e33.後悔先に立たず
模写世界を利用してなんとか逃げ切り、家に到着。当然、俺の魂は本体に戻っていて、闇の騎士達は召喚を解除したため今はいない。
影(シャドー)化はまだ続いている。辺りが夜であること以上に暗く、暑くなり始める頃だというのに寒い。身体が鉛のように重い。黒い斑点の侵食も、抑えようとしているのだが進んでいる。
ふらっふらな足取りで、玄関の扉を開ける。
そして壁にもたれかかる。動く気力が、なくなってきている。
『キリヲお兄ちゃん!?どうしたの!?』
・・・ああ、アリシアか・・・・・・。
・・・だめだ。視界が暗くて狭くて、顔を見るのが精一杯だ・・・。
『と、とりあえず入ろ!お母さん、なんとかしてくれるかな・・・?』
アリシアに腕(だと思う)を引かれ、居間へと連れられる。
非常に短い距離であるはずなのに、俺にはかなり長いように感じられた。
居間に入ると、アリシアと同じく俺を見てプレシアが驚愕していた。
『キリヲ!?・・・アリシア、とりあえずキリヲをソファに寝かせてっ』
だが、さすがは大人と言うべきか、すぐに落ち着いてアリシアに指示を出した。
アリシアはプレシアの言う通りに俺をソファへと引っ張る。
そして俺はソファの上で横になる。
『しっかりしてよキリ!』
目の前に来て俺に呼びかけるレヴィ・・・・・・悪いが、これはあまり耐えきれるもんじゃねーな・・・まあ、俺の自業自得なんだがな・・・。
それから視線をいくらか動かして、考え込んでいるプレシアを見つけた。狭まった視界ギリギリに、シュテルとディアーチェの姿も見える。影(シャドー)化について説明してるようだ。
『参ったわね・・・私は医療系の魔法に詳しくないし・・・・・・リニスがいたら、少しは・・・』
リニス・・・誰だったっけ、そいつ・・・・・・どうでもいいか・・・。
それより、今どうすればいいのかだ・・・影(シャドー)化は気の病みたいなもん。俺の気の強さ次第ってところか。
気を強く保て、か・・・。
・・・・・・。
・・・このまま影(シャドー)になって、消えちまえば・・・・・・リインフォースは俺への贖罪をする必要がなくなる・・・彼女を解放させることができるかもしれないな・・・。
言ったろ、自分でも・・・・・・俺は大罪人だって。もう、アイツに合わせる顔なんて今更ないんだって。俺は、そんな存在のはずだ。
狭い視界が黒くなっていく・・・・・・
・・・?
何かが俺を揺らしてる・・・誰だ?
・・・・・・アリシア?
『キリヲお兄ちゃん!キリヲお兄ちゃん!!』
『キリヲ!しっかりしてください!!』
『キリ、死んじゃやだよぉ!』
『起きんか、この・・・大馬鹿者!!』
目に涙を浮かべて俺に呼びかけるアリシア・・・シュテルに、レヴィ、ディアーチェも・・・。
視界を動かす・・・回復魔法が不得意だとか言いながらも、それを使おうとするプレシア・・・。
・・・ああ、そうか。
俺は・・・こんなになっても、消えることも許されないのか・・・。
なんでこうなったんだろうなぁ・・・俺はどこで、選択を間違えたんだ?
俺は一体、どうすればいいって言うんだ?
―――俺ハ一体、どウなるんダよ?
―side・なのは―
結界があった場所で、泣き崩れていたリインフォースさんと、気絶していたフェイトちゃん、怪我をしていたシャマルさんにクロノ君、そして、前にも見たガラスケースを腹に埋め込んだ男――クロノ君が言うにはカニバルと言うらしい――の遺体をアースラに運んだ。
そして今、まだ起きないフェイトちゃん、未だに精神的に何かしらの問題が起きているリインフォースさん、リインフォースさんを落ち着かせるためにそばについたシャマルさん、そしてなぜかいない拓也君を除くアースラメンバー全員、会議室でシャマルさんから借りたクラールヴィントで結界内で起きていたことを記録した映像を見ている。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!』
局員に化けてクロノ君に奇襲を掛けた男――カニバル。
けれど、3対1。リインフォースさん側の有利だと思っていた。
『ブレイズカノンッ・・・!!』
だけどカニバルの力は強大で、リインフォースさん達の攻撃が全く効かず、フェイトちゃんは墜ち、リインフォースさんとシャマルさんが捕縛され、圧倒的に不利になる。
『我を葬った貴様等が、あの程度の塵芥に遅れを取るとは、随分なものだな!』
その時に現れた、はやてちゃんそっくりの姿をした闇の欠片、マテリアル。
守護騎士のコピー・・・闇の欠片達を呼び出し、自身の力も合わせてカニバルを圧倒。
そして・・・。
『―――呪われた魔導書である貴様に、償えるものなど何もないわっ!!』
「・・・・・・っ!」
・・・リインフォースさんに対する、罵倒。
映像内の言葉を聞いた瞬間に、私を含めるみんなの表情が険しくなる。
その言葉にリインフォースさんが、力を失ったように崩れ落ちて、それから突然、マテリアルが逃げ出す。
クロノ君の追撃を闇の欠片達が妨害、それから戦闘が始まる。
途中、突然闇の欠片達が消え去って、それで映像が終わる。後は、私達が駆けつけてから後の話なのだろう。
映像が終わって、しばらくの間静かになる。
「闇の欠片の復活か・・・」
「こちら側が得たものは、奴・・・カニバルという名前と、マテリアルがカニバルについて、対処法を知っている、というところか」
シグナムさんがその沈黙を破り、それに続いてクロノ君が言う。
「けど・・・リインフォースに対してあの言葉は許せへん!リインフォースも、一生懸命に償おうとしてるのにっ・・・!」
「そうだよ!なのにコイツったら!」
怒りで声を震わせるはやてちゃんとフィオ。はやてちゃんだけじゃなく、ヴィータちゃんやシグナムさんも怒りで表情を歪めているのがわかる。
確かに、あのマテリアルの言葉には納得できない。
けれど、それでもこの子について何か違和感がある。
「けど、妙だよね。クロノ君を助けたり、突然の逃走、それにリインフォースさんとの会話も」
「ああ、それらは僕も変だと思った。それで、これを見てくれ」
言ってみると、クロノ君も同じ考えだったらしくて頷いた後、映像をいくらか巻き戻した。
そして止まったところが、マテリアルがリインフォースさんを罵倒した後、急に寒さに耐えようとするかのように身を縮こませたところだった。
クロノ君がその画像を拡大する。
拡大されたのは、マテリアルの腕辺り・・・・・・?
・・・なにこれ、この、甲冑ついてる黒い斑点みたいなのは・・・?
「クロノ君、この黒い斑点みたいなのは何?」
「僕にもわからない。この斑点が、この時から彼女の所々、彼女の皮膚にもついているんだ」
そう言ってクロノ君は次々と新たなモニターを展開する。
モニターはどれもマテリアルの拡大画面で、腕や脚、顔など色んな場所を映している。共通して、黒い斑点が見える。
「何かによって侵食されてるみたいだが・・・このような現象、守護騎士にあったりするのか?」
「いや、ないな」
「蒐集の時も現在も、このようになったことは一度もない」
クロノ君の問いに、シグナムさんとザフィーラさんが答えた。
うーん・・・一体どういうことなんだろ?
―――バンッ!
その時、ヴィータちゃんが机を叩いた。
「そんなことはどーでもいいっ・・・ぶっ飛ばして捕まえた後で、全部吐かせてやる!」
「確かに、そうでしょうね。それでは、皆さんにマテリアル確保の任務を言い渡します。他のマテリアルがいる可能性もあるので、その点には注意すること」
「はい!」
リンディさんの指令に返事をする。
・・・ところで。
「クロノ君、そういえば拓也君はどこに行ってるの?」
「ん・・・ああ、カニバルの遺体がある霊安室だよ。カニバルについて、詳しく見てみたいそうだ」
そっか。でも詳しく見たいって、何か心当たりでもあるのかな。
―side・out―
―side・拓也―
俺は今、霊安室にて眠ったようにある、カニバルとやらの死体を見ている。
カニバルの腹にはガラスが砕けたケースがある。顔はツギハギだらけで、歯も人工的に固定されている状態だ。
だがそれでも、この顔は間違いない。
―――ガンッ!
「チッ・・・!」
この部屋には俺以外誰もいないのをいいことに、俺はカニバルを乗せている台を蹴った。遅れて足にじわりと跳ね返った痛みが伝わってくるが、そんなのどうでもいい。
忌々しいっ・・・こんな地味で華のない下品な顔・・・忘れた頃に見る羽目になるとはっ・・・!
コイツは間違いない・・・転生前の俺だ。
なんでこんな奴、いや、こんなものがここにある・・・!
クソッ、クソッ、クソッ・・・!
今の自分からしたら、こんな前世はもう汚点でしかない。地味でオタク、見ていて気持ち悪い。
台を蹴りつける事に苛立ちが増していって、音も大きくなっていく。
そして蹴るのをやめ、もう一度だけカニバルの顔を見て舌打ちする。
どこの誰がやったのかわからないが、これは俺に対する侮辱だ。
許さねえ・・・そいつに会ったら、生きていたことを後悔するような地獄を見せて殺してやるっ・・・!
「じゃあな、クズな前世」
吐き捨てるように言い、俺はこの部屋から出た。
―side・out―