e51.お前、0点
―side・三人称―
キリヲが開いた右手を拓也に見せ、右手に何も仕込んでいないことを確認させる。
キリヲと拓也でのコイントス3回勝負の1回目。キリヲが投げで拓也が当て。
拓也が確認を終えるとキリヲは人差し指の腹に親指の爪を当て、残りの指は握るように丸める。そして人差し指と親指でできた台に、キリヲが用意したゲーセンコインを乗せる。表を向いているコインは一面が真っ黒に塗り潰されている。
コインを投げる用意ができたキリヲは拓也に視線を向ける。視線が、準備完了だと告げる。
(バカめっ!甘っ!大甘っ!)
キリヲの視線を受けた拓也が、ニタリとほくそ笑んだ。
(魔法戦じゃ勝てないから、勝率が2分の1になるコイントスで勝負をつけようとしたみたいだが、てめぇは甘過ぎるんだよ!でけぇ抜け穴を残してるぜ!)
キリヲが、コインを弾いた。
空中で回転するコインを見上げる拓也は、その笑みを隠そうとしない。
拓也が言う、大きな抜け穴。
それは――
(イカサマを防ぐルールをいくつか言ってたが、俺達にとって当然な『魔法の使用禁止』のルールを敷いてないっ!)
知っての通り、魔法には様々な種類のものがある。
相手に直接攻撃をする魔法だったり、相手からの攻撃を防いだり、相手の動きを封じる魔法、特定のものを閉じ込める魔法、特定のものを探す魔法・・・用途だけでも非常に種類が多い。
そしてその中に、このコイントスで必ず当たりになるような魔法も、存在する。
透視魔法。
その名の通り、物を透視できるようにする魔法である。
透視とはものを透かして見ることであり、透視をする魔法には2つのパターンが存在する。
1つは、遮蔽物を透明化させる方法。
物質を直接透明化させるこの方法は、正確には幻術魔法である。しかしこの方法では相手にもバレてしまう他、そもそも中身まで透明化されてしまうため透視としては使われない。
そしてもう1つ。術者の眼に透視能力を付加する方法。
強化魔法であるこちらは、技術がいるが相手にもバレずに透視ができる。勿論、魔法の発動がバレてはいけないというのはどちらにもあるのだが、ほぼ確実にイカサマが可能なのである。
そして、キリヲの左手の甲と右手の平に、コインが挟まれた。
「さ・・・どっちだ?」
(ま、一瞬だ・・・長々と使い続けたらバレるかもしれない。だから一瞬・・・!)
キリヲの問いをほぼ無視して、拓也はコインを挟む手を凝視する。
魔法の発動がバレれば元も子もないので、一瞬。
しかし、その一瞬さえ通ればいいのだ。なぜならコインの面は白か黒か、それを見分けるだけでいいのだから。
(クククッ・・・見える、見えるぞ・・・白か、黒か・・・!)
己の眼に魔力を集中させる。
すると拓也の視界ではキリヲの右手が透けていき、コインの姿が露わになっていった。
コインは・・・何1つ塗られてなかった。
(見えたっ・・・!)
拓也はすぐに眼への魔力集中を止めた。
見えた事実さえわかればいい。これで、答えは確定的なのだから。
「ククッ、白!俺は白を選ぶぜ!」
「・・・・・・」
キリヲが右手をどかす。左手の甲に置かれた、何も塗り潰されていないコインが現れた。
それを見て、また拓也が笑う。
「クククッ・・・!まずは1勝・・・1対0!」
「・・・・・・」
キリヲは何も言わない。
ただ黙って、己の手の甲に乗っているコインを見つめている。
「どうだよ、なんか言ってみろよ!・・・まぁ、言えないよな。あと1回、負ければそれで終わりだもんなぁ・・・!」
「・・・・・・」
「なんだよ、怖じ気づいたのか?お前が提案した勝負だぜ?自業自得じゃないか・・・!」
「・・・・・・」
どれだけ言われようとキリヲは何も言わずに黙っている。
そしてキリヲは静かに右手でコインを取り、拓也に向けて山なりに投げた。
山なりの軌道を描いたコインは簡単に、拓也にキャッチされる。
「次、投げろよ。投げる前に投げる方の手を見せな」
「チッ・・・わかったよ」
何も反応しないキリヲの態度に不機嫌になりつつ、拓也は渋々と右手を見せた。
キリヲが確認を終えて、拓也はコインを投げる準備をする。
「お前、わかってんだろうな?ここでお前がミスれば、それでお前は終わりなんだぞ?」
「それぐらいわかってる。とっととやれ」
「カッコつけやがって・・・・・・いくぞ!」
拓也がコインを弾いた。
高速で回転しながら宙を舞うコイン。
そしてそのコインが、拓也の左手の甲と右手の平に挟まれた。
「さあ、どっち「白」・・・・・・は?」
「白・・・なんじゃないか?」
即答したキリヲ。
これには拓也も気味の悪さを覚えた。
(なんだコイツ・・・透視魔法を使った気配もない・・・いや、大体透視魔法が使えるなら、魔法の使用禁止を口にするはずだ)
そう、透視魔法を知っているのなら、魔法禁止を真っ先にルールとして述べるはず。だがキリヲはそれを行わなかった。つまり、透視魔法は知らないはずなのだ。
(一体何を考えてる・・・?・・・いや、もう諦めたのか・・・)
訝しげに思いながらも、拓也は右手を離した。
キリヲの宣言通り、コインは白であった。
「チッ、運のいい奴め・・・ほらよっ!」
舌打ちしながら、拓也はキリヲにコインを投げつけた。
キリヲはそのコインを左手で難なくキャッチする。
(まあ、結局は俺が勝つんだよ!超越者である俺がな!)
拓也にとって、勝ちはもう確定的だった。
次は拓也が当てる番。どちらになろうとも、透視してしまうのだから問題ないのだ。
キリヲが再度右手を確認させ、準備し・・・そして、投げた。
宙を高速回転するコイン。キリヲはただそのコインを見続ける。
そして、挟む。
一瞬だけ、その場を静寂が支配した。
「・・・さて」
静寂を破ったのはキリヲだでた。
「お前は・・・見破れたか?」
静かに、そう問うた。
対して、拓也は。
もうすでに、透視をし終えて、魔法の発動をやめていた。
「ククッ・・・ああ、見破ったさ・・・!」
自身の勝利を確信し、拓也は笑っていた。
そしてその答えは・・・
「白・・・!今回も白だ!」
白。それが、拓也が見た答えだった。
キリヲはその言葉を聞き、ふぅっと息を吐いた。
「白・・・もしこれがそうなら、今から言うのは遺言になるんだろうな」
「なんだよ。なんでも言ってみろよ」
キリヲは重なった両手に視線を固定したまま、口を動かした。
「昨日のお前の採点、少し訂正しようと思う」
「クク・・・そうだろ・・・!俺があんな点数な訳が・・・赤点な訳がない!俺は超越者であり、天才「0点だ」・・・・・・あ?」
「神崎拓也・・・お前、0点。運に頼りすぎ・・・」
「はぁ?」
0点。そして運に頼りすぎ。
全く持って拓也には意味がわからなかった。
「どういうことだよそりゃあ?そもそも、コイントスなんて運次第・・・」
「お前は俺が作ってやった抜け道に気づいた。が、気づいてから考えるのをやめた。だから0点」
「はぁ?意味がわかんねぇよっ!」
反論しようとして逆に突きつけられた言葉。それに拓也は訳がわからなくなっていた。
(お前が、“作ってやった”だと?どういうことなんだよ!?)
「お前は、優秀すぎるんだよ。優秀すぎるから、考えるのをやめる。力を振るうだけで勝てるから、勝つ方法を思いつけばそれまで。他を考えない。・・・お前は今まで、そうやってお前が勝てるギャンブルに勝ってきたんだろ」
視線を変えず、手に固定したまま語り続ける。
下を向いていることで、前髪が垂れて目元が少し隠れ、声が低くなる。それは、何とも言えない薄気味悪さを醸していた。
「・・・何訳のわかんねぇことを言ってんだ!さっさと開けろよ!」
その薄気味悪さに耐えられず、拓也が吼えた。
結構な怒声だったのにも関わらず、まるで聞こえてないかのように、キリヲは動じなかった。
「・・・考えるのをやめ、敵を調べず、相手を疑わず、戦いが始まる前から、結果が出る前から勝利を確定させ、喜び回る」
ついに、キリヲの右手が動き出した。
ゆっくりと持ち上げられ、左手の甲に乗せられたコインが姿を現す。
「互いに本気を出す、ガチのギャンブルでは・・・そんな奴に―――」
露わとなった、コインは―――
「―――勝つ権利が、与えられる訳がない」
一面、真っ黒に染まっていた。