信頼はしてると思う。

 でもタクミは、初めからロビンの事を好きだったんじゃないかしら? あの時も……あの時も、わたしが無意識に否定していただけで、タクミらしくない行動が目立ってた。


「……あはははは」


 タクミがロビンに近くに座られて動揺していた時の真相が分かって、わたしは急におかしくなってしまった。あのタクミが、あんなにうろたえるなんて、考えてみれば理由は一つしかない。

 それに気づいても、わりと平気な自分がまたおかしかった。これはお兄ちゃんを持つ妹の感情だ。ちょっと寂しいけど、お兄ちゃんがフラれるのは可哀想だから、応援してあげようと思う。


「ナミさんどうしたの?……!!?……流石にナミさんも気づいちゃった!?」


 !!?……ビビは気づいてたの!? タクミにコーヒーを持っていかせてたのは、元は敵のロビンに、自分が持っていきたくないからだと思ってたけど、そういう事!?


「ええ、今度ふたりで話しましょ!!」


 ビビと二人でタクミ応援計画を話し合う事を考えて、わたしは自然と笑顔になった。



〜Side ロビン〜



 怖い…………こんな若い娘たちに、心の底から恐怖を感じることがあるとは思わなかった。

 ……ハンターさんと手を繋いだままなのを王女に指摘された時はどうしようかと思った。

 王女はあんなに必死になって否定するぐらい、わかりやすく彼のことを慕っているし、航海士さんも病床でわたしを敵視するくらい、彼のことになると見境がなさそうだ。

 手を離したくても、私の力ではどうにも出来ないくらい強く握られていて、かなり痛い。せめて航海士さんに見えないようにと隠していたのに、反対側から近づいた王女にあっさり見つかってしまった。

 動揺する私にしばらく無言だった航海士さんは……突然笑いだした。その時の恐怖は、航海士さん一人分だったからまだイイ。

 問題はその後、私を口撃した事で、自分の気持ちが航海士さんにバレてしまったと深読みした王女が余計な事を言った。

 怪訝な顔をした航海士さんも、王女の言葉の意味に気づいたみたいで、私がいないときに話をすると目の前で笑顔で言い切った。

 ……王女に私が邪魔だと伝えて、まずは二人で共同戦線をはるつもりに違いないわ。

 王女もそれに笑顔で返した……どうして!? これだけの情報で、王女が航海士さんの真意に気づくとは思わなかった。

 私の印象では、王女は”元気一杯の明るいアホのコ”って感じだったのに!!?


「ちょっと待って、私は本当に彼の事は何とも思ってないわ!!」

「……分かってるから……それでも、わたしは何とかしたいの」


 航海士さんは聞く耳を持ってないようね……何を言っても無駄だわ。私は諦めて下を向き、この状況の原因になった彼の手を見つめる。

 でも、三つの”歴史の本文(ポーネグリフ)”の為に、彼との関係を悪くするわけにはいかないし、ましてやこの船を降りる事も出来ない。

 彼が今後も”歴史の本文(ポーネグリフ)”の在り処を予知夢でみる可能性だってあるのだから。

 私の夢には彼が必要……なるべく彼女たち(特に航海士さんね)に波風を立てないように、その上で彼と良好な関係を築く……難しいわね。

 …………逃げ場の無い船の中、あえて彼の傍にいるのが一番安全なのかもしれない。
 
 
 

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