音楽番組−
圭一が呼ばれた。拍手の中、圭一が男性の司会者の横に座る。
「北条圭一君です。」
再び拍手が起こる。
「今日はユニットじゃなくて、独りで歌うんだよね。」
「はい…初めてなんで緊張してます。」
「あの北条明良君が引退の時に歌っていた曲と、同じのを歌うんだってね。」
圭一がうなずく。笑顔がない。
「…大丈夫?本当に緊張してるよね。」
司会者に背中をさすられ、やっと圭一の表情が緩む。
「…ほんとに…今、やばくって…」
「明良お父さんも見に来てるもんね。」
司会者がそう言って笑うと、圭一が、ふとある方向を見る。
明良が、カメラの横に置いてもらったパイプ椅子に座って見ているのだった。
カメラが明良に向く。明良が驚いて、慌てて立ち上がり、頭を下げる。
司会者が笑っている。
「お父さん、丁寧だね。」
「はい。」
「奥さんにも敬語だもんなぁ…」
司会者がそう言うと、圭一も笑った。
「あれ…お父さんがサプライズをしたのが、もう10年前なんだよね。」
「あー…そうらしいですね。」
「圭一君は見てなかった?」
「見てなかったです。」
「あれは、ほんとびっくりしたんだよー…。それがいいお父さんになっちゃって…」
圭一が笑う。
「本当の父親じゃないですから。…実際12歳しか年離れてませんし。」
「え!…じゃ、12歳の時の子ども?」
全員が笑う。
「だから、本当の父親じゃないですって。」
「あ、そうだったね。」
司会者が笑う。
「今回は『ライトオペラ』と言うものらしいけど…どういう意味?」
「『オペラ』の軽い版です。」
「そのままじゃない。」
全員が笑う。圭一も笑った。
「『オペラ』だと、堅いイメージなんですが、僕みたいなんが歌うことによって、そういう堅いイメージが緩めばいいなということで…。というか、正直「オペラ歌手」として歌うと、まだまだ未熟なんで、『ライトオペラ』ということにして、ごまかそうという意味もあります。」
圭一がそう言って笑った。
「あ、ごまかし?」
「ごまかしですね。」
司会者も笑う。
「じゃ、準備も整ったようなので、スタンバイお願いします。」
「はい…お願いします。」
圭一頭を下げて、セットに向かう。
ちらと明良の方を見る。明良が緊張した様子で、圭一を見ている。
司会者が圭一を見送り、圭一がスタンバイしたのを確認する。
「では、北条圭一君で『ライトオペラ』「モルダウの流れ」です。どうぞ。」
ピアノの伴奏が流れてきた。
圭一が歌いだす。
ユニットの時との、あまりの声の違いに、歌手達や客席がどよめくのを明良はすぐに感じた。
18歳の体から出ているとは思えない深い声に、会場が包まれていく。
マイクは圭一の腰のあたりの高さしかないが、それでも空気がビリビリと震えているような振動を感じるほどだった。
曲は盛り上がりを見せて行く。圭一の声に迫力が加わり、更にビリビリとした空気の振動が加わった。
そして最後のフレーズは明良が歌ったように、静かに抑えて歌った。
歌い終わった後、しばらくしーんとした空間があったが、やがて拍手が起こった。
圭一が「ふーーっ」と息をついた。そして、笑顔を見せながら息を弾ませている顔がアップになった。
拍手はずっと続いていた。
明良も拍手しながら、圭一の成功を確信していた。