第11話 Lesson1 『時の庭園を攻略せよ』
現在はリニスお手製のシチューを全員で食している。材料は近くのスーパーで調達してだ。
本人はもっと煮込みたかったみたいだが、フェイトとアルフさんが待ちきれなかったみたいでちょっと早めの夕食になった。
「美味しい。リニスの料理……久しぶりに食べた」
フェイトは感慨にひたりながら温かなシチューに舌鼓を打っている。瞳の端には薄っすらと涙が見えた。アルフも皿を持って掻っ込んでいる。
確かに美味い。シチューのルーを使わないホワイトソースから作るシチューは初めて食べる。優しくクリーミーな味わいで胃袋が満たされていった。
「むむ……」
タマモは味の研究中か。洋食は専門外だからかレパートリーを増やそうという気概が見受けられる。
「おかわり!」
あっという間に一皿平らげてしまったアルフさん。口の周りがホワイトソースだらけだ。
「アルフ、もっとお行儀よく食べてください」
「ご、ごめんよ。美味しくてつい」
リニスはそう言いながらアルフさんの口の周りのホワイトソースを布巾で綺麗に拭き取り、その後で空になった皿にまたシチューを盛り付けた。
子どもを叱る母親という表現がピッタリな情景だ。
「シチュー、美味しいね」
「へ? あ、ああ。美味しいね」
フェイトに声をかけられる。
ちょっと気まずい。というか話題が無い。
彼女も彼女なりに歩み寄ってくれてるんだろう。
せめて自分から話題を振るべきだった。
「そ、そうだ。アルフさん、なんか子どもみたいだね。食べ方とか」
「あははは、仕方ないよ。私より年下なんだから」
フェイトは苦笑いしながら質問に答えてくれた。
「はい? 年下? あんなにデカイのに?」
アルフさん(の胸部)に目をやる。
うん、デカイ。
ナイスオッパイ。
「? アルフは使い魔だよ?」
「あ、そうなんだ。てっきり犬耳つけてるんだと思ってた」
さっきあの人「狼だ!」って怒鳴ってた気がする。
狼の寿命は知らんけど犬だったら……1歳か2歳くらいになるのか。
獣娘って総じて頭の上に耳がついてるけど横の方はどうなってるんかね。猫の宇宙人は普通にあったけども他にも言えることとは限らないし。
「え、えっと、彼方って凄いね」
「何が?」
「あのキャスターさんも彼方の使い魔なんでしょう? リニスと合わせて二人も使い魔を持てるなんて相当凄い魔導師なんだなーと思って」
羨望の目で見てくれるのは嬉しいけどごめん。それチートなんです。
「先に言っておくけど、俺は魔術師であって魔導師じゃないぞ」
「……何が違うの?」
フェイトが小首を傾げる。
やっぱりこの娘、小動物みたいだ。
「まぁ、いろいろ違うんだよ」
「教えてくれないの!?」
そらオメー、そうやすやすとバラすわけにもいかねーでしょうよ。しかも何の対価も無しに。
「あああああああ、そんな何処の馬の骨とも分からない女とイチャイチャしてぇ!! あれですか若さですか私はもう用済みって事なんですか畳と妻は新しい方が良いということなんですか!!! ……そりゃ確かに私は1000歳なんて軽く超えてますけど」
突如、タマモが弾けた。
「え? え? キャスターさんどうしちゃったの?」
「してないしてない。イチャイチャしてないからね!」
この事態の収拾に10分を要した。
◆
「「「「ごちそうさまでした」」」」
「はい、おそまつさま」
あのあとアルフさんは大盛りで5杯もお代わり。俺も3杯ほどお代わりして満腹だ。
「お腹も膨れたところですし、そろそろ本題に入りましょう。フェイト、時の庭園の座標を教えてくれませんか? 以前と座標が変わっているみたいでワープが出来なくなってるんですよ」
「うん、母さんもリニスが生きてたことを知ったらきっと喜ぶよ」
リニスは口元は笑っているが目は全然笑っていない。
『時の庭園』っていうのはフェイトの本来の拠点のことを指しているのだろうか。ならばフェイトにジュエルシードを集めさせているプレシアって人もそこにいるかもしれない。というかいるだろう。そうでなければリニスはそこに行こうとしないだろうし。
そしてマンションの屋上までやって来た。
俺も気になったので行くことにした。リニスがプレシアって名前を聞くたびに悲しそうな表情をしたり険しい表情をするからどういう人なのか気になった。
「次元転移 次元座標 876C 4419 3312 B699 3583 A1414 779 F3125 開け誘いの扉 時の庭園 テスタロッサの主の下へ」
フェイトが呪文を唱えると俺達は強い光に身を包まれた。
目を開いた時にはさっきとは全く別の光景が目の前に広がっている。
「うへー、何なんでしょうねここ。絶対人が住むような場所じゃないですよね。最深部に魔王とかいますよね」
窓らしきものから見える外は黒、紫、群青がグラディエーションしている不気味な空。雷も伴って邪悪さに磨きが掛かっている。中も明るすぎず暗すぎず。極めつけは通路に飾ってある今にも動き出しそうな金属製の人形。
既に中にいるから外観はわからないけど多分城っぽい形をしてるんじゃないかな。
「一応私の家だからね。奥には母さんしかいないからね」
それって自分の母親が魔王だって言ってるみたいじゃないですかフェイトさん。
「ねえリニス、あの飾ってあるの……何?」
俺はとりあえず気になってたあの動き出しそうな人形について聞いてみた。
「あれは傀儡兵です。侵入者などに対する防衛策の一つですね。私達から離れないでくださいねマスター、先輩。下手に動いて侵入者扱いされたら大変なことになりますから」
好奇心猫を殺す。
ここに来たことをちょっと後悔し始めた。
家ってくらいだからもっと普通の、俺が住んでるような家を想像したんだけど。着てみたら魔王城とか勘弁して欲しい。
さっきまでのほのぼのアットホームな気分から一転してラスボス戦一歩手前の気分だよ! 北極から南極だよ(よくわからない例え)!!
「じゃあ行きましょうか」
フェイトとアルフの案内で一際大きい扉の前に着いた。
「開け「ちょっと待った!」どうしたの?」
フェイトさんが開けようとしたところに待ったをかける俺。
「……やっぱ明日にしない?」
「「「ここまで来て!?」」」
「いや〜ん、|臆病なご主人様かわいい」
ビア○カ助けようとデ○ンズタワーに向かったけどジャ○目前で不安になってリ○ミトとル○ラでグラ○バニアに帰ってはぐれメ○ル狩に行ったっていいじゃない。人間だもの。
俺の抵抗もむなしく扉は開けられてしまった。
奥の玉座にはどこか狂的な気配を漂わせる黒髪の女性が座っている。
あの人がプレシアだろうか。フェイトさんに全然似てない。
「…………リニス?」
黒髪の女性はリニスを見て驚いた素振りを見せたが興味無さそうに目線をフェイトへと向ける。
「フェイト。今日は定期連絡の日では無いでしょう? それともジュエルシードを全部集めたのかしら?」
「ごめんなさい。まだ一個しか……」
「あれだけ時間をかけてまだ一個しか集められてないの!!?」
黒髪の女性は憤怒の形相で怒りだす。
あまりの恐さに俺も思わず身を竦めてしまった。
「フェイト。私はプレシアとお話があります。アルフと一緒に先に帰っていてください」
「え、でも「フェイト。リニスの言う通りにしといたほうがいいよ」……うん」
フェイトさんはアルフさんに連れられて大広間を出た。
それを忌々しそうに見つめるプレシアと思わしき女性。
「……何のつもりかしらリニス。今から出来の悪いあの娘にお仕置きをしなければいけないのだけど」
「プレシア、回りくどいのは嫌いなので単刀直入に言わせて貰います。フェイトにジュエルシードを集めるのを止めさせなさい。あれは危険なものです」
しまった。ここを出るタイミングを逃してしまった。
さっきフェイトさんと一緒に出て行くべきだった。
俺関係なくね?
ジュエルシードについて何かわかったらいいなと思ってたけど聞ける空気じゃねえし。
「私がフェイトに何を命じようと貴女には関係のないことよ」
「関係あります! フェイトは私にとっても娘です! 娘が死ぬ危険に晒されて平気な顔をしていられるわけないでしょう!?」
「私の知ったことではないわ! あんなアリシアの出来損ないなんて!!」
「っ!? 貴女はまだそんなことを!!」
……今のリニスは確実に怒っている。その怒りはレイラインからも伝わってくる。
そこからは罵声の浴びせ合いだ。
その起動キーは先程の『アリシアの出来損ない』という言葉。
そこから導き出せるのがフェイト=アリシアの出来損ない。まずアリシアが何を指しているのかが分からない。
何かのコード? それともとある生命体の総称?
出来損ないと言うくらいだから造った。つまり人造生命体。人工で生命体を作り出す……クローンとかホムンクルスくらいしか思いつかないな。
「もう娘を亡くしてからの陰鬱な時間を、あの出来損ないの人形を娘扱いするのは終わり。アルハザードならきっとアリシアを蘇らせる技術だってある!!」
「何故亡くしてしまったものばかり追いかけて手の中にあるものに目を向けようとしないんですか!」
「あんなものアリシアを蘇らせるまでの間に私が慰みに使うだけの人形よ! 結局のところその役目すら果たせない出来損ない。はっきり言うわ、私はあの娘のことが大嫌いなのよ」
「貴女という人はっ!」
……とりあえずとある生命体の総称という線は消えたな。というかアリシア死んでるのかよ。
プレシアさんは何かが起こって亡くなった娘を造りだそうとフェイトを造ったけど、いざ造ってみたら全然別物だった。おまけに外見がなまじそっくりだったために憎しみの対象にしかならなかったからあんなふうになった。でいいのかな。
「ご主人様。もう帰りません? そろそろ口喧嘩から取っ組み合いの喧嘩に発展しそうな勢いなんですけど。しかもこれ私達蚊帳の外ですよね? 関係ないですよね?」
タマモの言う通り俺達全く関係ないね。仕方ないね。
とりあえず取っ組み合いの喧嘩になる前に仲裁しておきたいところだけど今出て行ったら袋叩きになりそうな気がして恐い。
上手い仲裁の方法はないものか……と考えてたら何かが引っかかった。
あれ、おかしくね?
◆
「ねえフェイト、さっさと帰ろうよ。何か凄く嫌な予感がするんだ」
「だったら余計心配だよ」
リニスには帰るように言われたし、アルフもそんなこと言ってるけど、やっぱり気になる。
母さん、リニスが生きてたのにあんまり嬉しそうじゃなかったな……。そういえばリニスも険しそうな顔してたっけ。
「それじゃあちょっと会話を聞いて大丈夫そうだったら帰るよ。ちょっとだったらいいでしょ?」
「……ホントにちょっとだけだよ?」
私とアルフはドアに聞き耳をたてる。ドアの向こう側からリニスと母さんの声が聞こえてきた。リニスの方は声を荒げている。
『私がフェイトに何を命じようと貴女には関係のないことよ』
『関係あります! フェイトは私にとっても娘です! 娘が死ぬ危険に晒されて平気な顔をしていられるわけないでしょう!?』
リニス……何でまた母さんに会えたのに声を荒げているの? これじゃあまるで喧嘩してるみたい。
『私の知ったことではないわ! あんなアリシアの出来損ないなんて!!』
「……え?」
母さんは今何て言ったの?
アリシアの出来損ない? アリシアって誰?
「? 何言ってんだあのババア」
『もう娘を亡くしてからの陰鬱な時間を、あの出来損ないの人形を娘扱いするのは終わり。アルハザードならきっとアリシアを蘇らせる技術だってある!!』
「あ……ああ……」
『あんなものアリシアを蘇らせるまでの間に私が慰みに使うだけの人形よ! 結局のところその役目すら果たせない出来損ない。はっきり言うわ、私はあの娘のことが大嫌いなのよ』
何かを言おうとしても言葉にならない。ただただ母さんの言葉一言一言が鋭いナイフのように私に突き刺さる。
全身から力が抜けていく。呼吸が辛い。息が出来ない。
私は身体を支えることが出来なくなって床に倒れた。
「ねえフェ……フェイト!? どうしたんだい? しっかりしておくれよ!」
アルフが呼びかけてくれるけど何を言ってるのか分からない。揺さぶってくれてるけど何も感じない。でも生きている。
はは……これじゃあ母さんの言う通り。人形みたいだね。
辛い、苦しい、寒い。
私は何なの? アリシアの代用品? それも出来損ない?
母さんは私が嫌いだったの?
「……私は……誰なの……?」
床に一滴の雫が流れ落ちた。私の涙だった。
おかしいな。私は人形なのに涙を流してる。
『異議あり!!!』
「…………え?」
私の心がほんの少しだけ、温かさを取り戻した。
そんな気がした。