小説『白昼夢』
作者:桃花鳥()

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 年代物と思われるペンダントを首にかけた男の子の目の前には青い屋根の二階建ての普通の一軒家が立っていた。
 その家のであろう郵便ポストには新聞やら手紙やらが沢山詰まっており、この家の住人がどれほど家に居なかったのかを物語っている。
 小さな花束と荷物を持ちながら男の子はそれを見ながら当然かと思った。

 このポケモン世界のトウヤが倒れて一週間も昏睡状態だったと聞いたときはさすがに男の子も驚いた。
 その間家には誰もいなかったのだろう。



 男の子は郵便ポストから再び家に目を向けた。
 この世界のトウヤの家。
 これから男の子が住むべき場所。
 この家はゲームでしか見たことが無いのに、現実で何度も見たような感覚に襲われた。
 それはもしかしたら男の子が憑依しているトウヤの体がそう思っているのかもしれない。
 男の子は何処かで生き物には心の記憶と体の記憶があるのだと聞いた事がある。

 たとえ、心が覚えていなくとも体は覚えている。
 この感覚は恐らくトウヤの体の記憶がそうさせているのではないだろうか。
 そうだとすればやはりこの体はトウヤのものなのだ。

 だとしたら、この体にいるべきトウヤは何処に行ったのだろうか。
 男の子が入ったことにより消滅したなら話は別だが、男の子にはそうは思えなかった。
 では一体何処に?



 男の子は首を振り、思考を打ち切った。
 このまま考えても答えは出ず、堂々巡りになるのは分かり切った事だったからだ。

 男の子は家の玄関扉に立ち、カギを取り出すとカギ穴に差し込み回した。
 ガチャ、と鍵が開いた音がしたのを確認してから男の子は玄関扉を引くと、簡単に開いた。



 「邪魔するぞ、トウヤ」



 男の子はそう断りを入れて家の中へと足を踏み入れた。





 ?.迷走





 男の子がトウヤの家に足を踏み入れる一時間前、男の子は病院を退院した。
 担任の医師の言ったとおり二日ほど再検査と様子見の為に入院していたのだが、特に問題が無かったので退院できることになったのだ。
 その事を知ったベルトチェレンは男の子の退院祝いと称して小さな花束を持って駆け付けてくれた。
 退院おめでとう!そう言ってベルが小さな花束を渡してくれたのは男の子にとって複雑な心境にしかならなかった。
 本当に彼らからお祝いされ、この小さな花束を贈られるべきトウヤはいない事を知らない彼らへの罪悪感と、誰かにこうやってお祝いされ何か送られる事は男の子の今までの人生の中では指で数えるほどしか無かったので素直に嬉しかったからだ。



 「有難う。ベル」

 「えへへ、どういたしまして」

 「トウヤ、メンドーだけど家まで送るよ。ちょっと話さなけいけない事がある」



 男の子はチェレンの言葉に嫌な予感がしたが、トウヤの家の場所など何処にあるのか分からなかったので素直に了承した。
 歩き出した二人を見て、男の子は見送りに来てくれたタブンネに礼を言い、小さな花束と荷物を持ち直して二人についていく。
 どうやらカノコタウンらしいこの町はゲームとは違い中々設備が整った町で、自然環境と人の環境が上手く調和出来た好感が持てる町だと男の子は思った。
 チェレンは男の子が追いついたのを確認すると話し始めた。



 「アララギ博士がぼく達に明日一日だけ研究所のポケモンを見せてくれるらしいんだ。もしかしたらポケモンが貰えるかもしれない」



 男の子は思わず足を止めてしまった。
 ベルがどうしたの?と心配した声で男の子は少し苦笑しながら驚いたんだと言って、彼らとまた歩き始めた。
 だが、男の子の心は激しく動揺していた。
 ストーリーではトウヤの家にプレゼントボックスが送られてきてイッシュ地方の御三家が最初の手持ちになるはずだが、チェレンの言っている事が本当ならば、それか覆される事になる。

 まさか、もう影響が出てきているんじゃ無いだろうな。
 男の子はそう思い、恐怖が沸き起こる。
 だが、今はベルとチェレンがいるので表情に出さず、二人の話に耳を傾ける。



 「もうすぐもらえると思ってたけど、まさか旅に出る日の一週間前に貰えるなんて思ってもみなかったよ」

 「ベル、ぼくは“もしかしたら貰えるかもしれない”と言っただけでまだ貰えると決まったわけじゃない。其処は勘違いするなよ」

 「チェレンの言うとおりだよ、ベル」



 ・・・・・・如何やら早とちりだったみたいだ。
 全く、驚かせやがって。
 男の子は深く安堵し、ベルとチェレンの会話に加わりながら思った。
 先ほどの会話に聞きたい事があったのだが、男の子は後でチェレンに聞こうと思った。
 ベルは頬を膨らませながら、分かってるよ。と言った。
 どうやら少し拗ねてしまったらしいく、男の子とチェレンよりも早く歩いて行こうとする。
 男の子はベルの歩調に合わせようとしたが、チェレンが右手でそれを制し、ベルに明日、午後二時にポケモン研究所に集合だから遅れないようにね。と注意する。
 ベルは強い口調で分かってるよ!と言ってどんどん進んで行ってしまった。



 「・・・・・・良いのか。ベルを怒らしたままで」

 「後がメンドーだけど良いんだよ。それより聞きたい事があるんじゃないのか、トウヤ」



 男の子は驚いた表情でチェレンをまじまじと見つめてしまった。
 如何やら男の子が何か聞きたそうにしていたのをチェレンは気づき、ベルがいては男の子が話辛いと思ってわざとベルを先に帰らした様だ。
 ベルはお世辞にも頼りがいがあるとは言い難いし、変な方向に勘違いして他の人達にも言いふらしそうだ。
 だから此処では聞かないでおこうと男の子は思っていたのだが、まさかチェレンがそうやって気にしてくれているとは思ってはいなかったし、そういう人ではないと思っていたので男の子は意外に思ったのだ。
 チェレンは男の子の視線の意味に気づいているのか眉を寄せているが、男の子が話すまで待っている。
 これまた意外に思いながらも男の子は話した。



 「いや、ただ単にあと一週間なのかと思って。時が過ぎるのは早いなあと」

 「それは君が一週間も昏睡状態だったからそんなことが言えるんだよ。ぼくにとっては長かった」



 男の子は乾いた笑しか出来なかった。
 チェレンの言葉もそうだが、あと一週間後が旅立ちの日かよ、と。
 男の子は死刑宣告をされた気分だった。
 男の子が落ち込んでいるのに気づいているみたいだが、あえて何も聞かず次の話題を切り出したチェレンに感謝しながら、家までの道のりを頭の中に叩き込み、色々話したがめぼしい情報はこれ以上収穫できぬままトウヤの家についてしまい仕方なくチェレンと別れ、冒頭に戻るわけである。





 家の中はシンプルな構造だった。
 玄関から廊下に出た位置で左横にある部屋はトイレで、右横にある部屋は洗面台とお風呂があった。
 一番奥にはリビングと対面キッチンがあり、リビングの端には螺旋階段がある。
 恐らくこれで二階に上がるのだろうが、男の子はどうにも納得いかなかった。
 ゲームでは螺旋階段ではなかったはずだし、色々と可笑しい所が多々あるのだ。
 このポケモン世界は妙に男の子の知っているモノと知らないモノが混ざっている感じがしていた。
 だが、こんなことを考えても答えは出てこないのは分かり切っているので考えずに今度は二階を探ることにした。

 二階に上がると部屋が三つあった。
 一つ目は螺旋階段を上ってすぐ左にある部屋は物置部屋なのか色々な物が沢山詰まっており、ポケモンに関する本とかもあったので後で見ようと男の子は思った。
 二つ目は真ん中ぐらいにある部屋はキングベッドと化粧台、大きなクローゼトの中には大人サイズの男女の服があったので、恐らくトウヤの両親の部屋だろうと思われる。
 最後の一番右にある部屋は青を基調とした今時の子供が使っていそうな部屋で男の子が現実世界で使っていた部屋と全く同じだった。
 大きな液晶テレビにWii、その横にある本棚と壁に掛けたカレンダー、青い上布団がかかったベッド等すべて置いてある位置までもが同じなのだ。
 これがトウヤの部屋なのだろう。
 男の子は驚きながらも、トウヤの部屋を探索し始めた。

 だが男の子はさらに驚く結果となった。
 物を収めている場所も現実世界の男の子の部屋と全く同じなのだ。
 服も帽子も筆記用具もゲームも時々父親の妹家族の子供に物を取られてしまう事があるので本当に大切な物を隠し、しまう所まですべて同じだった。
 此処まで似ているとさすがに恐ろしく感じてしまう。
 それでもトウヤの人物像をはっきり把握しておくために少しでも情報が欲しかった。



 探索し始めて数十分が立った頃、机の上にある棚に一冊の本を見つけた。
 其処にはハッキリと『Diary』と書かれており、これがトウヤの日記帳なのだと男の子は気付いた。
 トウヤの日記。
 トウヤの人となりが詳しく分かる上に、多くの情報が得られるに違いない。

 男の子は早速日記を読んでみる事にした。
 最初に書かれいている日が部屋に飾られているカレンダーの日付より約一年も前なので一年前からつけ始めたのだろうと思われた。



 ××××年×月××日
 今日から約一年後に俺はパートナーとなってくれたポケモンと共に旅に出る事になる。
 とても楽しみでこれからの事が頭に入らないかもしれない。
 そんな旅へのカウントダウンを刻むため俺は今日から旅立つまで日記を書いてみようと思う。
 毎日は無理かもしれないけれどこれからの追い込み生活を後に残していた方が良いかなっと思うから。



 トウヤはほんの些細なことも書いていた。
 時々書かない日もあったらしく、日付が飛んでいたりしているところもあった。
 其処にはトウヤの幸せな日常がつづられていて、男の子の胸の中に何かが渦巻く。
 男の子はそれを無視して読み進めていくと一か月前の記述の中に気になる文があった。



 ××××年×月××日
 今日は朝に不思議な夢を見た。
 何処までも続く白い世界にいる夢で、何となくだけれど誰かが見ている夢だと思った。
 何故かは分からないけど、俺にはそんな気がした。
 そして今日、母さんが急な出張で違う地方に行くらしい。
 旅立ちの日まで戻ってこれないそうだ。



 この記述が本当ならばトウヤも白い世界の夢を見ていた事になる。
 だが、夢を見たのはこの日だけらしく他の日には書かれてはいなかった。
 これでは本当にあの白い世界の夢が原因でポケモン世界に来たのか分からないし、確証が持てない。

 男の子は日記を長机の上に置きベッドに寝転がって、意味もなく天井を見つめる。
 なぜこの世界に来てしまったのか情報が足りないため分からない事だらけで理解できない。



 ほんと、どうなってるんだよ。
 そんな男の子の気持ちを嘲笑うかのように時間は無情に過ぎ去っていった。


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