e31.月の出る夜に
その日は、月が綺麗に出ている夜空だった。
ちょうどアリシア、プレシア、マテリアルズと晩御飯を食べ終え、プレシアは食器をいくつか持って洗うために台所へと向かう。プレシア1人で間に合わない分は俺やアリシアが運ぶ。今回は俺1人で済んだ。ちなみに、おふくろはいつもの仕事である。
そして、俺が台所の適当な場所に食器を置いた、ちょうどその時だった。
一瞬だけ感じ取った違和感。
すぐに横を見るとプレシアもそれを感じ取ったらしく自分の少し上を見上げている。
続いてマテリアル3人が出てきて、シュテルとレヴィが紙を持ち、ロードがその紙にマテリアル専用鉛筆で書き出した。
:ここから遠くない場所で結界が張られてる
予想通りとも言えることが書かれていた。
結界の発生・・・つまりどこかで誰かが戦闘を行っていることを示している。7時半を過ぎた今になのは達が模擬戦なんてのはおかしい。つまりその結界が、何らかの事件であることは明白だ。
俺はすぐにペンを取り出し、マテリアルズの持っている紙を取って書き込んでからプレシアに見せた。
:様子を見に行ってくる
その一文にプレシア頷き、了承の意を示した。
それを確認してから、俺は玄関へと直行し、家を出た。
場所は・・・南西方向か。遠くないっつっても、走ってすぐに着く距離ではないな・・・。
そこまでの結論に達すると、踵を返して玄関の扉を開く。
なんてこともない。ただ、飛ぶところを誰にめ見られることがないように、模写世界に場所を移すだけ。
さらに言えば、模写世界は現実世界とは違って結界は張られていない。模写世界を経由して、結界の内側に潜り込むことだって可能なのだ。
模写世界内でガーディアンを起動し、結界のある方向へと飛び立った。
―side・リインフォース―
今日はシャマルと共に少し足りなかった食材の買い足しに出かけていた。
途中で仕事帰りに買い物をしていたテスタロッサ、クロノ執務官と偶然会って、談笑しながら帰路に着こうとした、その時。
「・・・!!」
「結界・・・!?」
忽然と周囲の人が消えた。
結界の出現に、全員が臨戦態勢に切り替わる。防護服を展開、私を除く全員がデバイスを手にする。
何者だ・・・どこにいる・・・?
しばらく警戒していると、上空から見慣れた防護服――管理局武装隊のものだ――を身に纏った男性が降り立ってきた。
「クロノ執務官!フェイト執務官!!」
「どうした?この結界は何かあったのか?」
「海鳴市上空にてロストロギアの反応を確認!危険性が高いと思い、結界を展開しました!」
「ロストロギアが!?」
テスタロッサを始め全員が驚く。
危険性の高いロストロギア・・・速やかに確保しなければ・・・!
「いかんせん、私1人では確保が無理で・・・ですので、協力をお願いします!」
「わかった。案内を頼む」
「こっちです!早く――」
飛ぼうとする私達に、局員が急かして――
―――ガシッ
「―――お前の力を・・・よこせっ・・・!」
「なっ――!?」
突如として声の変わった局員が、クロノの顔面を掴んだ。
だが、それを認識できた頃には・・・
「ぐ、うああぁぁあぁぁぁっっ!!!」
響き渡る、クロノ執務官の断末魔。
そして――
―――ズルズルッ・・・
―――ドシャッ
軟体生物のように崩れ落ちるクロノ執務官。
局員・・・いや、局員“だった”男の手には、人型のパイ。
「お兄ちゃぁぁぁんっ!!」
「あ、あなたはっ!」
テスタロッサの絶叫。シャマルは驚きながらもその男に対して戦闘態勢をとる。
私もすぐに構える。
その男の姿はすでに、先の局員ではなかった。
ボサボサな黒い長髪、腹に埋め込まれたガラスケース。
「フェイト・テスタロッサ・・・シャマル・・・リインフォース・・・・・・力を寄越せ・・・!」
そして、私達を知るという、謎の存在。
奴が、再び現れた・・・!
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!」
パイを喰らった後、男は狂気的な叫び声を上げ、クロノ執務官のデバイス、S2Uを持って魔力弾を放ってくる!
「くっ!風よ、守って!」
シャマルが風の障壁を作り出し、魔力弾を防ぐ。
その間に私は男の側面に回り込み、正拳突きを放った。
私の正拳をくらい、男は吹き飛ぶ。
だが・・・今の一撃が効いたかと聞かれたら、否だ。
奴と戦ったことのある私達にはわかる。奴には、普通の攻撃は効かない。
「テスタロッサ、クロノ執務官を安全な場所へ!そして主達に応援を!」
「う、うん!」
テスタロッサに、今はすでにゴミ袋に入れられた状態であるクロノ執務官の避難と、主達への連絡を頼む。
攻撃が効かない相手だとわかっていても、引く訳にはいかない。逃がしてはならない。
捕食された私が、今はこうして何事もない状態に戻っている。他にも、ミッドで似た事例がありながらも、その被害者全員が元に戻っている。つまり、元に戻す方法があるのだ。今ここで、それを見つける他はない。
「力を・・・もっと力をぉぉぉぉっ!!」
「同じ相手に、二度も喰われるつもりはない!」
突進してきた男の腕をかわし、乱打を叩き込む。
そして周囲に紅い短剣を出現させ、狙いを奴の腹・・・ガラスケースに集中させる。
「ブラッディダガーッ!!」
ブラッディダガーが一斉に男の腹を襲う!
ダガーの1つ1つが確実に奴のガラスケースに命中する。・・・が、ガラスケースには傷の1つさえ入らない。
「ア゛ア゛ア゛ッ!!」
「くっ、ナイトメアッ!」
私に迫ろうとした手を、砲撃で本体ごと吹き飛ばす。
私と男の距離が離れたところで、テスタロッサがザンバーフォームのバルディッシュを手に男へ肉薄した。
「はああああっ!!」
テスタロッサの斬撃が何度も入る。
だが、何度攻撃を受けても、ケースに傷がつく様子は見えない。
どういうことだ・・・?なぜ、私達の攻撃が通じない・・・?
「クラールヴィント、縛って!」
「・・・封縛!」
ともかく、今はテスタロッサの援護が優先だ。
シャマルが魔力の糸で、そして私もバインドで男の動きを封じようとする。
さすがに捕縛はされたくないようで、男は飛び退いて避けた。
そこにテスタロッサが追撃にかかる。よし、奴の態勢が不安定な今なら、回避も防御魔法も使えない・・・!
「ギッ・・・デュランダル!!」
『スタートアップ』
「なっ!?」
男が叫ぶと、1枚のカードが白い杖に変化した。
しまった・・・クロノ執務官のデバイスは、S2Uだけではなかった・・・!
男はS2Uともう1つ、デュランダルをテスタロッサに向けている。
だが、今ならまだテスタロッサは回避が間に合うはず・・・!
そう思った矢先、テスタロッサが突如出現したバインドに捕まってしまった。
ディレイドバインドか・・・!
「テスタロッサ!今援護に――っ!?」
「きゃあ!?」
こっちにも、ディレイドバインドが!?
私達3人全員が拘束された状態。まずいっ・・・!
「ブレイズカノンッ・・・!!」
男の叫びとともに2つの杖から轟く閃光。
砲撃の嵐は至近距離にいるテスタロッサにら容赦の欠片もなく襲いかかる。
そして爆発の煙の中から、バインドが解けたのだろう・・・テスタロッサが弾き飛ばされて、壁に激突。そのまま、気を失ってしまった。
「テスタロッサちゃん!」
「くっ・・・この!」
シャマルが叫ぶ中、ようやく片腕のバインドが壊れる。
よし、片腕さえ使えれば、なんとか・・・!
「させるかっ・・・!」
「なっ・・・くぅっ!?」
「リインフォース!」
私が動く前に男が、大量のバインドで私の体中を雁字搦めにした。
なんてことだ・・・身動きが取れないっ・・・!
「ぐ、ぅ・・・!」
「力を・・・よこせぇっ・・・!」
奴の腕が伸びてくる。
だめだ・・・喰われるっ・・・!
あと僅かで奴の手に掴まれる、その瞬間。
「アロンダイトォォォッ!!」
その声と共に、男が砲撃によって吹き飛ばされた。
「ギャッ・・・!!」
吹き飛ばされた男が地面を転がっていく。
今の・・・砲撃は・・・!?
確認したいが、何重ものバインドに雁字搦めにされているため首すらも動かせない。
それでも動かそうとしていると目の前に三対の黒い翼を生やし、我が主の杖によく似たデバイスを手にした、少女が降り立ってきた。こちらに後ろを向けている。
そして彼女は、ゆっくりとこちらを向いた。
「我を葬った貴様等が、あの程度の塵芥に遅れを取るとは、随分なものだな!」
銀の髪に緑色の瞳。我が主によくにた甲冑を纏った、過去に私達が破壊したはずの存在。
闇の欠片・・・マテリアルの姿があった。
―side・out―
―少し前―
たった今結界内に入った俺とマテリアルズ。
入ったはいいんだが、向かう途中で思ったことなんだけどさ・・・
・・・どうしよう。
どうやったら、管理局組に顔がバレずにいけるんだろう。
いや、そもそも何が原因で結界が張られたのかもわからないんだけどさ。それってカニバルがいる可能性も否定できない訳で。
何が言いたいのかって言うと、もしそれに俺が入ることになったら、そのままだとバレる可能性、というか確実にバレるのである。
:という訳で会議したい
どうすればいいと思う?
マテリアルズに聞いてみる。
真っ先に手を上げ、意見を書いたのはレヴィだった。
:仮面をつける!
:ねぇよ
3秒で却下した。
:変身魔法はどうですか?
次に手を上げたのがシュテル。
うーん、変身魔法か・・・ちょっと待って。広域捜索・・・
・・・あ、だめだこりゃ。
:運が悪いことにクロノがいた
ストラグルバインドに捕まれば変身が剥げて乙る。
:人形はないのか?人形化で姿を変えればよかろう?
:人形もない
というか、乗り移った人形でお前らとユニゾンができるのか不安
ディアーチェの意見もあえなく却下。
・・・やべーな。行けねぇ。
・・・・・・ん、人形・・・?
待てよ、もしかしたら・・・。
:ディアーチェ、人形化について1つ実験をしたい
:実験とは、いかなるものだ?
:それはな――
で、こうなった。
どうなったって?
俺がディアーチェになって、アロンダイトでリインフォースを補食しようとしていたカニバルを吹っ飛ばした。
「お前は・・・!」
「フンッ、貴様はその惨めな姿のまま、ここで黙って見ればそれでよい」
驚いているリインフォースに、王様口調で言っておく。
現在、リインフォースは何重にもバインドで雁字搦めにされていた。隣にはリインフォース程に雁字搦めにされてはいないがバインドされているシャマル。
あとは・・・気を失っているフェイトに、少し離れた所にゴミ袋が1つ・・・クロノか。
普通の攻撃が効かない中で、結構頑張ってたみたいだな。
さて、状況を確認したところで長年使われないままだったこの才能、人形化についての解説をしよう。
人形化は、忌束キリヲ本体にある、俺の精神とか、言わば魂が離脱し、人形に憑依することによってその人形になる才能である。憑依した時にある程度大きさが変化し、変化は基本的に人形の元になった本物と同じ大きさまで。人形化を使用している間は他の才能が使用できず、魂を失った本体の生命維持能力が著しく低下する。だいたい保って15分。
ちなみに人形化している間だけ、身体は別物となるために声を発することができるし、耳も聞こえる。無音の呪いは身体に影響を及ぼす呪いなのだ。
さて、ここで問題となるのが、人形化に使われる物体が、人形と呼ぶことのできる基準である。
人形化に適応する人形は今まで俺が知ってる中では、
・無機物であること
・人型の物体であること
これが条件として確認されている。
では、マテリアルズは?
マテリアルズは闇の書の断片データであり、元はプログラム――つまり無機物である。そして知っての通り人型でもある。条件は2つとも問題がない。
だが、1つ不安要素が。
これは夜天の書の守護騎士達にも言えることなのだが、彼女らには意思や精神・魂が存在する。つまり魂のある器に、俺の魂が入るのかどうかだ。
こればかりは試したことがない。よって、賭けでもあった。
で、結果は成功。俺はディアーチェに憑依して、闇の欠片事件当時のディアーチェとして、クロノを捕喰しようとしたカニバルを砲撃で吹っ飛ばしたということだ。
まあ、これの難点もあるんだがな・・・。
ちょっ、馬鹿!勝手に動くな!!
ええ、ディアーチェという元からある魂のせいで、精神はディアーチェと共有という形になり動くのがややこしくなっているのである。もう、俺が動こうとしてない時にディアーチェが勝手に動かしやがるのである。
どうやらこんな人形化をしている間は感情なども共有するみたいで、それによって現在互いに思考の中で喧嘩になっている。
だーもうっ!カニバルを潰して、管理局から逃げ切ってから好き勝手動かせばいいだろが!それまでこっちの言うこと聞け!
俺の本体が保てばな。
別に。早く済ませばいいんだから。
・・・おっと、時間をかけ過ぎてたか。カニバルが起き上がっている。
クロノのデバイス2本を持ちか・・・。
デバイスを複数同時に運用すれば、魔力が多く削れる代わりに魔法の多重運用とかができる。フェイトやリインフォースは、それの餌食になってしまったんだろう。
さて、やりますか。
「所詮貴様等に奴の相手などできぬ。ここで我の力をしかと見るがいい」
自由に飢えてるんだねアンタ。
今度笛を使って願いを叶えてやろうか。
「邪魔・・・するなぁぁぁぁぁっ!!」
「王はそんな小賢しい真似などせぬ・・・貴様が我が道の邪魔をしているのだ!」
この喋り方、あんまり好かないんだが。まあ、あまり時間がないために実験で使ったディアーチェのまま来たんだし、仕方ないか。
それとさ、ディアーチェ。何勝手に動いてんの?何勝手に魔導書の頁捲ってんの?
「闇統べる、我の力を見せてやろう!出でよ、闇の騎士達よ!!」
ゑ?
ディアーチェが勝手に魔法を発動し、夜天の書、いや闇の書か?紫バージョンの魔導書の頁をバラバラ捲ってく。
そして周囲を光が包み――
「ふはははは!さあゆけい!カニバルに隙を与えるな!!」
どこか色が違う、ヴォルケンリッターとリインフォースが現れ、カニバルとの戦闘を始めた。
って、2Pカラーバージョンッ!?
何、ディアーチェお前、こんなチートじみた力を持ってたの!?
「ええ!?わ、私がもう1人!?」
「これは・・・あの時の断片データ・・・!?」
シャマルとリインフォースが驚いてるし。
あ、ザフィーラの蹴りがカニバルの顔面に直撃した。あれはいてーぞ。
なにそのチート。
まあおかげで、3機の中では一番に躍り出ることができるか・・・他力本願な意味で。
そうしている間にも、カニバルは闇の騎士達5人による、まさにリンチを受けている。なんだか見ててかわいそうに見えてきた。あー、闇ヴィータのラケーテンハンマー食らって吹っ飛んだし。
てかディアーチェ、何お前も魔法陣展開してんの?
それ、ただ見せ場が欲しいだけだろ。
「闇の騎士達よ、下がれ!」
おい、無視か。
しかもこの魔法は・・・ええ、エクスカリバーですありがとうございました。
「クククッ、絶望に足掻け塵芥・・・!エクスカリバーッッ!!!」
極太の砲撃に飲み込まれるカニバル。もう、なんか申し訳ない気持ちでいっぱいだ・・・。
砲撃が終わり、カニバルは見るまでもなく浄化されていた。いや、これは浄化と言えるんだろうか。ただのリンチの末の殺害にしか見えなかった。
後ろの2人もあまりの惨状に唖然としてるし。
返せ。ついさっきまで上がっていた俺とカニバルのボルテージを返せ。
「ふふん、永劫の闇に沈むがいい」
えらく上機嫌だなお前。
「うっ・・・ここは・・・?・・・お前は・・・!」
あ、クロノ元に戻ったんだ。
発動主のカニバルが潰れたことにより、リインフォースもシャマルも拘束は解除されている。
・・・さて、と・・・・・・。
ディアーチェ、お前少し引っ込んでてくれ。身体の操作を俺に任せてほしい。
そうは言ってない。
ただ・・・話はつけておきたいんだ。
・・・わりぃ。
ディアーチェが引っ込んだのを確認して、俺は踵を返す。
そして歩き出す。帰ろうとしている訳ではなく、そう見せているだけ。アイツは、確実に食いついてくる。
「待て!」
はい当たり。
足を止め、顔だけを後ろに向ける。
リインフォースがこちらを向いている。隣ではシャマルが、後ろからはクロノが見守っている。これも予想通り。自分の断片、自分の闇を目の前にして、本人が前に出ないはずがない。
これで、俺は彼女と話すことができる。
俺が彼女と話す目的はただ1つ。
彼女から俺に対しての罪の意識をなくすため。贖罪は必要ないと説得するため。
今の俺には声がある。その声で、リインフォースを解放する・・・!
―――その声が、1つの大きな悲劇を引き起こすことになるのを、この時はまだ知らなかった。