e20.マテリアルズの1日
―side・シュテル―
皆さんはじめまして、シュテル・ザ・デストラクターです。
あの神を名乗る男性から使命を受けて転生してからまだ日は浅いですが、とりあえずこの小さな身体には慣れてきました。
最初は大変でした・・・この身体単体では飛行と念話とユニゾン以外の魔法は完全に無力なので。それに小さくなった分周りが広くなりすぎて、移動に手間取ったり。
まあ、そういうのとこんな身体で外に出ることは不可能なこともあって、私達マテリアルズは基本常に忌束キリヲ――私キリヲと呼んでいます――と一緒にいます。
タカマチ・ナノハ達に阻止された、砕け得ぬ闇のために今回転生を了承したのですが、しばらくお預けということになりそうです。
さて、朝です。
私達は小さすぎるために私達のベッドはありません。代わりに、バスケットの中にタオルを敷いた場所。そこが私達の現在の寝床です。意外と快適ですよ?ハンカチを掛け布団にしています。場所はキリヲの部屋です。
「ふぁ・・・」
私達の中では・・・というか、この部屋の中でも私が一番早起きです。続いてキリヲか王、最後は決まってレヴィという形です。
バスケットから出て、飛行魔法で部屋を飛びます。ちなみに、現在の私の服装は防護服ではなく、ノゾミ様が私達のために手作りしていただいた特製パジャマです。洋服とかも手作りしていただいて、ノゾミ様は本当に優しい方です。
少し眠気が残る、フラついた軌道を描きながら窓へと進みます。ちょっと眠気で危ないですが、私の日課です。
窓の元に辿り着き、閉まっているカーテンは私の力でどうにかできるものではないので、くぐっていきます。
そうしたら今までの暗い空間から一変。急な変化に少し眩しさも感じます。
「んぅっ・・・〜〜〜っ」
その明るさを前にして軽く伸びをする。
これが私の朝一番の日課です。これで眠気をスッキリさせます。
さて、眠気もスッキリしましたし、キリヲ達を起こすとしましょう。
身体の小ささに比例して、力も小さな私にとって、身体が大きなキリヲを起こすのは一苦労です。普通に起こそうとしても、まず無理です。
ですから、私は普通とは少し違う起こし方をします。
必要なのは、どんな家にもあるティッシュ。
それを一枚取り(その一枚を取るのも一苦労です)、そのティッシュの角を捻って尖らせます。
完成です。
これを持ってキリヲの顔に着地。
そして、キリヲの鼻の穴にティッシュの先端を向け・・・
「ほっ、はっ、とぅっ」
穴の中を突っつきます。
早い話、くしゃみを誘ってます。これが限界なんです。
くしゃみされて私が吹き飛ばされないように、いつでも離脱できる態勢をとってます。
・・・この無駄な駆け引きに、楽しいなんて思ってませんよ?思ってませんからね?
・・・!そろそろですね。
離脱します。
直後、キリヲが勢いよく起き上がってくしゃみしました。
無音の呪いを受けたというキリヲが、数少ない音を出す瞬間です。どうやら、声帯が動かなくなったのではなく、本当に呪いの一種みたいなのです。
ちなみに、あと音を出せる瞬間と言えば、ため息や欠伸・・・は未検証でした。とにかく、息と共に勝手に出てくる音は出るようです。
:おはようございます。キリヲ
私がそう書かれた紙を持ってキリヲの前に飛ぶと、キリヲはだるそうに頷きました。
さて、このくしゃみで王も起きたでしょうし、後はレヴィを起こしますか。レヴィったら、私と王の2人がかりでも起きるのがギリギリですからね。
さて、全員が起きて、朝食です。
私達マテリアルはプログラムなので、食事を必要としないのですが、ノゾミ様やキリヲのご好意でいただいております。
と、言っても、私達のサイズがサイズなので、米粒を数粒いただいただけでもう十分ですが。
今回は米粒2粒に、ふりかけの粉を数粒いただきました。
はむっ・・・このふりかけ、卵味なのですが・・・あむ・・・なかなかいけますね・・・モグモグ。
王も私と同じく2粒。しかし、レヴィはなんと私達の倍以上も食してます。その身体のどこに入るんですか・・・。
ごちそうさまでした。美味しかったです。今度、また別のふりかけでも食べてみたいですね。
さて、朝食も終わってキリヲは学校へ登校です。私達も、いつ出現するかわからないカニバルに備えてキリヲについていきます。
レヴィ、王はいつもキリヲ髪に潜り込みます。コートのフードのおかげでバレる心配は少ないですが、不安要素がないとは言い切れません。2人のストッパーとして、私もそこに潜り込みます。
・・・決して、意外とあったかいとか、髪の毛のフサフサが気持ちいいとか、そんなことは思ってませんからね。本当ですからね?
とにかく、出発です。
さて、授業ですが。
最初はレヴィや王も興味津々で見ていた授業も、その次の日から飽きたと言い出すようになりまして。
現在、私達はキリヲの机の中で筆談をしています。
案外広いです。適当な紙と、私達専用の特製鉛筆をもらって筆談したり、たまに机の中に入れられるプリントを解いてみたりします。
筆談をせずに個人で自由にしている時は、私はフードの中に戻って授業を見たりします。ちなみにレヴィは絵を書いたり王と共に遊んだり。王はレヴィの遊びに付き合う他は寝ることが多いです。
今国語のプリントの問題を解いているのですが、正直、文系はあまり得意ではありません。特に何文字以内に収めなさい、みたいな問題が苦手です。なので王に教えてもらいながら問題を解きます。
ちなみに、王は私とは逆に理系が、レヴィは全般的に苦手です。
王はともかく、レヴィには少し勉強を教えた方がよろしいでしょうか・・・。
昼食。キリヲは弁当を食しますが、米粒単体を持ち運ぶことができないため、私達はキリヲの弁当から少しだけ分けてもらっています。
前述の通り私達はプログラムですので、その気になれば昼食を抜きにすることぐらい可能な訳なのですが、「それはないだろう」というキリヲとノゾミ様のご好意により、こうして昼食もいただいています。
しかし、ここで問題となるのが、その昼食の確保です。
こんななりですので、誰かに見られてはなりません。だからと言って、キリヲに渡してもらっては、キリヲの行動を疑われてしまいます。
ですので、誰にも気づかれないように、昼食の米粒を手に入れる必要があるのです。
私達3人揃って、コートの袖口の中でスタンバイ。
レヴィと王に確認を取ります。後は、弁当を開いたらできるだけすぐに弁当箱の元に行って米粒を回収するのみ・・・。
しかし弁当の包みを開けるキリヲの手は、開ける前に止まりました。
直後、私達のいる袖口が急に揺れ出しました。
私達は袖に掴まって、なんとか振り落とされないようにしてますが・・・正直キツいです。
王がいち早く気づいてなければ・・・おそらく、外に飛び出されてしまいました。
外の方を見ると、袖口は床を向いていて、その床がスクロールされていきます。どうやら移動しているみたいです。
途中からスクロールしていく物体が階段に変わっていることを見ると、おそらくは屋上に向かっていると思われます。
キリヲが自ら屋上に向かうとは思えませんし・・・アリサ・バニングス辺りの人が屋上に引っ張り出そうとしているのでしょう。
ガチャリ、という扉の開く音。
そして、風や小鳥のさえずりの音が聞こえはじめました。
「キリヲを連れてきたわよー」
アリサの声が聞こえます。どうやら予想は当たりのようです。
しかし、困りましたね・・・・・・これでは、昼食を食べれません・・・。
すき焼き味・・・すき焼き味・・・!
ああ・・・このままでは、本当に食べることが・・・・・・!?
いつの間にかレヴィの姿がありません。まさか、我慢できずに飛び出してしまったと言うのですか・・・!?
・・・と、思ったらレヴィが先ほどの場所にいたままでした。
・・・・・・?
おかしいですね・・・確かにさっき、レヴィの姿はなかったのですが・・・・・・。
へ?
・・・・・・な、なんですか!?身体が、消えて・・・!
・・・って、そういえば。
なるほど、それは名案です。
というか、今までそれを利用してこなかったのが変でしたね。
キリヲもおそらくそのつもりでしょうから、次に消えた人が行くということで・・・・・・あ、王が消えました。
そう言い残して袖口から(多分)出て行った王。
お願いしますよ・・・!
少しして、ふりかけがついた米粒がこっちに来ました。
袖に入ってきたところで才能の効力も切れたみたいで、王が米粒を持つ形で姿を現しました。
私とレヴィは王から米粒を貰います。
ああ・・・すき焼き味の茶色い粉がついている・・・・・・はむっ・・・美味しいです・・・。
暴れないようにしてくださいよ、せっかくの昼食なのですから・・・・・・モグモグ。
それから何事もなく、今日の学校は終了し、キリヲが下校。私達もフードの中に入ってついていきます。
なにもない日には、キリヲはよく翠屋という喫茶店に足を運んでいたそうですが、最近それも控えているそうです。なんでも、夜天の管制人格に見せる顔がないため、遭遇するようなことは避けているとか・・・。
私達はキリヲの生活を神に見せていただきましたが、転生する前日からしか知りません。
ですが、その話を聞かせてもらった時のキリヲの表情・・・罪悪感に満ちたその表情が、何かを物語っていたのは確かです。おそらく、ナノハ達魔導師のみならず、誰に対しても避けるような行動を取る理由でもあるのでしょう・・・今日はアリサに無理やり連れていかれましたが。
家に帰ってからは、夕食とお風呂以外はほとんど自由です。キリヲの仕事があった時はついて行きますが、仕事があることが稀なので。
夕食にカレーが出たので、米粒につけて食べました。
夕食を終えたら、入浴です。
「「「ふぅ〜」」」
3人揃って息をつきます。
さすがに私達用の浴槽は作れないため、石鹸のケースが浴槽の代わりです。
そんな私達の前では、キリヲが身体を洗っています。
私達が入浴する時、キリヲも一緒に入ってもらってます。理由はいくつかあり、1つは一応の安全のため。
2つめは頭を私達の洗ってもらうため。私達では手が、頭に届かないんです・・・。
3つめ。ノゾミ様と一緒に入ったこともあるにはあるのですが・・・
まあ、なんて言いますか・・・理想の身体を現実にしたみたいですね、っていうことです。え?意味がわからない?嫉妬したと言ってるんです。あの完璧ボディに嫉妬したんですよええ。
どうせ、私は一生チビのままですよ。発育しませんよ。・・・鬱になってきました。
それで、4つめ。今現在私が見ているものです。
キリヲの体中にある傷痕・・・話では、今は亡き父親から受けた虐待の痕だと聞かされましたが、むごいものです。
そしてこの傷と共に刻まれた、理不尽への憎悪・・・初めて見た時、それを背負う彼の姿が、その、カッコよく見えまして・・・それから、できるだけそばで見ていたいとも思いまして・・・
ん、んんっ!と、とにかく、そういった理由があって、私はキリヲと一緒に入浴しているのです。レヴィや王については知りません。
ちなみに、キリヲは身体を洗う時には傷を痛めないようにこするものは使いません。手で石鹸を泡立てて、それで塗るようにして洗います。浴槽には入りません。
自分の身体を洗った後のキリヲに私達の髪を洗ってもらい、入浴終了です。
さて、最後は就寝となるのですが。
今日、ノゾミ様が私達のために模型の家を買ってきてくれたみたいなのです。
ノゾミ様・・・あなた、最高ですっ。
で、現在キリヲがその模型の家を組み立てています。
とりあえずベッドは先に組み立てられたので、今日からベッドで寝ることができます。
ですが問題なのは家の方。組み立てが大変そうです。
:何をもたもたしておる!
早く建てんか!
:早く家に済みたいよ〜!
急かす2人に拳骨を入れておきます。
:すみません。2人の言葉は気にしないでください
よかったら手伝いますか?
:気持ちは嬉しいけど、無理だろ
・・・そうでした。こんな身体じゃ、材料を運ぶことさえ大変ですね・・・。
:すみません
組み立てはおまかせしますけど、無理に今日作ってしまおうとは思わないでくださいね?
模型は本格的なもので、まず今日中に作り終えることはできないでしょう。しかし、キリヲならそれを徹夜してでもやりそうです。
返答はなし。果たして、言葉は届いているのでしょうか・・・?
ふぁ・・・・・・眠くなってきました。
レヴィや王もいつの間にか寝てしまってますし、私も寝ることにしましょう・・・。ああでも、しっかり見ておかないとキリヲが無理を・・・
あぁ、でも・・・無理・・・・・・。
気がつくと朝になっていて、模型の家は完成してました。
キリヲは当然と言うべきか、すごく眠そうで、目元には隈ができてしまってます・・・。
まったく、だから無理しないでくださいって書いたじゃありませんか。
でも・・・・・・ありがとうございます。
この家は、大切に使いますね。
さて、今日も1日が始まります。
―side・out―