旅立ちの日まであと3日とせまった日にアララギ博士からすぐに研究所に来て。と言う電話を貰ったので来てみれば思いがけない言葉をアララギ博士から言われた。
男の子は目の前でニコニコ笑いながら行儀よく座るネズミポケモンのピカチュウを見た。
ピカチュウはどう見ても嬉しそうだが男の子は内心の困惑を隠すのに精一杯なのか少し表情がいつもより固い。
男の子は再度、ピカチュウからアララギ博士に向き直り、先ほど言われた言葉に疑問を投げた。
「アララギ博士、まだ旅立ちの日でも無いのにポケモンを貰うのはベルやチェレンに申し訳ないんですが」
「あら、大丈夫よ。そんな事もあろうかとベルとチェレンにもポケモンを渡して来たから今頃大喜びしてると思うわ」
・・・・・・その用意周到さは何だよ。
このポケモン世界は俺をどこに向かわせる気なんだ。
男の子はそう心の中で悪態をつき、自分の不運さを呪った。
引き攣りそうになる顔を何とか普段通りの顔に戻し、ピカチュウを再び見た。
ピカチュウは何が嬉しいのかまだ笑顔のままだ。
ピカチュウの顔を見ると随分と男の子に懐いている様だし、この状況で断る事は難しいだろう。
断ってしまったら色々と怪しまれる。
男の子はピカチュウの事は嫌いではなくむしろ好きなのだがゲームとは違う展開に戸惑い、変えてしまった事に罪悪感と恐怖を感じながらも、了承するしか他に無かった。
?.日常
暖かく優しい春の日差しの中、男の子はアララギ博士の研究所を後にし、アニメのサトシのピカチュウのようにモンスターボールに入ってくれなかったので、仕方なく左肩にピカチュウを乗せながら買い物をする為に街中を歩いていた。
3日後の旅立ちの日をいかに回避するか考えながら道具の最終確認をしていたらタウンマップや傷薬かない事に気が付いたのでそれを調達するためだ。
まずはタウンマップを探すために中々オシャレな雑貨屋に入ると店員や店に訪れていた客の視線が男の子と肩にいるピカチュウに集中する。
その痛いほどの視線に男の子はばれない様にこっそり溜息をついた。
ピカチュウはイッシュ地方には生息しないポケモンであるからこそ他の人達が物珍しさや好奇心で視線を投げてくるのだろう。
だが、男の子にしてみればそれは迷惑に他ならない。
イッシュ地方の数ある町で小さい町に入るカノコタウンでもこの注目度であれば人が多い町、例えばライモンシチィは注目の的どころではないかもしれない。
注目を集めさせている張本人のピカチュウは男の子の肩に乗れてご機嫌なのか、それとも視線に慣れているのか少しも気にしてはいない。
男の子の肩が痛くならないように適度な時間に乗る肩を変えて気遣っているのだからもしかしたら両方かもしれない。
ピカチュウの優しさは有難いがこの視線も何とかして欲しいと男の子は思うばかりだ。
タウンマップがありそうなコーナーでどれがそうなのか探していた時だった。
「トウヤ」
唐突に呼ばれた声には聞き覚えがあった。
ピカチュウは振り返りその人物を見つめてたが、男の子は振り返らずにタウンマップを探しながら背後にいるであろうトウヤの幼馴染のチェレンに話しかけた。
「何、チェレン。俺は買い物してるんだけど」
「ちょっと話したい事があってね。少し時間を取るけど良いかい?」
「・・・・・・?分かった。目的の物は見つけたから買って来てからにして良いか」
ああ。とチェレンが了承の返事をしたので話している間に見つけたタウンマップを持って男の子は急ぎ足で会計に行った。
男の子が会計を終え、雑貨屋から出るとチェレンが壁に背を預けながら待っていた。
チェレンは男の子が出てきたのを確認すると、壁から離れて歩き出す。
男の子はチェレンとはトウヤに憑依してから5日ちょっとの短い付き合いだがそれがついて来い。と言う意味だと分かっていたので素直について行く。
それにしても、チェレンが俺に用があるって何かあったのか。
そう男の子は思った。
一歩先を歩くチェレンは難しそうな顔をしていて他の人達から見れば少し怒っているように見える。
そのためなのか一度歩くと歩行者の人達は男の子達を避けるように道を開け、ひそひそと何かをしゃべりながら通り過ぎて行った。
その様子に男の子はチェレンには気付かれない様に溜息を吐く。
ピカチュウの時よりも悪い意味で目立ちまくりなこの状況に溜息を吐きたくなるのは無理もない。
ピカチュウはそんな男の子の気持ちに気付いているのか、ドンマイ。と言うように小さなその手で頬を二回ほど叩いてくれた。
不覚にも少し感動してしまった男の子は有難う。という言葉の代わりにピカチュウの頭を撫でてやると、とても嬉しそうな顔で小さく鳴いたので、男の子も嬉しくなった。
男の子にとってこの状況でのピカチュウは苦労を分かってもらえる完全な癒しである。
つまり、この時男の子が少し現実逃避をしている事に変わりなかった。
しばらく歩いた後、真ん中に噴水のある広場に出た。
まるでゲームのヒウンシティにあった広場のような感じで、小さな子供達が追いかけっこをして遊んでいたり、ポケモントレーナーらしき人がきせつポケモンのメブキジカにブラッシングしたりしている。
チェレンは自動販売機の近くにある水色のベンチに座ったので、男の子もチェレンに習い、隣に座った。
男の子はチェレンに何の用か。と問いを投げたがチェレンはただ黙っているのでどうしようか。と男の子が考えていた時、チェレンは口を開いた。
「アララギ博士のポケモン研究所で研究員のイズミさんにかなり嫌悪感を抱いていたからどうかしたのかい?」
「ああ、あの人ね。別に大した事じゃ無いよ。ただ単に笑顔が胡散臭いなと思っただけ。深い意味はない」
男の子はチェレンの洞察力の高さに驚いたが、すぐに何でもないように言う。
確かに研究員のイズミさんに嫌悪感を抱きはしたが、男の子自身も何故あそこまで嫌悪感を抱いたのか分からないので説明しようが無い。
チェレンは念を押すように本当に何もないのか。と聞いてきたが男の子は何でもないのだ。と言った。
男の子の反応にチェレンは少し眉を寄せたが深くは聞いてこなかった。
これ以上この話をしても仕方がないと判断したのだろう。
チェレンのそういう所が男の子は好きだった。
「・・・・・・話を変えるけれど、トウヤ。この頃変わった事とか無いのか?」
「変わった事ってどんな事だよ、チェレン。お前にしては歯切れの悪い質問だぞ」
何時も言いたい事は直球で言うチェレンらしくない質問だった。
いや、本当は今日会った時から様子が可笑しかった。
どことなく何かに悩んでいる様なそんな気がしたのだ。
「トウヤ」
そう呼ばれて男の子はチェレンを見たら、何かを決意した様な強い眼差しで男の子を見つめていた。
男の子の第六感が警報を鳴らしている。
・・・・・・・まさか。
体はトウヤだけど中身がトウヤじゃなく俺だとばれたのか。
男の子はそう思った。
チェレンが洞察力に長け、空気が読める奴だとは分かってはいたが、彼らの会話や日記等でほとんどトウヤと男の子の性格と変わり無い事を知ったので油断していたのが駄目だったのかもしれない。
どんなに似ていて変わり無いとは言え、双子の見分けが長年一緒にいた幼馴染には見抜けるように、何となく分かるモノだ。
男の子は背中に冷汗が流れるのを感じた。
そんな男の子の様子を知っているのかどうか分からないが、チェレンは話を続けようとする。
男の子は当然話を変えようと必死に考えるが良い案は思いつかない。
すると、視界に先に見慣れた姿が此方に走って来ているのが見えて、何時でも立って逃げれる様に準備する。
「トウヤ、君は、「おっはよう!トウヤ、チェレン!!!」
そう叫んでチェレンにタックルしたベルはそのまま姿勢を崩してベンチとキスをしたチェレンの上に勢いを殺さず乗る。
チェレンからカエルを握りつぶした様な声が聞こえたが男の子は無視する事にした。
ちなみに男の子はベルが見えた時にいつでも立って逃げられる様にしたからか、ベルのタックルに巻き込まれずに済んだ。
ベルはチェレンの上に乗っていると気づき慌ててチェレンの上からどいて謝った。
「ご、ごめん!チェレン!!わざ「知ってるよ。ワザとじゃ無いんだろ?」
奇跡的に割れていないメガネを直しながらチェレンはベルに言った。
その普通すぎる反応に男の子は先程とは違う種類の冷汗を掻いたが、ベルは気付かずにそうなの!と叫ぶ。
気づいてくれ、ベル。
今までの経験上この流れは危ないという事に。
男の子はそう思ったが、男の子のその思いはベルには届かず、ベルは色々弁解している。
男の子は自分の事では無いのに身の危険を感じ、この場から離れようと一歩下がったが遅かった。
「とりあえず、メンドーだけどベンチに正座で座ってくれないか」
今まで見たことの無い様な笑顔を浮かべて言ったチェレンの背後には禍々しい般若が鎮座している様に見えて、男の子は顔をひきつらせた。
当然本気で怒ったチェレンにベルが逆らえるはずもなく、顔を青くしながらも言われた通りにベンチに正座する。
チェレンはベルが正座をしたのを確認すると恐ろしい鬼の説教が始まった。
男の子は噴水の淵に座り、膝で寝ているピカチュウを撫でながら視線の先にいる水色のベンチに正座するベルを説教しているチェレンを見ながら、左腕に付けているライブキャスターの時計機能で時間を確認する。
今の時間は11時29分。
説教が始まったのを確認して時計を確認した時は10時13分。
つまり、1時間以上も説教している事になる。
男の子は4回ほどチェレンに反省している様だからそれぐらいにしろ。と言ったのだが、
「トウヤは黙ってて」
と笑顔で言われてしまってはどうにもならなかった。
ベルを助けたいが、男の子は我が身が可愛いため身の危険がある事には関わりたく無いのは変わってはいない。
通行人達はああ、またか。みたいな顔をして通り過ぎたり、今回は長いねえ。と男の子に話しかけてくれる人もいた。
話しかけてきた人にカノコタウンの名物ですからね。と冗談で言ったのだが、そうだな。と返された時はさすがに男の子でもどう反応すれば良いのか本気で悩んだ。
・・・・・・・・・・・この光景は日常茶飯事なのかと思うとトウヤはある意味で苦労人なのかもな。
と男の子は会った事も無いトウヤに同情的な思いを抱いたほどだ。
ほとぼりが冷めるまで大人しく見ていたのだが、いい加減にして欲しくなってきていたので、男の子はもう一度チェレンを説得しようと動いた時に起きてしまったピカチュウを腕に抱いて立ち上がったが、如何やら丁度説教が終わったらしくベルがしびれた膝を伸ばしている。
男の子はチェレンとベルに近づいた。
チェレンはもうスッキリした表情でいて、背後の般若は消えていた。
それに男の子は安堵し、話しかけた。
「やっと終わった?」
「嗚呼、ごめんトウヤ。待たせてしまって」
「いや、見てて飽きなかったから」
その言葉は本当だった。
チェレンは同じことを繰り返さず、ずっと喋り続けていたのは、はたから見ればそれなりに飽きなかった。
はたから見ればだが。
された本人であるベルにとっては地獄でしかなかっただろう。
「ねえ、お昼はみんなで食べない?この前、何時もの所で新しいメニューが出来てたんだ」
足をなるべく動かさない様にしながらベルは言った。
確かにもう昼時なため丁度良いだろう。と男の子は賛成し、チェレンも反対する理由はないらしく行くことになった。
その前にベルの足が自由に動けるまで暫くその場にとどまる事になったが。