小説『百獣の王』
作者:羽毛蛇()

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”熱愛のジキタリス”



〜Side サンジ〜



「タクミ!! 大丈夫!!? ねぇ!! 起きて!!」

「大変だァ!! ウソップの息がない!!!」


気がつくとあたり一面は雲の海だった。どうやら”積帝雲”を抜けたみてェだが、タクミとウソップの意識がない。

チョッパーがウソップに心臓マッサージを施すと、口から雲を吐き出した。二人は雲を呑み込んじまったって事か。

おれは、気が動転してただタクミを揺する事しか出来なくなっているロビンちゃんの代わりに、タクミの腹を割りと本気で踏みつけて雲を吐き出させようとしたんだが……


「ガハッ!!!」

「何するのよ!!? 蹴り起こすなんて非常識だわ!!!」


ロビンちゃんに凄い剣幕で怒られた。タクミは起きたんだからイイじゃねェか。でも、コイツ雲を吐かなかったな。ただ単に気絶してただけか?

それにしてもタクミのヤツ、ロビンちゃんとすっかり仲直りしやがって……たぶんブラコンのナミさんが二人の仲を取り持ったんだろうな。

余計な事を……でも、そんな仲間想いなナミさんも素敵だ!!


「大丈夫!!?」


起き上がったタクミは、心配そうに顔を覗き込むロビンちゃんを手で制して、おれの方を向いた。


「面倒かけたな、サンジ。この痛みからして、蹴り起こしてくれたのはお前だろ?? あのバケモノ女の悪夢を見てたからちょうどよかったよ」

「バケモノ女?? お前の美しいお母様の事か?? ていうかあの美女は本当にお前の親なのか!? 20代にしか見えなかったぞ??」


コイツの母親ってことは少なくとも40はいってるハズなんだが、あの美女力はローグタウンで会った美女を超えていたからな。


「ははっ、俺も驚いたよ。18年前と何も変わってなかったからな。もう50過ぎくらいのハズなんだが……でもな、『動物系「幻獣種」”ヘビヘビの実”モデル 羽毛蛇(ケツァルコアトル)』は間違いなくバジル・ジキタリスが食べたモノだ」

「アレで50過ぎ!!!? あの美女は生命の神秘そのモノなのか!!?」

「あの姿ってもしかして、アナタのお母さんは……”熱愛のジキタリス”!!?」


おれの言葉は完全に無視されて、ロビンちゃんは慌てたようすでタクミに質問しているけど、


「”熱愛”って……すげェ二つ名だな。何者なんだ?」


おれはその二つ名の方が気になったから、タクミが返事をする前に口を挟んだ。


「女ヶ島の”九蛇海賊団”って知らないかしら? ”海賊女帝”ボア・ハンコックが率いる女海賊団なんだけど、女ヶ島では代々、皇帝が海賊団の船長を務めているの。”熱愛のジキタリス”は先代皇帝で、歴代最強と謳われた船長なんだけど……」

「”死んだハズだ”って言いたいんだろ? アイツがそう簡単に死ぬわけがない……少しだけ昔話をしようか」


言い淀んだロビンちゃんの言葉を、タクミが引き継いだ。イロイロと訳アリみてェだな。


「記憶がまた戻ったのね……聞かせて」


ロビンちゃんはタクミの昔話に興味深々って感じで、座り込んだタクミと肩が触れ合う距離に腰を下ろした。おれがタクミを見極めるって言ったのに、ロビンちゃんは完全に忘れてるみてェだ。


「アイツは”九蛇海賊団”の略奪遠征の最中に”北の海(ノースブルー)”でおとんに出会ったらしい。本人は運命の出会いだったって言ってたけど、おとんが言うには、前の奥さんを焼き殺しての狂気に満ちたアプローチだったそうだ。おかんはそれから直ぐに俺を身篭って、無事に出産したんだが、俺は女しか生まれない女ヶ島の伝説を覆して、男としてこの世に生をうけてしまったから、島には入れなかったんだよ。おかんは遠征にかこつけてしょっちゅう会いに来てくれてたんだけど、20年前におとんが逃げ出してから……おかんは変わったんだ」

「じゃあ”魔術師”とは腹違いの兄弟なのね?」


「ああ、兄貴はアイツを怨んでいて、まともにやっても死んだ母親の復讐が出来ないから、魔術にのめり込んでいったんだ。そのせいで村の皆はおろか、おとんにまで気味悪がられてたけどな。兄貴に自分から話かけるヤツなんて俺くらいなもんだったよ」


気がつけば、タクミの話に一味のみんなが聞き入っている。おれが言うのもなんだが、壮絶な子ども時代を過ごしてやがんな。


「兄貴と違って何故かおとんに溺愛されていた俺を人質に連れて、アイツはおとんを世界中探しまわったんだ。結局おとんは俺を置いていったんだから、俺に人質の価値なんかなかったんだけどな……邪魔するヤツを消炭に変えながら、想い人を探しまわるその姿に、ついた二つ名が”熱愛のジキタリス”…………愛に狂った女の名だよ」


とんっでもねェ狂人だな。流石のおれでも……だがあの美しさは……イカン!! 相手は50のコブつきだぞ!? 眼を覚ますんだ!!


「じゃあタクミがあの島にいたのって……」

「捕虜みたいな扱いで”九蛇海賊団”に連れまわされるのに嫌気がさしてな。必要最低限の荷物を持って、嵐の海に小船で飛び出したんだ」

「お前もムチャクチャするなあ。でも、何でお母様ははあの丸太船に乗ってたんだ?」


「”九蛇海賊団”の船長が11年前に変わったって話を聞くから、おそらく女ヶ島を追放されたんだろう。敵船から略奪もしないで、おとんがいないって解ると片っ端から燃やしてたから、死んだって事にして追放されたんじゃないのか?」

「それで強い仲間を求めてあの船に乗ったって事か?」


「そこ等へんはよく解らないな。アイツは一人の方が強さを発揮しやすいタイプだから……何の思惑があってあの一味にいるのかは謎だけど、まともにやりあったら死ねる自信が俺にはある」

「タクミさんのお母様はさらにバケモノって事ね。ただの生物学者のお父様が逃げ出してしまうのも無理ないわ」


「俺はともかく皆は完全に敵として認識されただろうな……まあ、何とかなるだろ」


コイツはよく楽観的に考えていられるな……ビビッて気絶してたくせに。


「それはそうとタクミの本名ってバジル・リングローズなんでしょ? お母さんみたいにリングって呼んだほうがイイの?」


ナミさんが若干からかい気味に問いかけるとタクミは微笑みながら口を開いた。


「俺はアイザワ・タクミ、麦わらの一味の副船長兼ハンターだよ」

「そうだぞ、タクミはタクミだろ!!? つまんねェ話が終わったんなら、空島を探しに行くぞ!!!」


「了解だ……船長」


長年失っていてようやく取り戻した記憶を、つまんねェ話呼ばわりされたタクミは、それに不満を言うでもなく、笑顔でルフィに返事をした。

コイツは何でこんなにもルフィに従順なんだ? 普段は適当に扱っているように見えるのに、タクミはルフィの”命令”には素直に従う。

何か恩義があるのか? そんな事を考えながら見張り台に登ろうとしているタクミを見ていると、タクミが不意に振り返った。

おれの方を見てるのかと思ったが、どうやらその先を見てるみてェだ……


「ルフィ、敵襲だ!!」


おれがタクミの視線の先を確認する前に、タクミはロビンちゃんの横に移動してルフィに敵襲を告げた。


「!!? 誰か来る!!!」

「おいおい、雲の上を走ってんぞ!!?」


雲の海を眺めていたウソップとチョッパーが驚愕の声をあげた時には、仮面をつけた謎の男(上半身裸の変人だ)は凄まじいスピードで船の間近まで接近していた。


「止まれ!! 何の用だ!!!」

「排除する」


おれの問いかけを無視して男は接近してきた。


「やろうってんだな!?」

「上等だ」

「何だ何だ??」


戦闘態勢なのはおれ、マリモ、ルフィの三人。タクミは戦闘に参加するつもりがないのか、遠距離からの不意打ち狙いなのか解らないが、他の仲間をビビちゃんと二人で守るような陣形を組んでいる。

一番近くにいたおれの顔面に向かって蹴りが放たれるが、なんてことねェスピードだ。スウェイで避けて仮面にカウンターの蹴りを入れようとしたんだが……

体がうまく動かずにモロに食らっちまった。男はおれに一撃を与えると標的をゾロに変更して再び蹴りを放ち、ゾロを無力化する。

クソッ!! どうなってやがんだ!!? このままじゃ全員やられる!! ルフィに迫る男を見ながらおれは焦っていた。

男がルフィの3m程の距離に達した時、その脇腹に一発の銃弾が撃ち込まれた。


「”毒蠍弾(スコーピオンブレット)”!!!」


殆ど音もしなかったが、タクミの銃から煙があがっているところをみるに、撃ったのはタクミなんだろう。

以前みた銃の先端に、更に銃身を伸ばす部品が取り付けられている。音がしなかったのはアレが原因か?

被弾した男は緩慢な動きで、それでもルフィに近づこうとするが、今度はその身体を大量の水が包み込んだ。


「”泉の袋小路(オアシス・デッドロック)”!!!……ゾロに何してんのよ!!!!!」


ビビちゃんは鬼気迫る表情で水の中の男を睨みつけている。

男は水の中から出ようと必死にもがいているが、中心から身動きが取れないみてェだな。

良くみるとビビちゃんの手から噴出される水で徐々に大きくなっていく水球の中は、中心部に向かって水流が発生しているみたいで、逃げようとする男を中心に引き戻している。

……なんてエグイ技なんだ。捕らえる瞬間の水のスピードは遅せェが、一度捕まってしまえば脱出は困難だろうし、敵が能力者なら必殺と言ってもイイ技だぞ。


「待たれよ!! 殺してはならん!!」


水球の中の男が大きく泡を吐いて動かなくなった瞬間、空から鳥に乗ったけったいな爺さんがやってきた。

……ダメだ。もう展開についていけん。



〜Side タクミ〜



「解りました。ガン・フォールさんへの警戒を解くのは了承します。ですが、この襲撃者の男を開放するのは納得できませんね」


空の海に来て早々、俺たちは襲撃を受けた。酸素濃度の低さのせいで動きが鈍かった主力三人の代わりに、俺の特殊弾とビビの新技で敵を制圧したのだが、フリーの傭兵を名乗るガン・フォールという爺さんの登場で俺は困惑している。

ガン・フォールはこの襲撃者を国の犠牲者だと言って、殺さないで欲しいと言ってきたんだ。

ガン・フォールに敵意が無いのは何となく解ったが、この襲撃者の男を助ける要素はコチラには欠片も無い。コイツらは俺の知識にもないし、ココで長々と喋っていたせいで現れたイレギュラーってとこだろうからな。


「頼む!! この者は少々とは言いがたい荒くれ者ではあるが、善人なのだ!! 我輩に出来る事なら何でもしよう!!……この者を許してやって欲しい」


……何か必死だな。襲撃されたから返り討ちにしただけなのに……これじゃあ俺達が悪者みたいだ。


「タクミ、許してあげたら?」

「そうだぜ、爺さんが可哀想だ」

「解毒だけでも早くしてやらねェとコイツ死んじまうぞ!!」

「何でもしてくれるって言うんだし許してあげたら?」

「そうね。わたしも水責めにしたらスッキリしたし、許してあげてもいいんじゃないかしら?」


……訂正。どうやら悪者は俺だけらしい……まぁ、この爺さんから情報を聞き出せばそれなりにメリットはあるか。

ウソップがアラバスタの蠍の毒を仕込んだ”毒蠍弾(スコーピオンブレット)”は確実に相手を死に至らしめるからな。

コイツが死んだら皆に責められそうだ。ていうか、消音器(サイレンサー)まで創るなんてウソップの技術力はどうなってんだ??


「タクミ、許してやれよ。おれ達にそんなに被害は無い。もう十分だ」


許してやろうとは思いながら考え事をしていると、ルフィに先手を打たれてしまった。


「……船長命令なら仕方ないな。チョッパー解毒剤を打ってやってくれ「解った!!」ガン・フォールさん、この男を引き渡すには条件がある……聞いて貰えますか?」


誰がタダで渡すか!! こうなったら絞りつくしてやる!!


「ウム、我輩に可能なことならばすべて聞き入れよう」

「まずこの男には解毒の後、武装をすべてコチラが貰い受け、強力な睡眠薬を投与させてもらいます。暴れられたら面倒ですからね」


「それは仕方ない事であろうな。我輩の武装は解除しなくてもよいのか?」

「ガン・フォールさんは空島に関する情報をありったけ話してくれればそれで結構です。俺たちは空島に初めてやってきて、今は何より情報が欲しい。それにこの男は親族でも仲間でもないんでしょ? そんなヤツを救おうとする貴方の事は信用してもイイですよ」


「あい解った。広い懐に感謝する。それでは青海とは異なる空の常識から話していこう−−−−」


島雲だとか、貝(ダイアル)だとか、神(エネル)やら神官だとか、白海・白白海だとか様々な情報を聞いた。そんなことは最初から知ってたんだが……

……ゲリラ=シャンドラ=襲撃者=ワイパー??……コイツがワイパー!!?

ちょっと待て、ワイパーの事は”原作知識書き残し計画”の時点でちゃんと覚えてたぞ!? そういえば鎧を着たフリーの傭兵でガンフォールって……先代の神じゃないか!!!

……おかんのせいか……アイツの事をイロイロと思い出したせいで急速に原作知識の靄が広がって、しかも濃くなってやがる。

顔や名前、言動なんかで思い出せていた今までとは違って、かなり情報を得ないと思い出せないって事か。

これからは原作知識ノートを持ち歩くのは当然として、マジな占いにも頼らないといけなくなってきたか……兄貴が魔術師で良かったと初めて思えたな。


「−−−−とまあ、こんなとこであろうな……おぬし、自分から聞いておきながら、途中から上の空ではなかったか?」


今後の対策なんかを考えていたらガン・フォールの話は終わっていたようだ。あまりの情報の多さに思考停止してるようにでも見えてしまったか?

それなら、俺には知らない事なんか無いと思い込んでいるロビンやチョッパーの期待に少しは応えておかないとな。


「いや、イロイロと思うところがあっただけだ。情報提供に感謝するよ。先代神のガン・フォールさん」

「おぬし!!? 何故それを!!?」


ガン・フォールの眼は驚愕で見開かれている。この爺さんのことはしっかりと思い出したからな。聞いてなくても知っている。


「俺は占い師でね。大抵の事は解る。ガン・フォールさんに聞いたのは確認みたいなモノだ。そうだ!! 一応ホイッスルはくれないか? ウチの船員は皆強いから心配いらないとは思うけど、一回500万エクストルで助けてくれるんだろ?」


ホイッスルの事を話してもいないのに依頼料まで知っている俺を、ガン・フォールは珍獣でも見るような眼で見ながらホイッスルを渡してきた。


「優秀なる”守護神”の乗る船の勇者達よ。おぬし達と再び会いまみえる時を、我輩は楽しみにしておる!! 勇者達に幸運あれ!!!」


こうしてガン・フォールは、武装解除されたワイパーを乗せたピエール(エセペガサス)と共に去っていった。


「ウソップ!! アイツの武器とかバラしてさっきガン・フォールが言ってた貝(ダイアル)だけ取り出そう!! そのスケートはナミが使えるなら使ってもいいし、ムリならそれもバラしてくれ”海楼石”が仕込んでるハズだから……って皆どうした?」


ガンフォールの話を聞いてる間、終始騒がしかった皆は、二人で話をしているロビンとルフィを除いて固まっている。

沈黙を破るウソップの一言に俺は自分が犯したミスに気がついた。


「お前はもう”占い師”じゃねェよ…………”予言者”だ」


これからは原作知識があまりあてにならないっていうのに……やりすぎたか。
 
 
 

-80-
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