小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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”一味の危機?”



〜Side タクミ〜


 
 ……ん?? 視界が揺れてる……どうなってんだ?……取り合えず気持ち悪い。


「……ゾロ? 何でココにいるんだ? お前は川で凍りつく運命のハズなのに」


 俺は現在ゾロに担がれて城内を歩いているところだった。人がたくさんいる……ワポルとの戦闘は終わったのか!?


「てめェ!! 占いでわかってやがったな!! 残念ながらおれはこうして無事だ。お前の占いも偶には外れるんだな」

「流石に凍りついて死ぬ運命なら警告するよ。ガタガタ震える程度だっただろ? イイ修行だよ……そういえば何で俺は担がれてるんだ? 自分で歩けるから降ろせ」


 気持ち悪さの主な原因は、ゾロに担がれてるせいで腹が圧迫されてるからな気がした俺は、取り合えず降ろして欲しかったんだが、ゾロはそのまま歩き続ける。コレは拷問なのか?


「人の肩の上で偉そうにする前に、いい加減その女の手を離してやったらどうだ?」


 顔を見なくてもわかるくらいニヤニヤしながら喋ってるゾロの言葉を聞いて、俺は温かさを感じる自分の右手を見る。

 ……綺麗な手ですね……顔をあげると……ロビンと目が合う……ぎこちない微笑を向けられる。


「降ろせ!! 今すぐ俺を降ろせ!! 噛み殺すぞ!!」


 ゾロに担がれて顔だけ上げた体勢はあまりにマヌケで、俺は思わず左手でゾロの腹部を叩いた。


「おー怖ェ、ほらよっと……まぁ、歩けるってんなら自分の足で歩いてくれ……っぷ!!……おてて繋いで仲良くな」


 笑いながら走り去るゾロ……まだ離してなかったのかよ!! 俺はアホだ、虫だ、ミジンコだ……いや、食物連鎖を支えるミジンコと、自分を同格に考えるだなんて、ミジンコさんに失礼だ。ミジンコさんごめんなさい!!」


「……ミジンコに謝罪する人を初めて見たわ」

「心の声のつもりだったんだけど声に出てたのか?」


 恥の上塗りだ……もう死んでしまいたい。そうだ、細菌になろう。ボツリヌス菌になりたい……いや、アレも痙攣を止める薬とかに使われてるんだ。

 俺は細菌よりもダメな存在だ。輪廻の輪から外してもらえないだろうか?


「食物連鎖のあたりからハッキリと聞こえてたわ」

「……忘れてくれ……頼む。そういえば、何で俺はゾロに担がれてたんだ?」


 哀れむようなロビンの表情を見て、どうしようもなくなった俺は、正直どうでもイイと思っていた事を聞いてみた。どうせ俺の事だから、寒すぎて暖炉の前から動くのを渋ったとか、そんなくだらない理由だろう。


「あなたも”五日病”だったのよ。無理しすぎよ? みんな心配していたわ」


 マジか!!? 昔から、熱が出ても平気で動き回っていたけど”五日病”に気づかないほニブかったとは、流石に驚きだな。


「俺も”五日病”だったのか……ロビンのおかげで助かったよ。あのまま気を張ってたら死んでたかもな」

「笑い事じゃないわよっ!!」


 努めて明るく言ったのだが、いきなりやってきたナミに後頭部を殴られた……本気で眩暈がする。コレは五日病のせいなのか? それともナミの打撃力のせいなのか?……考えるのはよそう。スルーライフだ。


「それだけのパンチが打てるならナミは大丈夫みたいだな。でも”五日病”って完治するには10日くらいかかるハズなんだけど、今から脱走するつもりなのか? ちゃんと治りょ「うるせェ!!!いこう!!!!」……「お゛お゛!!!!」……何か、俺が寝てる間に、問題はイロイロ解決したみたいだな」


 見物したかったシーンがいくつかあったのに見逃してしまった。俺がショックを受けていると、ロビンに優しく声をかけられた。


「あなたは航海士さんを救う為に十分頑張ってたわ。落ち込む必要は無いわよ……だから手を……ね……」


 ナミとビビがニヤニヤしてる……俺はようやくロビンの手を離し、何事も無かったかのようにチョッパーにくいついた。


「おっ!! それがチョッパーの人獣形態か!? 何か可愛いな」


 俺はドクトリーヌに旅立ちの報告へ向かうチョッパーを、擦れ違いざまに後ろから抱き上げた。


「お、お前もう大丈夫なのか!?」

「これからはチョッパーが船医になってくれるんだろ? 頼りにしてるよDr.チョッパー!!」


「うるせェよ!! 離せバカ!! 頼りにされたってうれしかねェぞ!!……コノヤローが!!」

「はいはい悪かった」


 降ろしてやるとチョッパーはギャロップで去っていった……スキップじゃないんだ。興味深くチョッパーを観察していると、ウソップが皆に声をかけた。


「タクミはあんまり、チョッパーに近づけねェほうが良いかも知れねェな」


 ??……何か、ナミとかゾロとかが納得の表情なんだが、どういう意味だ。おれが困惑の表情を浮かべていると、ウソップが言葉を続ける。


「今のお前のチョッパーを見る眼はヤバかった……いつか食卓にトナカイ料理が並びそうで怖ェよ」


 ……あんまりだ。そこまで見境無く見えていたのか!? ロビンが何か言いたげだが……


「みんな納得かよ!?…………そうか」


 そこまで思われているならば、ラパーンはもちろん、雪鳥(スノーバード)も毛カバもハイキングベアーも狩って問題無いだろう。出航まで時間が無い。急いで狩りに行かなければ。

 俺はドラムロックから飛び降りる。後ろから誰かの呼ぶ声が聞こえたが、俺はまずはラパーンを狩る為に急降下を開始していた為、いまいち聞き取れなかった。



〜Side ビビ〜



「ちょっと待って!!!……っ!? 離して船長さん!!! 彼を追いかけないと!!!」


 ミス・オールサンデーの悲痛な訴えを聞いても、わたし達は状況がよく分かっていなかった。ウソップさんのいつもの冗談で、タクミさんは珍しく不貞腐れてるだけだと思っていた。

 彼女が崖から飛び降りようとするのを止めたのは、雪玉に乗って遊んでいたルフィさんだ。ルフィさんも状況が分かってないみたいで、Mr.ブシドーが説明している。


「お前らバカじゃねェのか!! タクミがそんな事するなんて、冗談でも言うんじゃねェ!! チョッパーはもう仲間だろうが!!」


 滅多に見せないルフィさんの真剣な言葉に、ミス・オールサンデー以外の全員がハッとした。タクミさんは、仲間の為ならきっとなんだってするような人。

 リトルガーデンでは、少しでも急いで出航する為に、大事な記録データを置いて行こうとしたぐらいだ。

 動物相手だって、ラブーンやカルーみたいに、狩る素振すら見せない時もあった。自分の夢よりも、仲間の事を優先するタクミさんにとって、わたし達の態度はショックだったに違いない。


「船長さん!! 彼はまだ病人よ!! それに、ココはマイナス50度の冬島、ライオンの能力者の彼が、いつものように空を走れるとは思えないわ!!」


 ミス・オールサンデーはそこまで考えていたんだ。皆がウソップさんに悪ノリした時も、彼女は何か言いたげだった。崖から飛び降りたタクミさんを真っ先に追いかけようとした。


「タクミは俺が探す「私もいくわ!!」……わかった。お前らはチョッパーを待って船に向かえ」


 ルフィさんはミス・オールサンデーを抱えて、そのまま崖を飛び降りた。あの二人の能力なら大丈夫でしょうね。


「おれ、ひでェこと言っちまったんだな……タクミは戻ってくるのかな……」


 ウソップさんは酷く落ち込んでいて、サンジさんみたいになってる。


「あれだけ仲間の為にがんばってきたのに、全員に信頼されてないと思ったでしょうね……まぁ、ロビンが迎えにいったんだから大丈夫よ」


 確かにミス・オールサンデーが素直にさえなれば、何が何でもタクミさんを連れ戻すでしょうね。


「ココで考えてもしかたねェ。責任の無いルフィとロビンが、タクミを追ってるんだ。おれ達はタクミへの第一声を謝罪の言葉にするしかねェ。それを受け入れるかどうかは、タクミ次第だ」


 Mr.ブシドーの言葉は重い。船長が全幅の信頼を置くタクミさんを、暗に信頼していないと言ってしまったわたし達の行動は、それ程のものなんだ。

 それからトニー君が慌てた様子でそりを引いてくるまでの間、誰も口を開く事は無かった。



〜Side ロビン〜



 みんな何を考えてるのかしら!? 若い一味だけど、言ってイイ冗談と悪い冗談の区別くらいつきそうなものなのに。

 私は走る船長さんに抱えられて雪山を移動している。

 あの場に残るなんて冗談じゃない。引きとめきれなかった事を、航海士さんに責められるのは目に見えてるわ。


「ごめんなさい……私がいても邪魔にしかならないのに」

「気にすんな!! ロビンはタクミが心配なんだろ? アイツはお前を頼りにしてるみてェだし、これからもタクミのこと助けてやってくれ!!」


 彼が私を頼りにしている?? 船長さんにはそう見えているのね……コレで彼の傍にいる事がよりいっそう自然に見えるハズだわ。

 航海士さんが批判しても、船長さんが収めてくれるはず。私はこの一味を抜けるわけにはいかないんだから、心強い味方ができたわね。

 いっそのこと私が彼の恋人にでもなれば、航海士さんも諦めてくれるんでしょうけど、夢にまっすぐな彼を、偽りの感情なんかで振り向かせる自信はないわ。

 今まで潜入した組織でも、色恋が絡むと碌なことがなかった。資料が純文学だけじゃダメね。

 うまくいったと思ったら、いきなり襲い掛かってきたり、突然組織内で争いが起きたり、私にはこの手法はむいてないみたい。


「しっかしタクミは何処にいったんだ? 同じところから飛び降りたのに、まさか足跡もねェなんて、あんな身体で空跳んでったのかよ」

「……アレがきっかけで一味を抜けるつもりだとしたら、船に積んである記録を取りに行ったのかもしれないわ」


 考えすぎかもしれないけれど、最悪のパターンを想定して行動するべきよね。


「一味を抜ける!!? そんな事おれがさせるか!!!……よし、船はどっちだ?」


 私の意見を聞いて、船長さんの表情に真剣さが増す。彼がどうしても必要なのは、船長さんも同じみたい。


「まずはこのまま山道を抜けて、ビックホーンを目指しましょう。木が無いこの道を真っ直ぐよ」

「わかった!!……よっと、急ぐからしっかり掴まってろよ!!」


 船長さんは抱えていた私を背中に背負うと、凄いスピードで走り出した。雪山を草履で走ってるとは思えないわ。船長さんの戦闘を見た事はないけれど、彼に負けないくらいの実力者とみて間違いなさそう。

 途中で背後から何度も砲撃音が聞こえてきたけど、船長さんは振り向かずにビックホーンまで走り抜けた。


「どっちだ!!」

「右よ」


 私の指示で船まで一直線の道を走る船長さんの背中で、私は幻想的な光景を目にした。

 城の上空に降り注ぐピンク色の雪、ドラムロックが幹のように見える。私はこの光景によく似た花を、本で見た事がある”ワノ国”に咲き誇るという花、”桜”。

 他の国で見た桜にはこんなに心を揺らされる事はなかった。私は一度で良いから”ワノ国”の”桜”を見てみたいと思ってたけど、きっとこの”桜”が世界で一番綺麗な”桜”なのだと思ったわ。


「タクミだ!!」


 船長さんの声で、いつの間にか船の間近まで来ていたことに気づいた。

 船の甲板に彼はいた。毛布で包んだカルガモを抱えて、酒瓶を片手に”桜”を眺めていた。

 駆け寄ろうとする船長さんを制して、私は一人で彼に近づいた。


「ロビン!?……さっきはごめんな。迷惑かけたみたいだ」


 こんなときでもまず私に謝るの!? お人よしね。


「私は構わないわよ。これからあの子達とどう接するつもり?」


 彼は驚いた顔をした後、笑いながら言った。


「俺は今までと変わらないさ。アイツらは変わるかもしれないけど、あの”桜”を見てたら……そんな事は些細な問題だと思ってな。ロビンも一杯どうだ?」


 彼は私にワイングラスを渡してくる。グラスは一味の人数分用意されていて、お酒が飲めない船長さんの為に、葡萄ジュースも置いてあった。


「そうね、そこのシェリーを貰おうかしら」


 私は、成り行きを見守っていた船長さんに手招きすると、差し出されたそのグラスを受け取った。


「ルフィもたまには飲むか? 暴れたら海に放り込んでやるよ。他の皆はまだか?」

「酒はもうイイよ。皆はチョッパーと一緒に来るから、歓迎会ならその時だ!!」


 彼は驚いた顔を一瞬だけ見せて、嬉しそうに微笑んだ。船長さんは、このグラスの意味が分かっていたのね。私はただの月見酒かと思っていたわ。


「そっか、ラパーンとかいう熊の肉を獲ったから、サンジが来たら料理して貰えよ」

「うっひょ〜〜〜!!! 熊鍋が出来るじゃねェか!!!」


 船長さんは飛び上がるほど喜んで、そのまま貯蔵庫を見に行った。私は、彼の隣をキープして皆の到着を待つ。

 すぐにやってきた皆は、甲板に彼の姿を確認してほっとしたみたい。事前に話し合っていたのか、剣士さんが無言で一歩前に出る。


「……タクミ、さっきの事は「あーウルサイうるさい五月蝿い!!!」は!?「俺はチョッパーの歓迎会がしたいんだ。そんなことはどうでもイイから、”桜”見ながら騒いでりゃイイんだよ!!」……わかった……すまなかった」


 気にして無いと言ってるのに、それでも謝る剣士さんを見て、彼は笑っていた。


「ていうか、お前カルーに謝れよ。お前を探しに川に飛び込んで、そこで氷漬けになってたぞ」


 彼がカルガモを抱えていたのはそういう事情があったのね。慌てて駆け寄ってきた王女にカルガモを引き渡している。


「……悪かった。でも、本当におれを追いかけて川に入ったのかよ」

「俺もカルーの言いたい事は大体分かるけど、専門家のチョッパーに聞いてみろ」


 船医さんがカルガモの鳴き声を翻訳してくれると、やっぱり剣士さんが原因だったみたいね。今度は王女にも謝罪をしているわ。剣士さんだけ謝ってばかりね。

 コックさんは船長さんに厨房に連れて行かれて、長鼻くんは船医さんに船の案内をしてあげるみたい。

 剣士さんはコッチに来てお酒を飲み始めたけど……カルガモを挟んで二人で話をしている航海士さんと王女が時々コチラを見ている……

 私は、この位置から何があっても動かない事に決めた。
 
 
 

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