第7話 久遠「私を倒しても第二第三の(ry」
時間帯にしては夕暮れにはまだ早い時間帯だ。ならば先客万来とまではいかなくとも人が立ち寄る可能性は十二分にある。久遠が暴走している最中で一般人がここに来られると不味い。
タマモもその事に気が付いたのか、印を切ってこの神社全体に軽く人払いの結界を張った。久遠の放つ強力な雷を防ぎながらなのでそれほど強力な結界ではないが、一般人を遠ざけるには充分だ。
しかし状況は維持しているだけであり、何一つ好転してはいない。タマモが久遠の攻撃を防いでいる以上、彼女自身が打って出ることは難しい。もし彼女がこの場を離れたのなら俺に|十二の試練があるとしても、この小さな身体では盾になることも叶わない。そもそも久遠は自然現象を操っているに等しい以上、あれがBランク以下とは限らない。
命のストックがあるとはいえ、生き返ることが出来るとはいえ、死ぬのは恐かった。
我ながら情けない。
せめて何かの役には立ちたい。
「……あれ?」
久遠に取り付いている背中の黒い靄、その中にキラッと光る何かを見つける。
あれは昨日見た青い宝石だ!
「那美さん、あの宝石に見覚えは!?」
「……そういえばさっき久遠がその宝石で遊んでいたような」
「タマモ! あの宝石から久遠を切り離すってことは出来るか?」
タマモは何かを言おうとしたが、何かを思い出したように一旦口を閉じた。
「……ご主人様。あの宝石はおそらくですけど、あくまできっかけだったんだと思います」
そのタマモの言葉に、先程那美さんが『封印が解けるにはまだ早いのに』と言っていたのを思い出す。それから推測されるのは今の状況が近い未来に起こっていた可能性が高いということ。
「那美さん……久遠に一体何があったんですか……?」
俺は思い切って那美さんに聞いてみた。少し恐かったが、もしかしたら久遠を元に戻す手掛かりが得られるかもしれないと思ったのだ。
那美さんは口を開こうとしていない。
口に出すことも憚られる内容なのか。それとも……。
「那美さ「久遠はね……」」
「久遠は、愛する人を……殺されたの。謂れの無い罪を着せられて」
那美さんのポツリ、ポツリと呟くように言葉を紡ぐ。
久遠は300年前に人々に災いをもたらして神咲一灯流によって封印された。
しかし久遠は本来は温厚な性格の妖孤だったのだが、久遠が恋をした少年が村に流行り病を蔓延させたと謂れの無い罪を着せられて村人たちに殺されて、神職の人間に流行り病を沈めるための贄とされているのを目の当たりにした。
その怒りからその神社と村の人間を焼き尽くしたが、それだけには止まらず各地の寺社仏閣を雷撃で無差別に破壊して回り、そして多くの犠牲の上で封印された。
とのことらしい。
理不尽だ。結局悪いのは人間じゃないか。
愛する人を失って正気を保てる人なんていない。
愛する人を殺されて怒り狂わない人などいない。
最初はただあの青い宝石のせいで我を失っているだけかと思った俺は浅はかだ。久遠は自分の行き場のない負の感情をぶつけているのだ。
久遠を止めなければいけない。
俺は隣にいる那美さんをチラッと見る。
久遠にもう大事なものを失わせるわけにはいかないんだ。
「タマモ、何か方法は!? あの黒い靄を祓う手段とか持ってない!?」
情けないが、俺に除霊や御祓いの心得などない。|破戒すべき全ての符のような宝具でもあれば話が違ったのだろうが、あれはメディアの宝具。無いものねだりしても仕方ない。
「……一応出来ないことは無いですけど、この雷を防ぐので手一杯でして。他のことに集中するとなると……」
タマモが御祓いをする間は俺と那美さんは全くの無防備になるということか。
「那美さんは結界とか防壁みたいなのは張れますか?」
「回復とかは出来るんだけど……役に立てなくてごめん」
那美さんは気まずそうに目を逸らした。
「那美さんは久遠に呼びかけてください! もしかしたら正気に戻るかもしれない」
気休めかもしれないが、久遠と一緒にいた時間の長い那美さんなら可能性は0じゃないだろう。
俺は何かないかとポケットを探るも、キーホルダー位の大きさにしてしまった斧剣くらいしか使えるものが。
…………あれ? これ使えないか?
閃いた俺は斧剣を地面に突き刺して大きさを最大にする。
イリヤが重過ぎて使えない斧剣をこういう風に盾に使っていたのを今の今まで忘れていた。
この大きさなら子ども一人女性一人位隠すくらいわけない。
「え!? 何処から出したの!?」
那美さんからすればいきなり巨大が岩塊が沸いて出た風に見れただろう。
「説明は後で。タマモ、防壁はこれでなんとかなるかもしれない!」
何せ聖剣と撃ち合って壊れなかった武装概念だ。
「……わかりました。ただし何かあったら令呪を使って下さいまし」
タマモは結界を解いて着物の袖から大幣を取り出した。
「グオオオオオオ!!」
獣の如き咆哮を上げる久遠と大幣を構えたタマモが向かい合う。
その間にも斧剣に雷がぶつかる。
斧剣のお陰で雷は届かないが、それでも恐怖は拭えない。
「あんまり時間も無いんで……いきます!」
タマモはその手に持っている大幣をゆらゆら揺らし始めた。
「|高天原爾神留坐須 |神魯伎神魯美の詔以て」
彼女の美しい祝詞が神社に響いていく。
「|皇親神伊邪那岐の命|筑紫乃日向乃橘乃」
「ウウウ!?」
久遠の動きが鈍り始めている。
雷も先程より少なくなっていた。
「那美さん!」
「うん。くおーん! お願い、元に戻って!!」
那美さんは精一杯声を上げる。
「|小門乃阿波岐原爾 |禊祓比給布時爾生坐世留」
「あぁ……ぁ」
久遠の咆哮が段々聞こえなくなってきた。
「|祓戸乃大神等 |諸々禍事罪穢乎」
「くおーん! しっかりしろー!」
「またみんなで追いかけっこしよう。ご飯食べよう。お昼ねしよう。まだまだ久遠としたいこといっぱいあるの! 久遠、返事をして!!」
俺と那美さんは喉が痛くなるくらいの声で久遠に呼びかける。
「な……み……? かな……た?」
微かだが久遠の声が聞こえた。あとちょっとだ。
「そうだよ、久遠。戻ってきて」
那美さんは徐々に自我を取り戻し始めた久遠に近寄る。
「また一緒に暮らそう」
那美さんは久遠を抱きとめ、その頭を優しく撫でる。
もしかしたら危険もあるかもしれないだろう。それでも那美さんは久遠に歩み寄ってのだ。
「だ……め……」
「え?」
久遠の様子が少しおかしい。
その目は暴走している時のような虚ろな目はもうしていない。
何かに怯えているような目だ。
――――しまった!
「那美さん! そこから離れて!!」
さっき自分であの宝石が原因だと言ったじゃないか!
タマモはあくまできっかけだと言っていたが、もしあの宝石自体に宿主を乗っ取る力があるとしたら?
そこに久遠の意思なんて関係ない。
久遠が正気に戻ったとしても宝石を切り離すまで暴走は続く。
「――|Anfang――|stark」
タマモは締めに入っている。
動けるのは俺だけだ。
無意識に斧剣に手を伸ばして二人の下へ全力で走る。
強化のお陰で重いはずの斧剣がこの時はいつもより軽く感じられた。
俺の懸念は正しかった。
久遠が発生させた上空の雷雲がゴロゴロと唸りを上げている。
巨大な雷が来るだろう。
「二人とも、出来るだけ姿勢を低くして!!」
俺は出来るだけ高く斧剣を掲げる。その下に那美さんと久遠は隠れた。
それと同時に落雷が斧剣に直撃した。
「あぐっ!」
手に電熱が伝わり、それは焼けるような痛みに繋がる。
それが何度も何度も落ちてくる。
地面に突き刺していた斧剣に隠れるのと、直に持って防ぐのとではわけが違った。地面に刺していればアースの役割を果たして雷は地面に流れる。
あくまで剣。目的は切ることであって護ることではない。
これは悪手だった。
「|祓閉給比清米給布登申須事乃由乎 |天津神地津神八百万神等共爾」
「彼方君無理しないで!」
那美さんはそう言うが、俺がこれを退かしたら全員が落雷の餌食だ。
――――イメージしろ。
そうだ。この宝具の使い方はそうじゃない。
集中しろ。そして信じろ。
俺はこの宝具を使えるんだと。
だって毎日こいつに触れ続けてきたじゃないか。
「|detaillierte Analyse」
斧剣の構造を把握。
そこに俺のイメージを組み込んだ。
「|morphologische Veranderung」
想いに応えたのか、それとも偶然か。俺の|想いに合わせて斧剣がその形状を変えていく。無骨な岩塊は7枚の花びらを模した美しい造形の盾へと。
「――|Abschluss」
俺はその真名を紡ぐ。
「――――――|護・射殺す百頭」
その美しさに那美さんも久遠も、使っている自分自身さえ見惚れていた。
俺が真っ先に思いついた投擲武器及び飛び道具に対して無敵の防御力を誇る|熾天覆う七つの円環の形状を模したものだ。
勿論形が同じなだけで全くの別物だ。
巨大な盾はあまりの重さに支えるのも一苦労だが、落雷をシャットアウトするには充分すぎる防御力を秘めている。
「天つ神地つ神八百万神等共に |畏美畏美母白須」
タマモの祝詞が終わり、久遠を覆っていた黒い靄が逃げ出すように上空へと浮かんで行った。
久遠は気を失ったのか那美さんにそのままもたれかかる。那美さんの安心そうな顔を見る限りでは大事は無さそうだ。
「ご主人様! ……はあ、よくご無事で」
タマモは俺の無事を確認すると安堵の溜息をつくが、すぐに表情を引き締める。
まだ終わっていないのだ。
「あれが久遠の負の感情……」
「あれを消し飛ばせば片付きます」
上空に浮かぶあれを消し飛ばすとなると――――アレしかないな。
「|morphologische Veranderung」
その詠唱を合図に花びらを模した巨大な盾は新たに別の物へとその姿を変えていく。
現われたのは身に余るほど巨大な石弓。
それにかけらているのは、石弓の無骨な印象とは正反対の光で出来た不定形の矢。
「私も。私達の問題なのに、二人にばっかりやらせるわけにはいかないから」
那美さんは久遠を寝かせて、両手で短刀を構える。
「みんなでやりましょう」
「「はい!」」
俺は矢を、タマモはお札を、那美さんは霊気の込められた短刀を空中の黒い靄に向けて、最高の一撃を放つ。
「|真・射殺す百頭」
「炎天よ、奔れ!」
「神咲一灯流、桜月刃」
光の矢、炎の渦、雷の斬撃。
全てが黒い靄に直撃し、
跡形も無く消滅した。
「っはぁ〜〜〜」
俺は魔術回路を閉じ、その場に大の字になって寝転がる。
疲れたなんてもんじゃない。
強化魔術の限界を超えた使用に加えて宝具の解放が二回。
明日は筋肉痛程度じゃ済まないかもしれん。
光の矢なんて本来なら九本なのに今の俺じゃあ一本が限度だった。
「燃えたぜ、燃え尽きた。……真っ白にな」
眠い、寝る、お休み。