小説『白昼夢』
作者:桃花鳥()

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 昔々、まだイッシュ地方が建国されていなかった頃、イッシュ地方は戦乱の最中にありました。
 人もポケモンも傷つき、死んでいく毎日で、何時こんな世の中が終わるのか誰にも分かりませんでした。

 そんな日々が続いていたある日の事です。
 ある小さな村に双子の男の子が生まれました。
 その双子の男の子達は仲が良く、喧嘩をしたことが一度もありませんでした。
 双子の男の子達は当時のイッシュ地方の戦乱の世を憂い、悲しみ、決意しました。

 新たな国を作り、人もポケモンも幸せに暮らせる世の中にしようと。



 だが、現実はそう甘くはありませんでした。
 双子の男の子達の声を聴く者は誰一人としていなかったのです。
 自分達では止める事が出来ないのか。と諦めかけていた時、

 双子の男の子達は大怪我をして倒れていた一匹のドラゴンを見つけました。
 心優しき双子の男の子達はそのドラゴンを助け、元気になるまで面倒を見る事にしました。



 そのドラゴンを助けた事により、双子の男の子達は自分達の運命を大きく変える事になろうとはこの時思いもしなかったのです。


                      ―――『イッシュ建国のお話』の冒頭部分―――








 ?.必然





 男の子はNを見た。
 あれ程、ストーリーを歪めてしまいたくなくって、Nに出会いたくなかったのに、いざ会ってみると何故か妙に会う事が必然だった様な気がする。
 あくまでも男の子の気がする。という範囲だが。

 Nは何に驚いているのか分からないが男の子に視線を向けたまま、淡い青色の目を見開いて驚いている。
 それに男の子は疑問に思った。
 Nは俺の何に驚いているのか。と。



 「・・・・・・・随分と早口なんだな。それにポケモンが話した・・・だって?おかしな事を言うね」



 チェレンがNに話しかける声で男の子は我に返った。
 止まっていた時計が動き出すかのように目に映る周りの景色が動き出した様に見えた。
 Nも男の子と同様に我に返ったのだろう。嫌いな人間に話しかけられて、少し不機嫌になっているらしい。
 不機嫌だと言うのを隠しもせずに、チェレンを見る。

 ピカ、と男の子の肩に乗っているユズが心配そうにNとチェレンを交互に見つめている。
 その視線に気づいたのかNがユズを見て少し表情を緩めて男の子とチェレンが聞き取れない程の早口でユズに何かを言った。
 チェレンは怪訝な顔をしたが、Nの事を知っている男の子にはユズを安心させるためにポケモンの言葉で何か言っているのだと分かった。
 ユズがどこか安心した様子を見せたからあくまで推測だが。
 Nは再びチェレンを見た。
 その目にあからさまに敵意を宿して。



 「ああ、話しているよ。そうか、キミ達にも聞こえないのか・・・・・・かわいそうに。ボクの名前はN」



 失礼な奴だな。と男の子は思った。
 初対面の人のポケモンを見てかわいそうにと言うのは如何か。とも。
 チェレンも男の子と同じ事を思ったのか顔を歪め、鋭い視線をNに向けている。

 それに対して男の子は不思議とNの事を嫌いになれなかった。
 現実世界でBWのストーリーでNの過去と事情を知っているのも理由の一つだろうがそれだけでは無い様な気がした。

 Nを憎めない。
 それはBWのストーリーだけではなく、もっと根本的な“何かが”男の子をそうさせている様な。
 だが、男の子自身何故そんな事を思うのか分からず、表情には出さないが困惑しいていた。
 チェレンは男の子が困惑しているのが分かったのか、男の子の一歩前に出てNに話し出した。



 「・・・ぼくはチェレン。こちらはトウヤ。旅に出たばかりの新米トレーナーだよ」

 「・・・・・そうか、キミ達はこれから旅を続けて幾多のポケモンをモンスターボールに閉じ込めるのか。ボクもトレーナーだが何時も疑問でしかたない。ポケモンはそれでシアワセなのかって」



 確かにそうかもしれない。
 そう男の子は思った。
 他の人は否定するだろうが、人間は基本的にポケモンの言葉が分からない。
 だからこそ、人間の考えや気持ちをポケモンに押し付けている事を完全に否定する事はできないのだ。
 Nのようにポケモンの言葉が分かる人など世界に一握りしかいないので、ポケモンの気持が理解出来ない、分からない人間が多い。

 だが、完全にではないが人間もポケモンの気持ちを理解し、分かり合える事が出来る。
 そもそもポケモンだって嫌な事は行動で示すし、言葉が通じないなりに伝えようとしているのだ。
 言葉が通じないからこそ、お互いの事を知るために行動や態度で示す。
 それこそが、このポケモン世界での人間とポケモンのコミュニケーションだと男の子は考えている。
 それは、現実世界での動物とのコミュニケーションと大差ないとも思っている。



 Nは話し終えた後、男の子を見た。
 男の子はその瞬間、ストーリーでこの後どうなったかを思い出し、引き攣りそうになる顔を抑えるのに必死だった。



 「そうだね、トウヤだったか。キミのポケモンの声をもっと聴かせてもらおう!」



 そう言って、Nは腰についているボールホルダーからモンスターボールを取り、チョロネコを出した。
 男の子の予想通り、ストーリーのNとの最初のバトルだった。

 チェレンが何か言おうとしたが、男の子は片手でそれを制止し、溜息をつきたくなるのを抑えてユズに視線を向ける。
 ユズは男の子の視線に頷き、男の子の肩から元気よく飛び降り、チョロネコの前に降り立った。
 視界の端でチェレンがやれやれとでも言うように首を横に振ったのを男の子は見た。
 男の子だってこのポケモンバトルは不本意なので、チェレンに何か文句でも言ってやろうかとも思ったが、目の前に集中する事にした。

 ユズの頬の電気袋がパチパチと電気を走らせる。
 その様子にチョロネコも牙と爪をだし、威嚇した。

 両者が睨み合っている中、男の子は気付かれない様に深呼吸した。
 一番道路では野生のポケモンとポケモンバトルらしき事はしていないため、皮肉にもNとのバトルが男の子の初バトルになる。
 そのため、男の子は柄にもなく緊張していた。

 ユズとは何度か息を合わせるために技の確認やバトルの時の流れや動きをイメージした訓練を共にしていた為、何とかいけるのだろうが、男の子には自身が無かった。
 野生のポケモンで試せば良かったんだろうが、ユズや野生のポケモンが傷つくところを見たくなかったために避けていたのだ。
 こんな事になるなら無理やり自分を納得させて、野生のポケモンで一度試していればよかった。と男の子が後悔しても時すでに遅し。
 男の子は内心で自身の失態に嫌悪し、その考えを振り払った。

 そんな事を考えている暇は無い。と思ったからだ。
 男の子は後悔する事を後にして、今、目の前にあるバトルに集中する事にした。



 男の子は一度目を閉じ、開く。
 その目には目を閉じる前には無かった闘志が宿っていた。
 Nは男の子の様子が変わった事に気づいたのか、警戒するように目を細めた。

 それを見た男の子は決意を固め、ユズに指示を出した。



 「ユズ、十万ボルト」

 「チョロネコ!猫騙し!」



 ユズは男の子の指示に従い、チョロネコに十万ボルトを繰り出そうとしたが、チョロネコの猫騙しの効果により怯んで出せなかった。
 苦痛の声をあげたユズを見て、男の子はユズを傷つけてしまった事に胸が痛むのを感じながら、内心でNに勝つのは矢張り容易では無いな。と思い、形成を立て直すためにユズに距離を取るように指示を出した。
 だが、Nが容易にそれを実行させる訳が無かった。



 「チョロネコ、ひかっく!」



 Nの指示にチョロネコは分かった!とでも言うように一鳴きし、素早くユズとの距離を詰め、技を繰り出そうとする。
 わずかにチョロネコの方が早く、ユズにその鋭い爪を振り下ろそうとしたが、男の子にとってそれは想定内なので落ち着いてユズに指示を出す。



 「影分身」



 ユズは素早く影分身を繰り出し、チョロネコの技をギリギリのところでかわした。
 チョロネコはユズの影分身に翻弄され、どれが本物か分からず戸惑っている。
 Nもどう攻めればいいか判断がつかない様で、考えるそぶりを見せた。
 男の子もユズもNとチョロネコの隙だらけな瞬間を見逃さなかった。



 「十万ボルト」



 ユズは頬の電気袋から生み出した高圧電流をチョロネコの後ろから繰り出した。
 Nは咄嗟に避けるよう指示するが、チョロネコはNの声でその攻撃に気づいてから避けようと動いたため、避けきれず直撃した。
 チョロネコはユズの十万ボルトを受けて痛そうに声をあげた。
 その声を聴いたNは顔を悲痛に歪ませた。

 男の子はそのNの様子に一気にバトルする気力が無くなるのを感じた。
 本当は此処で追撃するべきなのだろうが、Nの様子を見てしまったからには攻撃しようとは思わなかったのだ。

 男の子はユズに戻るように言った。
 ユズは男の子の言葉に戸惑いながらも男の子の元へと戻り、何時もの定位置である肩へと移動した。
 男の子はそれを確認すると、Nを見た。
 案の定Nは困惑と怪訝な顔をしていたので、少しめんどくさく思いながら話しかけた。



 「ここら辺で止めませんか。これ以上ポケモンが傷つくのは“お互い”見たくないでしょう」



 男の子がそう言うとNは驚いたように男の子を凝視した。
 その視線にはどうして。と言う色んな意味での疑問で溢れていたが、男の子はその視線の疑問に答えるつもりは無かった。
 下手に答えるとこれからの旅とストーリーに大きな影響を与えると考えたためだ。

 男の子がそう考えているとは知らないNは少し考えるそぶりを見せ、何かを否定するかのように首を横に振り、チョロネコのモンスターボールを取り出た。



 「そうだね。キミのポケモンの声は十分聞かせてらったし、この辺で止めるよ。・・・・・お疲れ様、チョロネコ。ゆっくり休んで」



 チョロネコに優しく語りかけ、モンスターボールに戻したNを見て、男の子はその優しさを人間に向ける事が出来たら良かったのに。と思わずにはいられなかった。
 そうすれば早い段階で人間の事を良く知る事が出来ただろうに。
 Nの生い立ちを考えるとその考えは無理だと分かっているのだが。
 Nはチョロネコに向けていた優しさを消し、男の子に視線を向けた。

 男の子に向けたその視線は先程までとは違い、何処か探る様な感じがして男の子は不愉快だったが、逸らすのは何だか負けたような気がして意地でその視線にはむかうように目を合わした。
 そんな男の子を見てNは何かを言おうとしたが、口を閉じ、男の子とユズを交互に見てから、話し始めた。



 「モンスターボールに閉じ込められている限り・・・・・・、ポケモンは完全な存在にはなれない。ボクはポケモンと言うトモダチのため世界を変えねばならない」



 そう言ってNは男の子とユズから視線を外し、歩いて行った。
 まだ何かを呟いている様子だったが、生憎と男の子はNを引き留めようとは思わなかった。
 もう、これ以上関わりたくないのもあったが、先程のバトルがいまだに尾を引いていたのだ。



 ポケモンバトル。
 初めてゲームではなく、現実で体験してみて思ったのは、やはりゲームとは違い難しかった。という事と、ポケモンが傷つく姿は見たくない。という事だった。
 ポケモンバトルはお互いのポケモンを出して戦わせるスポーツの一種だが、どうにも男の子はポケモンが傷つき、戦闘不能になり倒れた姿などは見たくないと思ってしまう。

 ポケモンは人間と同じように生きているし、人間並みの知能と意志がある。
 野生でのポケモンは互いの縄張り争いで争ったりするが、ポケモンバトルは人間がポケモンの意志に関係なくポケモンを争わせるのではないのだろうか。
 そんな疑問が男の子の頭の中に浮かんだ。
 このポケモン世界では常識な事なので、この世界の人達が聞けば呆れた様な反応が返ってくるのは目に見えているが、現実世界の人であった男の子には理解しがたいものがあった。



 「・・・・・・可笑しなヤツ。だけど、気にしなくって良いよ。トレーナーとポケモンはお互い助け合っている!・・・・トウヤ、きみが何を考えているのか良く分からないけど、メンドーな事になる前にぼくに相談しなよ。ぼくなりに助けるからさ」



 男の子はチェレンの言葉に驚いたような顔をして、チェレンを見た。
 チェレンは男の子の表情と視線に少し居心地が悪そうな顔をして、あらぬ方向に顔をそむけた。
 男の子の肩にいるユズは呆れたような、それでいて意外そうに鳴いた。

 男の子はチェレンにはかなわないな。と思いつつ、先程のポケモンバトルで思った事を素直に打ち明けた。
 チェレンは途中で口を挟まずに聞いていたが、男の子が何を言いたいのか理解した時、真剣な表情で男の子を見て言った。



 「トウヤ、きみは優しいからそんな事を思うんだろうけど、それってある意味ポケモンを信頼していないのと同じだよ」

 「そんな事、」

 「トウヤがそう思っていなくても、ポケモンや他の人にとってはそう思っても仕方ないと思うよ」



 ユズもそう思うだろ。と、チェレンは男の子の肩にいるユズに問いかけた。
 男の子はそうなのか。と問いかけると、ものすごい勢いで首を縦に振られた。
 そのユズの反応に男の子はマメパトが豆鉄砲を食らった様な気持ちになった。
 ユズの様子が不機嫌になったのと、チェレンが大きなため息をついた気配を感じたのでどうやら表情にも出ていたらしい。
 だが、男の子は妙に納得してしまった。

 確かに男の子はポケモンを信用はしていても信頼はしていなかったのかもしれない。
 信用しているのと信頼しているのは大きな違いだ。
 “相手を信じる”事は出来ても“相手を信じ、頼る”事が出来ていないという事だからだ。



 アニメでもゲームでもポケモンバトルは相手を知るための手段である。という事を言っていたがそれだけではなく、ポケモンとの絆を深める意味があるのだ。と男の子は初めて気が付いた。
 誰だって、大切な人には頼りにされたい。と思うのは種族関係なく思う共通の事だ。
 それはポケモンにも言える。

 どんなに傷つく事があっても、どんなに戦闘不能になっても、全ては大切なトレーナーに頼られたい、期待に応えたいと言う思いからきているのだ。
 ただ、男の子自身が傷つく姿を見たくない。と言う我儘で奪っていい事では無い。



 男の子はその事を気づかせてくれたユズとチェレンに礼を言った。
 ユズは元気よく鳴き、チェレンは別に。と言ってそっぽを向いた。

 男の子はその事を理解してもまだポケモン同士が傷つく姿は見たくないと思う。
 だからこそ、これからはポケモンバトルは挑まれた時にしかしない様にしようと決意した。
 もちろん、バトルは負けたくは無いので、訓練はこれからも続けていくが。










 それから男の子とチェレンはユズを回復するために一度ポケモンセンターに戻る事にした。
 ユズは必要ない。と言わんばかりに抵抗したのだが、最終的に男の子がモンスターボールに戻そうとするそぶりを見せたらユズが、大人しく折れたのだ。
 そのやり取りを見ていたチェレンは呆れたと言わんばかりの表情でユズから鋭い視線を貰っていた。



 「はい、それではお預かりいたします。3時間程で呼び出しのアナウンスが流れますので、それまで寛いでいてくださいね」



 そう言ってモンスターボールに入っていない状態のユズを預かり、―――回復するために入れようとしたら、電撃を放ってきそうな勢いだったのでアニメのピカチュウと同じようにジョーイに頼んだ―――営業スマイルで対応したジョーイは言った。
 男の子とチェレンはポケモンセンターにあるショップでどんな物があり、必要だと思った物を買う事にした。
 ポケモンセンターの内装はゲームとほぼ同じで、ゲームと違う所と言えば二階が宿泊のための部屋になっている事位だ。

 ショップで雑誌コーナーで、初心者向けのポケモンバトルの特集が組まれた雑誌を発見したので、立ち読みしていると、突然、大きな声で名前を呼ばれた。
 その聞き覚えがあり過ぎる声に男の子は溜息をつきたくなるのを我慢して、雑誌を閉じ、棚に戻してから声がした方向に振り返った。



 其処にいたのは男の子の予想通り、何故か服が汚れているベルだった。
 ベルは男の子に駆け寄ると、視線が集まっているのも気にせずに男の子に笑い、話しかけた。



 「もう、カラクサタウンに着いてたんだね!もしかしてチェレンも?」

 「うん。俺もチェレンも3時位には着いてたよ」



 男の子は勘弁してくれ。思いながら、引き攣りそうになる顔をどうにか元に戻し、ベルの問いに答えた。
 へ〜え、そうなんだ!!と、元気よく言うベルは周りからの視線に気づいていないようだった。
 相変わらずのマイペースに男の子は思わず溜息をついた。

 ベルはそんな男の子を見て、何故、溜息をつかれたのか分からず、首を傾けた。



 チェレンが騒ぎを聞きつけ、男の子とベルを見た時、納得した様な表情で二人の元に駆けつけてくれた。
 そして、ベルの服が何故汚れているか聞いたら、ベル曰く、木に登ったり、転んだりしてしまったのでこんなに汚れてしまったらしい。
 男の子とチェレンは互いに顔を見て、溜息をついた。
 一番道路でこの調子ではベルの旅の先が思いやられたのだ。

 ベルはそんな二人の様子に気づかずに、男の子にとって聞かれたくない事を聞いた。



 「そういえば、ポケモン捕まえた?」



 そう言って笑ったベルに男の子は如何返して良いか分からず、困った顔をした。
 チェレンは何故か、ベルから視線を逸らしている。
 さすがにこんな様子だとベルも何かが可笑しいと気づいたのだろう。
 二人に如何したの?と聞いてくる。

 男の子はこの後ベルに怒られること確実だと分かっていながらも、ベルに話した。













 「もう!何で二人ともポケモン捕まえていないの!?」



 そう言って、怒り心頭なベルを目の前に男の子とチェレンは苦笑するほかなかった。
 男の子は元々捕まえる気が無かったのだが、捕まえる気でいたチェレンがポケモンを捕まえていなかったのは意外だった。

 チェレン曰く、一番道路で良いポケモンがいなかったので、諦めたそうだ。
 何ともチェレンらしい事だと思いつつ、男の子はベルの機嫌を元に戻す事に必死だった。
 チェレンも弁解しながら少しずつベルの機嫌を取ろうとするが、全く効果が無かった。
 


 どうするべきか。と男の子が悩んでいたその時、ユズが回復したことを告げるアナウンスが流れた。
 男の子はベルとチェレンに席を立つことを告げ、カウンターへと向かった。
 チェレンは恨めしそうな顔をされたが。



 男の子はカウンターで本人であると認証されてから、ユズが来るまで待っていた。
 その時、不意に話しかけられた。



 「やあ、トウヤ君。さっきぶりだね」



 声がした方向に振り返ると、そこには一番道路で知り合ったユウイチが立っていた。
 男の子はユウイチにそうですね。と返事をしたが、男の子はユウイチが手に持っている物に視線を向けていた。
 大体三十?程の大きさで、赤と黄色の文様がそれにはあった。
 ユウイチはその事に気が付き、苦笑しながら見るのは初めてかい?と男の子に問いかけた。



 「はい、初めてです。ポケモンのタマゴを見るのは」



 そうかい。と言って腕に抱いたポケモンのタマゴを優しくなでるユウイチを見ながら、男の子は触っていいか問いかけた。
 ユウイチは笑顔で頷き、男の子に触りやすいように位置を変えてくれた。
 男の子は恐る恐るポケモンのタマゴに触れた。

 触れた瞬間に伝わってきた熱は、とても暖かくて、何より動いた様な感覚が伝わってきて男の子は驚いた。
 そんな挙動不審な男の子にユウイチは笑いながら男の子にとって爆弾発言をした。



 「良かったらこのタマゴを君に譲りたいんだが、どうだろう?」



 男の子はその言葉を聞いて、しばし固まった後、慌ててユウイチに何故、そんな事を言うのか理由を聞いた。
 ユウイチは男の子からそう聞かれるのを分かっていたのか、笑顔で答えた。



 ユウイチ曰く、このタマゴは旅に出る少し前に手に入れたのだが、育てる機会が無かったので誰かに譲ろう。と思っていたらしい。
 そんな時、一番道路で男の子と出会い、男の子ならタマゴから生まれてくるのがどんなポケモンであっても大切に育ててくれるだろう。と思い、譲る決心をしたらしい。
 
 ユウイチの話を聞いて男の子は何のフラグだよ。と思った。
 男の子はもちろんポケモンのタマゴを育てた事は無いが、知識としてなら育て方は分かる。
 このポケモン世界の教育の中にあったので調べて勉強していたのだ。
 だが、それでも男の子はタマゴから育てるというのを現実世界でも経験したことが無いので、出来るかどうかわからない。



 普通なら断るべきなのだろう。
 ユウイチも断れば諦めるはずだ。
 だが、男の子は自分が未熟なトレーナーだと分かっていながらそれでも男の子に譲りたい。と言外に言っているユウイチの信頼を無下にはできなかった。

 男の子は一度深呼吸し、ユウイチを真っ直ぐ見た。



 「分かりました。大切に育てます」



 ユウイチは男の子のその言葉を聞いて、お願いするよ。と言って、笑顔でタマゴを男の子の腕に抱かせた。
 心なしか、タマゴが宜しくな。と言わんばかりに動いたような気がした。



 ユウイチが去った後、ユズを連れてきたジョーイは男の子が腕に抱いているタマゴを見て、驚いたような顔をした。
 ユズも何故、男の子がタマゴを抱いているか分からず、不思議そうな顔をしている。
 先程譲り受けたので、ポケモンのタマゴを腕に抱いている事に疑問が尽きないのだろう。
 男の子は苦笑しながら、ユズに肩に乗る様に言った。

 ユズは男の子の言う通り、肩に乗ってタマゴを覗き込んだ。
 その様子に男の子は微笑ましく思いながら、ジョーイに礼を告げ、カウンターから離れた。





 男の子が腕に抱いているポケモンのタマゴをベルやチェレンに聞かれるまでそう時間はかからなかった。


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