小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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”雨人間”



〜Side ビビ〜



『ゆっくり決めればイイ。十中八九弱くはならないけど、カナヅチは結構キツイからな……ただ、その”悪魔の実”はビビに食べられる為に、あの船で長い年月を過ごしていたんじゃないかって俺は思うよ』

”悪魔の実”をわたしに預けて、タクミさんはわたしの頭を撫でてから皆のところに歩いていった。

今はルフィさん達が船から持ってきたガラクタで遊んでいるみたいね。

わたしは、この実を食べるべきなのかしら……確かに砂漠の国アラバスタの王女であるわたしに相応しい外見をしている実だけれど、タクミさんはわたしが弱いから、この実をくれたんじゃないのかと思ってしまう。

今回の事でわたしがした事なんて、幼馴染のコーザの説得だけ。タクミさんはそれも一つの戦いだって言ってくれたけど、クロコダイルとの戦闘でわたしに危険が及ぶのを避けようとしただけかもしれない。

”悪魔の実”を渡された事で、”コレを食べなければお前は戦力外だ”と伝えられている気がして、わたしは一人で船室で悩んでいた。


「酒でも飲もうかと思ってきてみりゃ、辛気臭ェツラしてんな。この船に乗ったことでも後悔してんのか?」

「Mr.ブシドー……それは無いわ」


酒棚をあさったMr.ブシドーは、ウィスキーを一本持ってイスに腰掛けた。グラスにも注がずにそのまま飲み始めたけど、彼はいつも一人で飲む時は甲板にいるハズ……わたしの事を心配してくれてるのかしら。


「話を……聞いてくれるかしら」

「あぁ、構わねェ」


彼は言葉少なく、コチラを見もしないで答えてくれる。タクミさんみたいに器用じゃないけれど、一味の事を一番よく見ているのが彼なのは、これまでの航海でよくわかったつもり。


「『構わねェ』って、Mr.ブシドーはいつもそう言うわよね。本当はわたしを心配してそこに座ってくれたんでしょ?」

「バカ言うな……外が騒がしいから部屋で飲もうと思っただけだ……ついでにその顔をヤメてもらいてェから話を聞いてやるってだけだよ。酒が不味くなる」


元から目を合わせてなかったのに、ますますそっぽを向いて話をするMr.ブシドーは、ホント素直じゃないわね。昔のコーザにちょっと似てるかも。

わたしはタクミさんから”悪魔の実”を渡された事や、自分の抱えている不安を彼に話した。話の最中に一切口を挟まずに、でも一言も聞き漏らさないように聞いてくれてるのがわかる。だって、さっきから全然お酒がすすんでないもの。

わたしが話し終えてしばらくの間、Mr.ブシドーは無言だった。かける言葉が無いくらいわたしの不安は的を得ているのかしら?

お酒を一口飲んでから、彼は大きく溜息を吐いて、ようやくわたしを見て口を開いた。


「お前はアホだな」

「ア、アホ!?」


あんまりな言い方にショックを受けていると、大きく溜息を吐いてから、続きを話し始めた。


「ああ、ドアホウだ。”悪魔の実”が売ればどんだけの価値があるモノか知らねェのか? 一億だ、一億!! タクミがそんなくだらねェ理由で”悪魔の実”をやるわけねェだろ。お前が強かろうが弱かろうが、アイツは全部一人で抱え込んで仲間を守ろうとするんだよ……おれにもルフィにも頼らずな」


Mr.ブシドーの顔は少し寂しそうにも見えたし、悔しそうにも見えた。わたしが何も言えないでいると元の表情に戻って再び語りだす。


「タクミが何でも一人で抱え込むヤツなのはみんな知ってる。最近はロビンのおかげでいくらかマシにはなってるが、この一味でのアイツに掛かる負担は大きすぎるんだよ。ルフィもそれに気づいて、自分からタクミに師事してきたし、おれもアイツが救援まで考えなくてイイように、もっと強くなるつもりでいる。でもな、タクミは俺たちに強くなる事を強制したりはしないし、危険な力を教える時は十分に注意する。”悪魔の実”をお前に渡した時、タクミは食う事を強制なんかしてないだろ? 自分の心の弱さに負けて、仲間の事を邪推するな」


……そうだ。タクミさんは一度もわたしに食べろだなんて言ってない。決めるのはわたしだと言ってくれた。


「でも、どうしてわたしにこの実をくれたの?」

「ウチの一味には、既に4人の能力者がいるだろ。何かの事故にあった時、おれやサンジ、ついでにウソップなんかが能力者だったら全員を助けられないからだろうな。長身のタクミとロビンは、おれかサンジじゃないと無理だ。ルフィをウソップが助ける事を考えたら、チョッパーを手の空いたヤツが片手で助けるにしても、お前かナミしか候補はいないんだよ」


「ナミさんは航海士だからわたしにまわってきたって事ね」

「あぁ、お前が食わないんなら、ナミにやらずに売るつもりなんじゃねェか? コレばっかりは能力者のアイツには解決しようが無い問題だからな。それに、お前が強い人間だってタクミが認めてるからだと思うぞ」


この人は凄い!! ココまでタクミさんの考えがわかってるんだ。占いで大抵の事がわかるタクミさんより、何も聞かないで状況を把握しているMr.ブシドーにわたしは驚いた。

ルフィさんは船長としてただ強くあろうとしている。クロコダイルをあっさり倒してしまった事を考えると、一番強いのはルフィさんなのかしら? タクミさんは副船長としてルフィさんに作戦の立案なんかを任されていて、本人の戦闘能力や占いによる危機回避、それに深い知識でこの船を導いている。

Mr.ブシドーはそんな二人を黙って支えていこうとしてるんだわ。寡黙にただ己を磨く、その力は仲間の為に……カッコいい!! やっぱりMr.ブシドーは男の中の男だわ!!

唯一お風呂を覗かなかったし、パパとは違うんだ!! パパが狂わせてしまったアラバスタ王家の品格はわたしが取り戻す!!

その為にまずは、彼に釣り合うようにわたしも強くならなくちゃ!!


「わたしが海に落ちたら……Mr.ブシドーが助けてくれる?」

「おれはタクミかロビンの担当で……わかったよ、おれが必ず助けるから。能力者になるなら安心しろ……ていうか、いつまでおれの事をMr.ブシドーって呼ぶつもりだ? ロビンの事もだけど」


「そうね、バロックワークス時代の名前で呼ばれ続けるのは嫌でしょうし、これからはロビンさんって呼ぶわ」

「……おれはどうなったんだ?」


彼は少し不機嫌そうに訊ねてくるけど、わたしは”悪魔の実”の入った箱を持って席を立った。部屋から出る寸前で振り返り、わたしに出来る精一杯の笑顔で感謝の言葉を述べた。


「おかげで決意が固まったわ、相談に乗ってくれてありがとう……ゾロ」

「おれだけ呼び捨てかよ。まぁ、構わねェけど」


苦笑いを浮かべながら、いつも通り『構わねェ』と言う彼を残して、わたしは船室を出た。彼はいつ頃気づいてくれるかしら? わたしの気持ちに……アナタだけは特別だってね♪



〜Side タクミ〜



「タクミさん!! わたし、この”悪魔の実”を食べるわ!!」


ルフィとゾロが拾ってきたガラクタを片付けて、スカイピアの地図やウェイバーを披露していると、ビビが船室から出てきて、宣言するように大声でそう言った。

みんな”悪魔の実”を持ったビビのところに集まり騒いでいる。まだ食ってなかったのかよ。ウソップあたりが目にしたら『おれが食う!!』とか言い出しかねないからビビに直接渡したのに、何か悩むような事でもあったのか?

ビビに続いて船室から出てきたゾロは、俺にシェリーを一本投げてよこしてから話しかけてきた。


「お前は言葉が足りてねェんだよ。全員がお前のレベルで思考できるわけじゃねェんだから、説明がめんどうならおれにまわせ。後からフォローすんのは大変なんだ」


何の話だ? 訳がわからん。俺の説明不足でビビが悩んでいて、ゾロがそれを解決してくれたって事か? まぁ、一応礼は言っておくか。


「アリガトな。頼りにしてるよ」

「はっ!! どうだか……せめてロビンには頼れよな」


ゾロ? 何で不機嫌なわけ!? ”まりも”って言った事をまだ根に持ってんのか?


「剣士さんの言う通りね。私くらいには説明してから行動して欲しいわ」


ロビンは今までの事を言ってるんだろうな。ゾロが言いたい事とは何か違うみたいだけど、ロビンの言う事は素直にきいておこう。


「これからはそうするよ。頼るついでに甘えてみたりするかもだけど」

「フフ、程ほどにお願いするわ」

「甘っ!! 勝手にやってろ、バカップルが!!」


ゾロは甲板に座り込んで、ビビ達の方を見ながら酒を飲み始めたけど……”バカップル”それは最高の褒め言葉だな。


「タクミさ……ゾロ? この”悪魔の実”を切ってくれる?」

「何で名前が疑問系なんだよ!! 呼びにくいんなら、そのままタクミに頼め!!」


若干、ほんの僅かだがビビの顔が赤い?……もしかして、ビビが言ってた異常事態って……


「ゾ、ゾロに切って欲しい!!」


ブツブツ言いながら歩いていくゾロを見ていると、ロビンの呟きが聞こえた。


「あら、剣士さんの事が気になるって話、本気だったのね」



〜Side ゾロ〜



……ったく、おれに気をつかう必要なんかねェのに、おれよりタクミの方が頼りになるのなんか知ってんだよ。

それともタクミに頼りすぎるなと暗に言っちまったからか? それならイイか。あんな話をしちまったんだし、せめてビビのフォローだけでもおれが担当するようにしねェとな。

そういえば、ガレオン船が降ってきた時に、タクミはおれにビビを守れって命令したな……まさか、この展開まで予測済みってことはねェよな!?……アイツならあり得ると思わせるとこが怖ェな。

おれはタクミ公認のビビ担当ってわけか。それぐらいなら請け負ってやるかと考えながら、おれは皿に置かれたヤシの実(悪魔の実)を真っ二つに切り裂いた。


「ヤシの実は冷やしてからじゃないと食べにくいんだけど、それは食べれそうかい?」


ビビはサンジが持ってきたスプーンを受け取って果肉に刺してみたが、簡単に食えるみてェだな。


「ココナッツジュースが入ってないんだけど……本当に食べても大丈夫? ”悪魔の実”に消費期限とかあるのかしら?」

「俺が食った”悪魔の実”は地面に埋められてた古い箱の中から見つかったんだ。鮮度は関係ないんじゃないか?」


不安そうだったビビも、タクミの体験談で安心したのか、スプーンで一口分をすくって、勢い良く食った。


「いただきます!!!……っ!!!?」


途端に顔をしかめて水で流し込んでいるビビを、おれ達は心配して見ていたが、タクミとロビン、それにルフィとチョッパーは笑っている。


「すっっっっっげェ不味いだろ!!!」


ルフィは楽しそうに訊ねてやがるが、ビビは喋るのも辛いみてェだ。


「……酷い味だわ……全部食べなきゃダメ?」

「おれは全部食ったぞ?」


ルフィの言葉にビビは涙目になっている。


「意地悪するなよ。そんなモノ全部食える訳ないだろ」

「おれは食ったぞ?」


タクミが、珍しくフリーズした。そこまで意外なのか?


「…………一口で効果があるから大丈夫だ。悪魔の力はビビに取り込まれて、残りはただの不味いココナッツだから捨てろ」


ほっとしたようなビビの横で、サンジが一口食べて悶絶している……よっぽど酷いんだな。


「さて、何か特別な力を感じるか?」

「何も感じないわ。もしかして”悪魔の実”じゃなかったのかしら?」

「…………即答してやれよ!!! ビビが泣きそうだぞ!!!」


ウソップに言われて首を捻っていたタクミが口を開く。


「俺の場合は食わせたヤツにムカついて殺気を放ったら、ライオンの姿になったんだけど……どうなんだろうな?」

「私は高い所の本を取ろうとした時に、手の先から手が出てきて能力に気づいたわ」

「おれは歩いてる時に腕を掴まれたら、そのまま伸びたんだ。あん時はびっくりしたな!!」

「んー、考え事してたらこの格好になってた気がするけど……あんまり覚えてねェや」


能力者四人がそれぞれの体験を話すが、あまり参考にならねェな。ビビも唸ったりしながら何かを試そうとしてるみてェだけど、傍から見てたらただのおもしれェヤツだ。

ん? 今、ビビの身体から水滴が落ちたような……気のせいか?

ビビの様子を見守っていたタクミは、突然ニヤリと笑ってビビに話しかけた。


「よし、俺が軽く攻撃すれば、身の危険に何かしらの能力が発動するハズだ!!」


そう言ってタクミは白の装飾銃を……


「っておいっ!!! それはやりすぎだバカ!!」

「ちょっとタクミ!!?」


躊躇無くぶっ放した……ハズなんだが、辺りには何故か少量の水が飛び散っただけで、ビビは無傷だ???


「ビビ!? 何ともないの!!?」

「え、えぇ、何かが身体の中を通り抜けた様な感覚はあったんだけど……どういう事?」


心配そうなナミにビビは困惑気味に答えている。


「ハッハッハッハ!! ビビは最高の能力を手に入れたな!! つまり……こういう事だ」


タクミがビビの腕を掴むと、ビビの身体を通り抜けた。タクミの手は濡れてるみてェだな。


「どうやら自身が水になる自然系の能力みたいだな。”ミズミズの実”……響きがいまいちだな……”シトシトの実”の雨人間なんてどうだ? 雨を望み続けたアラバスタ王国の王女にピッタリの能力だ。その実はきっとビビを待ってたんだよ」

「”シトシトの実”の雨人間……コレがわたしの力」


呆然と呟くビビを皆が触ろうとしてその身体をすり抜けている。ビビの能力にみんな大騒ぎしているが、タクミとロビンだけは、その光景を微笑みながら見ているだけだ。


「お前ら知ってたんだろ、あの実の力。躊躇無く銃なんか撃ちやがって」

「まさか!! ビビの袖から水が滴り落ちてたから気づいただけだ。撃ったのだってスカートだぞ?」

「私はタクミのやる事を信じてたから見守っていただけよ」


コイツはよく見てやがるな。ロビンのノロケは放っておこう。ビビは自分から皆を触ろうとして今度は成功してるみたいだな。


「……どうなってんだ?」

「どうやらビビの意志で普通に触ろうと思えば触れるみたいだな。認識しだいで相手に触らせる事も出来るんじゃないか? ゾロ、ビビを触ってみろよ」


おれがビビの腕を正面から掴んでみたら普通に触れた。ビビも驚いてるみてェだな。


「何でゾロだけ触れるのよ?」

「相手に触られたいとビビが望めば、触らせる事が可能みたいだな……な、ビビ」


タクミの言葉を聞いてビビは顔を真っ赤にさせている。ちなみにタクミがビビの肩に置こうとした手はすり抜けた。

テレてんのか? そいつは”ロビン病”に感染してやがるから想うだけムダだと思うんだが……


「今日のタクミさんは……」


プルプルと震えるビビの身体から水蒸気みてェなのが出てきた……嫌な予感がする。


「……どうしてそんなに……」


水蒸気は上空に集まっていって、雲になって……


「……無神経なのーーーー!!!!」


メリー号に大雨を降らせた。何かめんどうな事になりそうだったから、おれは船室に戻って一人で酒を飲む事にした。



〜おまけ〜



「ビビ!! 落ち着け!! 俺が悪かった!! もうからかったりしないから、この雨を止めてくれ!!!」

「五月蝿いのよ!! 自分からわたしの気持ちに気づいてくれる事に意味があったのに!! それなのにーーーー!!」


「どうせゾロはニブいから気づいてないって!!」

「ゾロって言うなーーーー!!!」

「…………ハシャギすぎよ」


「あっ、あ〜〜〜……」

「ロビン? あぁ、その十手を使ったのか」

「あのままじゃ船が沈んでたわよ? 雨女さんの教育はヨロシクね♪」


「いや、自然系の制御方法なんて知らな「ヨロシクね♪」……はい」


タクミの心には雨が降り続けていた……



〜Fin〜
 
 
 

-72-
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