e32.声という凶器が動く
「なんだ?我は貴様等に構っている暇などない」
第一声。俺はわざとそう突っぱねる。
目的があるとは言え、無理にその話に持っていくと不審がられるからだ。
ディアーチェには普通の人形とは違って発声器官がちゃんとあるため、声はディアーチェのまま。しかし、俺が操作する分口調にはちゃんと気をつけなければならない。
「それは、もう一度砕け得ぬ闇を復活させるためか?それとも・・・」
「そんなの我の勝手だ。貴様等に教える道理などないわ」
リインフォースの問いの途中で返す。
答えははっきりと言ってNOだが、できるだけ感づかれるような答え方はしないに越したことはない。
「ただ、そこ転がっている奴・・・カニバルが我にとって邪魔なだけ。邪魔な塵芥を潰しているだけだ」
「カニバル・・・お前達は、コイツのことを知ってるのか?」
今度はクロノが尋ねてきた。
・・・どうやら、浄化した後のカニバルはただの死体に戻るみたいだな。仮にそのまま残れば以前ミッドで狩った1体から調べてるはず・・・いや、それでも俺達が貴重な情報源になるか。達って言葉は、シュテルやレヴィのことを言ってるんだろう。
そうだな・・・。
「・・・全部知っている。奴の力も、目的も、欲するものも・・・・・・としたら、どうする?」
挑発的に言ってみる。
さあ・・・どう出る・・・?
「・・・吐いてもらうぞ。その全部を」
・・・そう来るだろうな。
クロノを最初に、戦闘態勢に入る。情報源として確保する気満々だ。
だが、俺が確認したいのは・・・。
「断る。さっきも言ったが、貴様等に教える道理などない」
言って、俺は再び歩き出す。
さあ・・・来い!
「逃がさない!」
リインフォースの声・・・それと魔法陣の展開音。
「フンッ・・・ぬるいわっ!!」
「なっ!」
6倍強化されている身体能力を使い、クロノのバインド、シャマルが飛ばしてきたクラールヴィントのコア、そしてリインフォースの拳を順に回避。
クロノとシャマルにはエルシニアダガーで牽制し、リインフォースは書による吸収、放出で壁際まで吹っ飛ばす。
そしてリインフォースに接近しエルシニアクロイツの剣十字部分を、突きつける。
「今の我に、適う者などなし!」
「くっ・・・!」
「リインフォース!」
偉そうに言ってる俺だけど、ホントに今、月が出ている夜だけである。それ以外だったら勝てる自信がない。
それはいいとして、これで確信した。
そろそろ・・・ふっかけるか・・・。
「それにしても、随分動きが悪いな、夜天の融合騎・・・初動が遅れた上に、迷いが見えるぞ」
「そんなこと・・・!」
「迷いと言うよりは、ただ集中ができていないだけか。己の罪のことでも考えておったか?」
「っ!なぜ・・・!」
やはり、な・・・。
「我と貴様は元は1つ。貴様の甘い思考など手に取るようにわかる」
本当は当事者だからなんだけどな・・・。
・・・リインフォースは、間違いなく自分自身に迷いがある。アイツは、自分のせいで俺が不幸になったと思い込んでいるんだろう。
・・・それにしても、この性格を演じるのはどうも好かないな。さすがに、ディアーチェで試した後シュテルに乗り換えるべきだったか。レヴィ?アイツはアホの子だからだめだ。
それはいいとして、だ・・・リインフォース、お前はもういい。罪を感じる必要なんてないんだ・・・。
「そのように罪を感じて、それで動けなくなるのなら、罪など忘れよ。そして、その自由の悦楽に溺れればよい」
「っ・・・そういう訳には、いかない・・・!私は大きな罪を犯した・・・それを償わなければ・・・!」
「罪を犯し、災いをもたらしたのはヴォルケンリッターと我ら闇の書の闇。貴様は何の関係もなかろう?」
「それでも・・・私は・・・!」
「・・・?」
・・・やべぇな。そろそろ他の奴らが感づいてきてやがる・・・。まあ、執務官に参謀、気づかれない方が変か・・・。
俺はエルシニアクロイツを降ろし、1歩引いてリインフォースに背を向けた。
「・・・フンッ、まあよい。どう思おうが貴様の勝手。だが、所詮貴様の償いなど意味もないということは覚えておけ」
そう言って、俺は歩き出す。
「ま、待て・・・!」
そしたら後ろから、リインフォースの声が聞こえて・・・。
「来るなっ!!」
俺は、振り向きざまに魔力の短剣を飛ばした。
叫びと共に発射された短剣は、俺とリインフォースの間の地面に突き刺さる。
リインフォースの足は、俺の叫びで止まっていた。
他の魔導師達も、俺の叫びに驚いている。
・・・ああ、冷静になれよ、俺。
何やってんだよ、こんな激情したら、別人だって感づかれるだろうが。
「・・・いいだろう」
もっと演じろ。
「もっとはっきり言った方がいいと言うのなら、言ってやる・・・!」
ディアーチェになりきれ。
コイツらの敵だった頃のディアーチェを再現するんだ。
俺は大罪人だ。
今更、リインフォースに合わせる顔なんて本当は持ってないんだよ。
「所詮―――」
だから。
演じろ。
「貴様にっ―――」
俺は、敵。コイツらの、リインフォースの敵だ。
そして、リインフォースは・・・
俺のっ―――!
「―――呪われた魔導書である貴様に、償えるものなど何もないわっ!!」
――――あ。
何・・・考えてんだよ、俺。
何言ってんだ俺。
ただ、話しておきたかっただけだろ?
あの時のことは罪だと考えなくていいって。
俺への贖罪なんて必要ないって。
なのに・・・なんで、俺はリインフォースのことを“敵”だと思ってんだよ。
なんで、こんなこと言って、リインフォースを罵ってるんだよ。
なんで―――
「―――――っ」
―――リインフォースを、泣かせちまってるんだよっ・・・!?
なんで俺は、助けた奴を不幸のどん底に突き落としてんだよ・・・!
馬鹿野郎っ・・・俺の大馬鹿野郎っ・・・っ!!
「ぐっ、うぅっ・・・!」
・・・なんだ、寒いっ・・・!?視界が黒くなるっ・・・!
まるで、自分の中の何かが、俺の精神を喰い裂いて出てくるみたいだっ・・・!
喰われる・・・真っ黒な何かに飲み込まれるっ・・・!!
だめだ・・・逃げないと・・・・・・もっと、安全な場所にっ・・・!
「くっ・・・!」
走り出す。1つだけ開け放っている、模写世界に繋がる扉へ。
月夜なのに、身体能力は6倍のはずなのに、身体が重い。まるで全身が鉛でできてるみたいだ。
「待てっ!!」
クロノの声が、酷く遠く聞こえる。
けど振り向いて実際には、魔力弾は目の前まで迫っていて。
「あ―――」
俺は何もできず、呆けたまま―――
どこか色が違うザフィーラに守られた。
よく見ると他にも、赤色が濃いシグナムがクロノに紫電一閃を仕掛け、オレンジ色のヴィータがシャマルに向けてアイゼンを振りかぶっている。
・・・ああ、そうか。ディアーチェが呼び出した騎士、まだ呼び出されたままだったな。
そして俺は、薄い色の甲冑を纏ったリインフォースに抱きかかえられ、この場から下げられる。
俺を抱く“管制人格”は、真っ直ぐ模写世界への扉へと飛んでいく。
ふと、自分の手を見る。
黒い斑点がついた手。才能が悪性化し影(シャドー)に汚染されていることを表す黒く染まった手があった。
俺はその手で、自分の頭を掻きむしる。
強く強く。出血しそうなぐらいに掻きむしる。
どうしてこうなったとは、もう思わなかった。
そんなこと、答えなんて1つしかありえない。
全部、俺のせいだ。
俺が彼女の思いを、心を折ったんだ。
流れた透明な涙が、甲冑にできた黒い斑点の上に落ちた。