小説『白昼夢』
作者:桃花鳥()

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 「本当に本当に大丈夫?トウヤ」



 そう言っていかにも心配です、と言う顔を俺に向けるトウヤの幼馴染のベルの姿に男の子は今までだれかにそこまで心配されたことがなかったので戸惑うと同時に、外見がトウヤとはいえ、彼女が知るトウヤではない男の子がそんな感情を向けられることにものすごく違和感を感じつつも男の子はなるべく冷静に元気そうな笑顔を向けて頷いた。



 「だから、何度も言ってるだろ?もう俺は大丈夫だって」

 「・・・・・・・けど、」

 「ベル。ぼくも色々言ってやりたいけれど、そろそろ面接時間を過ぎてしまうから帰るよ。この病院は遅れるとメンドーなんだから」



 チェレン、“ぼくも色々言ってやりたい”とはどういう意味だ。
 俺も色々言いたいよ。主に自分の身に何が起こったかをな。
 そう心の中で愚痴りつつも、表面上には出さず、男の子は元気な笑顔で対応した。
 とても器用である。

 ベルは少し不満そうだが、分かった。と言って、男の子に別れの挨拶と明日また来る事を告げてチェレンと共に病室から出て行った。
 パタン、とドアが閉まると同時に男の子は項垂れた。
 今まで知っているとはいえ、初対面のトウヤの幼馴染二人を相手にしていたのだ。
 トウヤがどの様な性格か分からないし、何より色々な出来事で思考が混乱していたのでいつものような対応しかできなかったのだが、どうやら元々トウヤと男の子は似たような性格だったらしく、違和感を持たれなかった様だ。
 いまだにぐるぐると思考が混乱している中、男の子は今、心の内で一番思っている事がごく自然にその口から零れた。



 「本当にどうなってるんだよ・・・・・・・・」



 男の子のその言葉は静寂を保っていた病室に響き渡り、答えが返ってくる事は無かった。





 ?.方針




 窓の外の世界は春らしい暖かな、それでいて美しい夕焼け色に染まっていた空を作り上げていた太陽がその顔を大地に沈めると、空は徐々に黒に染まり始め、小さな星と月が顔を出し始めていた。
 この個室には生憎と時計は無いらしく、今は何時位なのか分からない。
 だが、窓の外が黒くなりつつあるのを見ると、少なくとも6時は過ぎているのだろう。
 


 男の子は自分がポケモン世界に来ている事と、トウヤになってしまったと言う衝撃の事実を知った。
 いや、男の子は認めようとしなかったが、ベルが心配して行なった行動が男の子に自覚を与えたという方が正しいだろう。
 男の子はそれまで確かに気づいていた事実を見て見ぬ振りをし続けていたのだから。
 だが、事実を知っても男の子は認めたくなかった。

 普通、夢小説や二次創作で異世界に行くと大体の人は、やったぜ!みたいな事を書くが、実際に体験してみれば、大体の人はふざけるなの一言だろう。実際男の子は現在進行形でそう思っている。

 男の子は、現実世界に不満は多少なりとも持ってはいたが、決して異世界に行きたいなど思っていなかった。
 もちろん、神様が出てきたり、マンホールに落ちたり、交通事故にあったり、時計を持ったウサギについて行ったりもしていない。
 普通に父親の妹家族の家に作られた自分の部屋で寝たら何時も見る白い世界の夢を見ただけだ。



 ただそれだけだと言うのに、目覚めたらいきなりポケモン世界にいてトウヤになってるなんて認めれるはずもない。
 男の子は俺の平穏を返せこの野郎!!と叫びたいくらいそう思っていた。



 原因は分からないが、あの白い世界の夢に関係あるのだろうと何故か男の子は確信していた。
 あの夢は何時もと違うところが多々あったのだ。

 男の子は頭をフル回転させ、あの時の白い世界の夢の記憶を引っ張り出そうとした。
 だが、白いもやがかかったようになかなか思い出せない。
 男の子はその事に苛立ちながらも、思い出そうと努力した。

 たしかだが、声が聞こえたのだ。子供の声が。
 だが、何を言っていたか分からないし、その話し相手も誰だったのか覚えてはいなかった。
 それ以上思い出そうとした途端に、記憶が拡散してしまうのだ。
 それと同時に、何か大切なことを忘れてしまっている様な感覚に不愉快を感じた。
 この不輸快感は前にも覚えがある。
 だが思い出すことができないので、それは募るばかりだ。



 ・・・・・・・・とりあえず、この事は一旦保留して、これからの事を考えておこう。
 男の子はそう思い、思考を一端打ち切った。
 考えるべきことは嫌と言うほどある。
 男の子は次にこれからの身の振り方を考える事にした。



 何故ならそれによって、ベルとチェレンの対応が変わるからだ。



 二人が見舞いに来た時、最初は色々とと混乱していて男の子は良くは覚えてはいなかったのだが、“これからの旅”の事をトウヤになってしまった男の子に言っていた。
 つまり、まだこのポケモン世界ではイッシュ地方のBWのストーリーは始まっていないという事になる。
 今は春の季節だ。
 そこから考えると、仮説にすぎないが男の子は何時BWのストーリーが始まっても可笑しくないと思っている。
 たとえ、トウヤになってしまった男の子がいたとしてもだ。



 ・・・・・・・・・・最悪だな、オイ。
 そう男の子は思った。
 今現在進行形で男の子は何の嫌がらせかBWの男主人公であるトウヤになってしまっている。
 このまま流される様にアララギ博士にポケモンを貰い、ベルとチェレンと同時に旅なんて出てしまったら、Nと言う電波少年に出合ってしまうかもしれない。
 男の子はトウヤではない。
 だからこそ、この世界が歪んでしまうのではないかと男の子は恐れている。
 自分が今此処にいる事によりどんな影響が起こるか男の子は想像できない。

 それに、今、男の子がこの世界に来て一番影響を与えているのはトウヤだ。
 BWの世界の主人公であるトウヤが一番に影響を受けているということはこの世界の中心が影響を受けているという事になる。
 つまり、このポケモン世界のBWストーリーが根本的に違うモノになるのではないのだろうか。
 男の子はそう思った。

 だからと言って、旅に出なければベルとチェレンが煩いだろうし、怪しむだろう。
 何より、旅に出なければゲーチスとプラズマ団の暴走が止められない可能性がある。
 男の子にとってそれは何としてでも止めたい事だ。



 だからと言って男の子は自分が英雄になれる訳がないだろうと思っている。
 何故なら、この世界の英雄になるのは“トウヤ”であり、決して“トウヤになってしまった男の子”であるはずがない。
 例え、何があろうとも、その事実は変えられないだろうし、変わらない。
 それがこの世界の真実である限り。

 だからこそ、男の子は早急にこのポケモン世界から元いた世界に帰らなくてはならない、と思ってる。
 何時までもこの世界に居座り続ければ、本当にとんでもない事になりそうだ。
 元の世界に帰る為には、まずは情報収集をしてからにしようと男の子は考えた。
 そうは言っても、このポケモン世界の昔から伝えられている神話や昔話と今起こっている不思議な事、それに白い世界の夢しか当てはないが、やらないよりはマシだろう。
 それにこの世界の常識を調べておくのも悪くはないだろうし、何事にも知識は必要だ。
 男の子は、知っていなかったからという事を盾にして逃げるようなことはしたくないからだ。

 旅に出るかどうかは一端保留しておく事にした。
 まずは情報収集から始めて決断しよう。と心の中で男の子は決めた。



 ある程度これからの方針が決まった時、ドアがノックされた。
 もう面会時間は過ぎてベルとチェレンは帰っている。
 恐らく担当の医師が来たのだろうと当たりをつけ、入ってきてかまいませんよ。と通路の先にあるドアの向こうにいるであろう人に声をかけた。
 ガラリ、とドアを開く音がして入って来たのは案の定担当の医師らしかった。
 身なりが良く、清潔感が漂う白衣が似合う藍色の髪をした男性で、人の良さそうな感じだ。
 その後ろからピンク色の生物がファイルや資料を持って現れた。

 男の子はビシリ、という音が聞こえるのではないかというほどに固まった。
 ピンク色の生物は牛のような耳に触覚みたいなのが生えており、クリクリのスカイブルーの目が特徴的だ。
 どう見てもイッシュ地方のポケモンセンターにいるヒヤリングポケモン、タブンネだった。
 まさか病院でタブンネ、ポケモンと出会えるとは思っていなかったので男の子はポケモンの技である不意打ちを食らった気分だった。

 タブンネは、耳の触覚で相手の体調や卵からいつポケモンが出てくるのかもわかるポケモンで、それを生かすためにポケモンセンターにいるのだろうが、まさか病院にまでいるとは思いもしなかった。
 どうやらこの世界は男の子にも知らない事が多くあるらしい。
 そもそもそんな描写が無かったので当たり前と言えば当たり前なのだが。

 固まっている男の子を気にもせず、担当の医師はタブンネと共に男の子の病室に入り、男の子の左横であるベッドの横に立ち、口を開いた。



 「目が覚めたようで安心したよ。体調は万全とは言い難いけどこれなら二日後には退院できる。良かったね」



 人の良さそうな笑みで言った担当の医師の言葉で我に返った男の子は適当に相槌を打ちながら、横にいるタブンネに思考を奪われていた。
 トウヤはきっと当たり前に見ていたのだろうが男の子にとって初めて見るポケモンはやはりと言うべきなのか、喜びや好奇心、悲しみなど様々な感情が胸の中に渦巻いた。
 前者は本物のポケモンに出会えたから湧き上がった感情で、後者は此処がポケモン世界なのだという事を再認識されたからだ。
 それでも前者の方が勝っていたが。

 担当の医師と二言三言会話し、じゃあ、安静にね。と言って出て行こうとした医師はダブンネに止められる。
 どうしたんだい、と担当の医師がタブンネに聞くと、タブンネは医師のポケットを指す。
 それで分かったのだろう。嗚呼、そうだった。みたいな顔をした医師はポケットの中からペンダントを出した。
 その見覚えのあり過ぎるペンダントに男の子の頭の中は如何して、という疑問で埋まった。
 だってそのペンダントは、



 「すまない。検査や治療に邪魔だったから外させて貰っていたんだ。君に返すよ、トウヤ君」

 「・・・・・・それは、ありがとうごさいます」



 ペンダントを受け取ると医師とタブンネは部屋から出てお大事にね、と言ってドアを閉めた。
 男の子はペンダントをくまなく見る。
 年代物を感じさせる少し錆びついたペンダントは間違いなく男の子の母親が残した唯一の形見だ。
 あの時、寝る前にちゃんと外したのを覚えている為、男の子は何で此処にあるか分からない。
 そもそも此処にあるのは可笑しいのだ。
 このペンダントは現実世界にある物であり、このポケモン世界にあるのは可笑しいのだから。



 謎が謎を呼ぶと言った先人は凄いなと、と男の子は少し現実逃避をした。


-3-
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