”ネオ・ウソップ VS 神・エネル”
〜Side ナミ〜
「二枚のジョーカーが一人は、どの者だ?」
アッパーヤード脱出の為に船を進めるわたし達の前に、ソイツは突然現れた。
上半身は裸、背中に雷太鼓、長い耳朶に海苔のような眉毛、そして頭に水泳キャップ。
間違いない……アイツは……
「きゃぁぁああ!!! サンジ君!! アイツはヘンタイよ!!! すぐにヤッツケて!!!」
「ギャ〜〜〜〜〜!!! アレがヘンタイ!!? 初めて見た!!!!」
白昼堂々現われたヘンタイを撃退するべく、わたしは船室のサンジ君を慌てて呼びに行った。
「何ィ!!? ヘンタイだと!!?……確かに、こりゃ言い逃れできねェスタイルだな。おい!! 大人しく出て行くってッア!!!……」
チョッパーと入れ替わる形で船室から出てきたサンジ君は、すぐさまヘンタイに詰め寄ったんだけど、一瞬にして黒コゲにされてしまった。
「サンジ君!!!?……何したの今!!?」
「……私はヘンタイでは……ない。お前達は、コチラの質問に黙って答えればイイんだ」
コイツヤバイ!!! ただのヘンタイじゃないわ!!!
さっきまでとは違った意味で身の危険を感じたわたしは、黙って頷くしかなかった。
「今一度訊ねよう「その必要はねェよ……お前が探してんのはおれだからな」お前が?……なるほど、確かな自信を感じるな」
船内でエネルとの戦闘に向けて最終調整をしていたウソップが出てきて……って事はコイツがエネル!!?
「ハッキリとした能力がバレる程の雷は使わなかったみてェだから、サンジは無事だ。お前らは全員船内に入っててくれ」
ウソップは好戦的な目つきでエネルを睨みつけている。対するエネルはニヤニヤと気味が悪い笑みを浮かべながら、手摺に腰掛けて余裕を崩さない。
「わ、わかったわ。気をつけてね」
わたしは黒コゲのサンジ君を引き摺りながら、チョッパーとカルーが待つ船内へと逃げ込んだんだけど…………あのウソップは誰?
「ぎゃぁぁぁあああ!!! どうしたんだサンジ!!! 黒コゲだぞ!!! 医者ぁぁぁあああ!!!」
「クックエクエッ!!!」
いや、誰ってそりゃあ、ウソップはウソップなんだけど、何なのあの頼りになる感じは?
「はっ!!! そうだな!!! 医者はおれだ!!! 待ってろサンジ、今助けてやるからな!!!……カルー、まずは心臓マッサージだ!!!」
「ク、クエ!!?」
まるでルフィとタクミが揃って助けに来てくれたみたいな安心感を感じてしまったわ。あれはそう……ネオ・ウソップよ!!!
「サンジの命はおれ達に掛かってるんだぞ!!! 急げ!!! おれは医療道具を取ってくる!!!」
「クエッ!? ククックエクゥ……クワッ!!?……ククエクワク〜〜!!?」
チョッパーとカルーのコントより、わたしはネオ・ウソップの方が気になったから、扉を少しだけ開けて様子を伺ってみた。
二人はまだ睨みあいを続けていて、戦闘は始まってないみたいね。
「おれはこの船を傷くけたくねェんだ。場所を変えてもイイか?」
沈黙を破ったウソップの言葉に、エネルは数瞬、表情を曇らせる。
「他意が無いのなら認めてやらんでもなかったんだが……お前は何者だ!!? 何故思考が突然読めなくなったのだ!!?」
思考が読めない? ああ、タクミが言ってた「心網」ってヤツね。ウソップは対抗策があるって言ってたけど、本当だったのね!!!
「わざわざ敵にそれを教えるわけねェだろ。でもな、おれ達は今たまたまココを通っていただけだぜ? 昨日この島に上陸したおれ達が、そこら中の森に罠を仕掛けるのは流石に無理なんじゃねェのか? 他意はねェよ」
「ヤハハハハハハ!!! なかなか面白そうな相手だ!! イイだろう、場所を移すぞ。そこの森だ……ついて来い」
エネルはもう能力を隠すつもりも無いのか、体から雷を迸らせて、ただのジャンプで、一足飛びに森へと飛んでいった。
その気になれば雷の速さで移動することも出来るだろうに、コチラが見失わないギリギリの速さを見せつけるようにして進んでいくエネルの姿に、わたしはタクミが言ってた”死相”の話が急に現実味をおびていく気がして、思わずウソップを止めに入った。
「ちょっとウソップ!!? アンタ本当にあんなバケモノと戦うつもり!!? ルフィに任せなさいよ!!!」
わたしの声に返事もせずに、ウソップは森に向かってベルトからロープ射出し、それを引っ張って安全確認している。
「心配すんな。あんなのタクミに比べりゃバケモノでもなんでもねェよ」
「確かに今のスピードだけ見たらタクミの方が速く見えるかも知れないけど「もうイイから!!……行ってくる」……ウソップ……」
そう言うとウソップはキメ顔をしておきながら……
「……ア〜〜〜〜〜アア〜〜〜〜〜〜」
ジャングルの冒険の定番とも言える掛け声と共に森へと消えていった。
「……それは何? 言う決まりなの?」
最後の最後でウソップはやっぱりウソップだったけど、わたしは不思議ともう不安は感じていなかった。
〜Side エネル〜
「さて、希望通りに場所も変えた。私を倒すつもりなのだろ? さっきの質問くらいには答えてくれてもイイのではないか? お前の思考を読もうとすると、言いようの無い気持ち悪さを感じる。これでは戦いに集中できん」
森の中で私は、今回のゲームにおいてジョーカーと呼ばれる男と相対している。
鼻が異様に長い奇妙な男なのだが、そんな事よりも問題はコイツの思考が読めない事だ。
コイツの思考を読もうとすると、心網の修行で何かを掴みかけていた時のような奇妙な感覚になる。
別に思考を読まなくても、最大出力で消炭にしてやる事などわけないのだが、雷が効かないとかいうもう一枚のジョーカーまでが同じ力を持っているとすれば、少々拙い事になる。
雷が効かないという男はおそらく、性質的に雷を無効化できる能力者の為、私に攻撃可能。この男は心網が通用しない為、私に攻撃可能。というのがコイツらの作戦参謀の考えだろうが、念には念を入れてこの男から情報を入手しておくべきだろう。
おそらく青海だけに伝わる心網封じの技術なのだろうが、理論さえ解れば対策が取れない技術など存在しないハズだ。
封じられる力が一つなら、手加減をしてやって、命と引き換えに情報を聞き出す事も可能だからな。
「おれに倒されるからこそ、お前がソレを知る意味は無いんじゃねェのか? ただ、お前の常識ってヤツを無視できる存在がこのおれって事だけは教えといてやるよ」
長鼻の男はそう言って不敵に笑うと、原始的な小型の投擲具を取り出してソレに何かを番えた。
偉そうな事を言っておきながらそれはなんだ? 何を飛ばしてくるにせよ、直線的に放たれる物体など、思考を読むまでも無く、瞬雷の速度でかわせばイイだけの話ではないか。
いや、その必要すらないな。雷である私にはそもそも物理的な攻撃は効かないのだ。
参謀は私の能力を知っているようだったが、大方、電気を発する事の出来る超人系か何かだと誤解しているのだろう。
それもそのハズだ。私の真の力を眼にして生きているのは、神官のヤツらくらいのモノだろう。シュラのヤツだって私については何も言わずに死んだんだ。
コイツらが私の力の全容を知っているわけがない……ん? そういえば参謀の男は”予知”の能力者だったな。だがこの男に”死相”が見えるとも言っていたし、”予知”は絶対では無いと自ら語っていた。
……何も問題ない。私は”神”なんだ。決まりだな。敢えて攻撃を受ける事で、”神”と戦うという事に対する絶望を、この男に教えてやろうじゃないか!!
初めて経験するような絶望の中で、この男は自らの技術を吐露するしかなくなるのだ!!
「ヤハハハハハハ!!! そんなモノで何をするつもりだ? 私を倒すのだろう? 煮るなり焼くなり好きにしてみろ。お前は”神”の存在を知るだろうからな」
「それじゃあ遠慮無く……必殺!!!……”海狼星”!!!!」
長鼻が放ったのは、口を開いた小さな狼の人形…………ふざけてるのか??
狼人形は私の体に触れた瞬間……
「っつあああ!!!?」
何だこの痛みは!!? そもそも何故触れられるんだ!!!?
狼人形は私の腹に噛み付き、その牙を体内に向けて発射すると足元にゴトリと落ちた。
「貴様!!? 何をした!!!?……っく……力が入らん!??」
膝から崩れ落ちる私に、長鼻の男は安堵の表情を浮かべている。その顔は、私に100%勝てるとは思っていなかったという顔だ……能力に対する慢心から、私はまんまとこの男の策に嵌ったというのか!!?
「”海楼石”って知ってるか? 能力者のどんな能力でも封じちまう鉱物なんだけどよ、おれの創った”海狼星”の牙は、ソイツで出来てんだ。ついでに即効性の痺れ薬付きで、噛み付いた0.2秒後にその牙を敵の体内に撃ちこむ。もう身動きすらとれねェだろ? コイツを当てる為にイロイロと策を練ってたんだけど、避けもしねェとは思わなかったぜ」
長鼻は先ほどとは違い、自分の兵器の秘密を自慢げに話す……生かしておくつもりはないという事か。
……完敗だな。私に慢心があったとはいえ、青海の技術力とは恐ろしいモノだ……いや、この男だけの技術だと思いたい。
”神”である私が、凡夫に負けることなどありえないのだ。
「素晴らしい技術だな。どうせ私を生かしておくつもりもないのだろ? 最後にもう一つの方もタネ明かしして貰えないか?」
長鼻は僅かに驚きの表情を浮かべた後、表情を緩めた。
「もう戦いは終わったんだ。どうでもイイだろ?」
長鼻は倒れ伏す私に笑顔を向けて、この場を去ろうと背を向けた。
……? トドメは刺さないのか? そんな甘い人間には見えなかったが……
「な!!!?」
長鼻の真意を計りかねて、思わず思考を読んだ私は驚愕した!!!
今度は読めた。戦いは終わったと言って質問に答えなかったのは、暗に勝手に調べろと言いたかったのか?
だが、わざわざ今この事を考えるというのは、私に親切に教えてくれているようにも感じる。
”並列思考”、思考を分割してそれぞれが別の事を考えるという技術。長鼻は自らの思考を七つにまで分割することで、私を撹乱するつもりだったのだ。バカげている!!! そんな事が出来る人間がいる訳が無い!!!
…………それが長鼻の言いたかった事か。一つの人間に複数の思考がある。そんな常識外れを前にして、私の心網は乱れに乱れたのだ。
確か、大昔に生きた聖人は、10人の声を同時に聞き、それぞれに的確な答えをしたと聞く……聖人か、能力に頼った偽者の”神”である私が、そんなヤツに敵うハズもない。
私を倒したのはやはり凡夫などではなかった。それを知る事が出来て私は些か心が晴れた。私を殺すつもりも無いらしい……私はまだやり直せる……!!?
思考を読み進め、長鼻の最後の企みを知ってしまい動揺している私に、ヤツはニヤリと笑ってゆっくりとコチラを振り向いた!!! その手にはスイッチが握られている!!!
……そう、私のすぐ傍に落ちている歯の抜けたマヌケな狼人形を爆破する為のリモコンスイッチが!!!
「ま、待て!! 落ち着いて話し合おうじゃないか!!? そなたは黄金を狙っておるのであろう? 残念ながら仲間の目指す場所に既に黄金は無いのだ!! 私だけがその場所を知っている!!! 私を殺してしまうとその場所が……」
私の言葉を聞いているのに、長鼻は楽しそうにスイッチに手を伸ばす。
「……待ってくれっ!!! そうだ!! そなたに仕えても良い!!! 敗れはしたが、私はなかなか役に立つと思うぞ!!?」
「さっきは覚悟を決めた顔してたってェのに、情けねェな。黄金は勝手に探すからイイよ。どうせ見せ金用の一部しか渡すつもりはねェんだろ?」
どうしてそこまで邪推出来るんだ!!? この男は聖人などでは無い!! 悪魔だ!! 己の全てを差し出して尚、それに報いてくれるかは気分次第なのだ!!!
「そんな事は考えてもいない!!! 頼むから助けてくれ!!! 必ず役に立ってみせるから!!! なんなら心を覗いて見てくれ!!!」
「生憎おれは心網ってヤツが使えねェからなァ……信用出来ないヤツを仲間にしたくねェし……じゃあな♪」
長鼻の悪魔は三日月の笑みを浮かべて……スイッチを押した……
〜Side ウソップ〜
「な〜んつって!!」
おれは爆破用リモコンのメインスイッチを切った状態で、起爆スイッチを押したんだが、エネルはあまりの恐怖に気絶しちまったみてェだな。
テンパッた状態で心網ってヤツが正常に機能するのか試してみたんだが、どうやら使えねェらしい。
スイッチを押す直前、おれはちゃんと爆発しないとわかっていて、ワザと思考も隠してなかったのに、こんな結果になったって事は、そういう事だろ。
そもそも起爆スイッチをつけたのはエネルが避ける事を前提として作ったからだ。
本体を爆発させて”海楼石”の牙を散弾銃のように射出するのが本来の目的。
別にあの距離で爆発させたって死ぬような威力じゃないんだよな。”並列思考”だってまともに扱えるのは三つが限度だ。
本心を閉ざして、自分の心にすら嘘を付き相手を罠に嵌める……”虚構の蜘蛛”これが本当のおれの真骨頂だ。
心網使いを相手にする以外にも、策を練ってる事を臆面にも出さずに、ビビッた演技をしながら戦う事だって出来る。
天才であり嘘吐きでもあるこのおれ様にしか出来ない芸当だろうな。
「さ〜て、皆のところに帰るか!!」
おれはエネルを放置してその場を後にする。
”海楼石”の牙が食い込んだ状態じゃ当分悪さも出来ないだろうし、そもそもアレを全部摘出する事の出来る腕を持った医者がどれだけいるってんだ。
エネルはこれからはただの人として生きていくことになるのかもな。
なんだかその結末は、これからタクミが辿る結末とあまりに似ている気がして…………おれは余計な事を考えちまいそうな自分の思考の一つに蓋をした。
〜おまけ〜
「ぎゃぁぁぁあああ!!! どうしたんだサンジ!!! 黒コゲだぞ!!! 医者ぁぁぁあああ!!!」
「クックエクエッ!!!(ってお前じゃろがい!!!)」
「はっ!!! そうだな!!! 医者はおれだ!!! 待ってろサンジ、今助けてやるからな!!!……カルー、まずは心臓マッサージだ!!!」
「ク、クエ!!?(お、おれが!!?)」
「サンジの命はおれ達に掛かってるんだぞ!!! 急げ!!! おれは医療道具を取ってくる!!!」
「クエッ!?(ちょ待てよ!?) ククックエクゥ(心臓マッサージって言われても)……クワッ!!?(マジで!!?)……ククエクワク〜〜!!?(心臓止まってるゥゥウウ!!?)」
……カルーの苦難は続く。
〜Fin〜