e55.怪談は恐怖の煽り方が大事
結局のところ、手を繋ぐまで発展することはなく。
時はすぎ、辺りは真っ暗な真夜中。アリシアを始めとするよい子は普通はもう寝ている時間帯。
時間が進みすぎ?温泉はどうした?残念ながら、俺は古傷の関係上シャワーを浴びたらとっとと出る必要がある。なので描写を書くだけ無駄だ。
それはいいとして、その真夜中、もう寝るべきアリシア達小学生組も含め、全員が集まって輪を形成していた。全員、芝生の上に座っている。
ある者は固唾を飲み、ある者は恐怖を抗うために隣にいる者の腕を抱く。ある者はつまらなさそうな感じで・・・ってそれは俺とアリシアだけだな。
「・・・そして、男がもう一度振り返ったんや。すると・・・」
そして1人・・・というかはやてが、いくらかトーンを落とした声で語っている。
一部は嫌な汗を流し、一部はもはや半泣き。そして俺とアリシアはオチの予想ができたので緊張感ゼロ。
しばらくの長い間を開けたはやての口が、再び開く。
「―――血まみれの女が襲いかかってきたんやぁぁぁぁぁっ!!」
『きゃあぁぁああっ!?』
絶叫が約半数から3分の2ぐらいってところ。大丈夫だったのは・・・ぱっと見たところでは男全員とシグナム、リインフォース、忍さん、プレシア・・・こんなとこか?
見た目、精神的に子供なヴィータはともかく、お前がビビるのはどうかと思うぞシャマル。
俺とアリシアは前述から察することができると思うが、無反応。
「どうやった?怖かったかー?」
「ひ、酷いよはやてちゃん。いきなり大きな声で・・・」
「そ、そうだよ・・・アリシアとか、優芽や汀は子供なんだから・・・って、あれ?」
ビクビクしているフェイトが小学生組の心配をしたところで、アリシアの無反応さに気づいたようだ。
「あ、アリシア・・・大丈夫なの?」
「んー?うん、キリヲお兄ちゃんからもっとずっと怖い怪談を聞いたことがあるし、怖い語り方もするからこれくらい平気かな」
「なん・・・やと・・・?」
はやてが愕然とした表情でこちらを見る。
俺はため息をついて、一言。
「ぶっちゃけた話、その怪談オチで脅かすって腹が見え見えだったぞ。俺が怪談を語る場合には一発芸にしない。余韻を残させる」
「キリヲお兄ちゃんの語りって、ホント怖いんだよー!」
「・・・上等やないか」
はやての何かに火がついたようだ。
「そこまで言うなら、本気の語りをやってみぃ!次はキリヲ君や!」
「ちょっ、はやてぇっ!?」
「いいぜ、今日は聞いた奴全員寝不足にしてやる」
「キリヲ君っ!?」
うるせー、ヴィータに優香。
でも、嫌だという奴に聞かせるほど俺も悪魔じゃない。
「まあ、聞きたくないならいいぞ。今すぐテントに戻れ。・・・でも語り始めたら、終わるまで途中退場禁止。これは怪談でのルールみたいなもんだしな」
「上等や、私は聞くでぇ!」
「久々のキリヲお兄ちゃんの怪談だー!」
「だ、大丈夫なんだよね!?アリシアちゃん!?」
「だ、大丈夫よっ!アリシアが大丈夫なんだから、きっと!・・・多分!」
「忌束の語りがどれほどか、私も興味が湧いてきた」
「断る人がいない・・・うぅ、私もいないとだめかしら・・・」
「す、すずかちゃん、すずかちゃんはキリヲ君の怪談を聞いたことあるんだよね!?大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫・・・じゃないかも・・・」
「怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない」
全員残るらしい。・・・優香、大丈夫か?素直に怖いって言って、退散した方がいいと思うが・・・。
まあ、みんなの意志だ。それを尊重するか。
ゴホンッ、と咳払いをする。
辺りが静まり返るのを待ち、静まってから数秒後、トーンを低めた状態で語りを始めた。
「さて・・・これから怪談を始める訳だが、まず怪談という物語について考えて欲しい・・・。怪談では最終的には幽霊や、妖怪に襲われ、死に至る。これが典型的なオチだと言えるだろう。大体は惨殺とか捕食とか、そういった物理的なものであってわかりやすい死に方だ・・・。だが、考えて欲しい。本当にそれだけなのか?別の、言わば怪死と言えるものは存在しないのか?違う襲い方をする者はいないのか?答えとしては、そういったものは存在“する”。いや、存在“し得る”と言った方が正しい。なぜならまず原因がわからないこと、そして何より・・・襲われた本人が、それを認識できないのだから・・・・・・・・・これは、何かの心霊現象によって殺されたのかもしれないという、ある1人の男性の身に起きた物語・・・。
男性は、とても平凡な高校生だった。
特に可もなく不可もなく・・・普通に友達と笑いあうこともあるし、家族にも恵まれた、ごくごく普通の人だった。
だが・・・そんな彼の“普通”に、少しずつ異変が起きる。
・・・先程も言ったが、被害者は一体いつから襲われたのかわからない。本人が自覚してないから、周りの人も気づかない。
だがそれでも・・・ちょっとした変化も“異変”と捉えられるのであれば、それはある日の朝からが始まりなのかもしれない。
ある日の朝、男が目覚めると、顔や手足がヒリヒリするような感覚を覚えた。しかし激痛、という訳でなく、痛みは意識しなければ特に感じることもないほどのごく小さなもの。
己の手を見てみると、僅かに赤くなっているように、見えなくない。
男は原因がすぐに思いついた。
「日焼けでもしたんだ」
男はテニス部に所属していた。
季節は夏。日焼けすることぐらい、あり得る話。
気にする必要がないため、念のために日焼け止めを持って、いつものように学校へと向かった。
しかし、数日経っても痛みは消えず、寧ろ痛みは広がり、増していくばかり・・・赤さもはっきりと増していった。
さすがにこの状況はまずいと思ったのか、男はその日学校を休んで皮膚科を訪れた。
しかし、結果は以上なし・・・医師にも原因はさっぱりわからなかった。そして日焼け、もしくはアレルギーではないかと言われてしまった・・・。
日焼け止めを使っても、試しにアレルギーになりそうなものを避けてみても痛みは止まらない・・・痛みは酷くなっていき、遂には鼻血が出る、吐血するといった症状にまでなってきた。男は皮膚科や、その他様々な病院に向かうも原因がわからない・・・次第に、男は恐怖に駆られていった・・・。
そしてある日、男を心配していた両親は高名な医者を家に呼んだ。医者に頼んで症状を突き止め、治療してもらおうとしたのだ。
まずは検診のために男を視ようと、彼が伏している、彼の部屋へと向かった。
だが・・・男はもう死んでいた。
干からびたかのように骨と皮だけの姿で血に濡れていて、絨毯には彼の血が染み渡っていた。
変わり果てた男の姿に両親は絶叫。医者も状況が飲み込めず言葉が出ない・・・。
調べると、男の身体から血だけが綺麗さっぱりと全て抜けていた。鼻血や吐血はしていたようだが、傷は1つも存在しない。そして全身についていた血は、彼が汗のように血を出した跡だということが判明した。
この怪死の原因は結局何もわからず、不気味さを恐れて報道されずに、真相は闇へと落ちていった・・・。
さて、この怪談についてなのだが、いつ、どこで起きたのか、嘘か真かは、俺にもわからない。
だがもし仮に、この怪奇が現実であり、原因が人に取り憑く霊の類だったとしたら・・・そいつは今どうしているのだろうか・・・?
ひょっとしたら、今もまた誰かを憑き殺しているのかもしれない。もっと言えば・・・この中にいる誰かの中に、それはもう潜んでいるのかも知れない・・・・・・気づいてからでは、もう遅い・・・。
・・・怪奇『血の汗』、これにておしまい」
語り終え、全員を見渡してみる。
顔面蒼白。それがほぼ全員に言えることだった。
はやての語りで絶叫した奴らは勿論のこと、男性やシグナムらも蒼白になっていた。アリシアはまだ大丈夫っぽい。ザフィーラは・・・まず表情読めんし。
「さてと・・・どうだった?俺の語りは?」
「あ、あのね」
俺の質問に、最初に声を出したのはアリサだった。顔面蒼白なままで、声が弱い。
「えっと・・・怖すぎて何言えばいいんだかわかんないんだけど」
「・・・敢えて一定の語りにして、恐怖を煽っていたのか・・・」
アリサに続いて言ったのはザフィーラ。声が若干弱い。お前も結構堪えたんだな。
「えっと・・・なんだろう。怖すぎて逆に泣くことができない」
泣かさないように語ったんだ、なのは。
泣かせずにビビらすのが怪談のあるべき姿だと俺は思う。泣かれたら、そいつ話を最後まで聞かなくなるし。
・・・さて、
「はやて、どうだった?」
「・・・参りました」
そうかそうか、それは結構。
怪談においては、とにかく屈服させる側に立つのが俺だ。
転生前は、怪談が大嫌いだったけど。
慣れって怖いね。
「さて・・・まだ聞くか?」
全員が首を横に振った。
あの後怪談を続ける雰囲気にならず、就寝となり、現在テントの中。
テントには大体4人程入るので、6つのテントのうちの1つに、男性である俺、恭也さん、クロノ、ザフィーラの3人と1匹が入ることに、なっていたんだが。
「かなりの語りだったな、君のは・・・」
「俺なりに本気を出してみた」
「元はと言えばはやてちゃんせいなんだろうけど、私達のことも考えてよー!」
やつれたような様子で言うのはクロノ、そして俺に文句を言うのは、クロノに引っ付いているエイミィだった。
なぜエイミィがいるのか?怪談を聞いて怖くなって来たからだ。同じ理由で、忍さんがやってきて恭也さんを連行していった。あとザフィーラも、はやて達八神家が恐怖心を和らげるためのモフモフとして連れて行った。
「はやてに言われて本気を出したんだ。悪いか」
「決め顔で言う必要はないかと思われます」
シュテルにツッコまれた。
・・・あれ、そういやレヴィとディアーチェはどうした?レヴィは退屈は嫌いだから、ここなら出てくると思ったんだけど。
「レヴィは怪談を怖がってポーチの中です。ディアーチェはレヴィを慰めてます」
「おい、なんで俺の考えに合わせたこと言えるんだ」
「説明が必要かと思いまして」
まあ、説明してくれるのはありがたいけどさ。
「とにかく!怖い話をする時は、ちゃんと怖さの調節とかやってね!」
「調節って・・・というか、嫌なら最初に退場すればよかったじゃん。俺忠告したんだし」
「あ、あそこまで怖いとは思わなかったの!」
怪談っつったら怖いのが定石だろが。文句垂れんな。
よし、ここは1つ・・・
「よし、ここは寝る前に1つ、『呪いの子守歌』でも歌ってやろうか」
「やめて!ホントやめてっ!!」
「いい加減寝るぞ・・・」
クロノに言われ、仕方なくそのまま寝ることに。
寝袋敷いて、シュテルらを入れたポーチを吊す。
いざ寝ようとすると、誰かが閉めていたテントの入り口をポンポン叩き、入ってきた。
「き、キリヲ君・・・一緒に寝てもいいかな?」
「あ、あの・・・私も・・・・・・なんだか怖くて」
「・・・・・・」
入ってきたのは、寝袋を抱えるすずかと優香だった。
教訓。怪談を語る時には、自分に好意を持つ人には注意しましょう。