小説『始まりはいつも唐突で』
作者:孤狐()

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春菜が目を覚ましたのは、放課後になり部活をしていた生徒が帰っていく時間になってからだった。
あの保険医は、カギを渡して戸締まりをするようにだけ言い残しさっさと帰っていった。

「まっすぐ家に向かうつもりだけど、どっか寄りたい所はあるか?」

「んー。ちょっと食材の買い出しに寄りたいかな」

「なら、商店街の方だな」

下駄箱で靴に履き替えながら、春菜に問いかける。
今の時間だと、どこが安くなってたっけ……。

「きゃっ!?」

「おお、大丈夫か?」

「う、うん。…ごめんね」

自分の足につまずいた気恥ずかしさがあるのか、消え入るような声。

「いや、謝られるほどじゃない。怪我した訳じゃないんだから」

「……ありがとう」

「おう」

そんな訳で、よく転ぶ春菜を置いて先に行くわけにもいかず、ただ今春菜の提案で手を繋いでの買い物中。
始めは顔を真っ赤にして後ろにいたのに、商店街に着く頃には慣れたのか引っ張るほどになっていた。
商店街の知り合いに、そこはかとなく温かい目で見られている気がする。

「久しぶりになるのかな?こんな風に二人で帰るの」

「あぁ、言われてみれば。ほとんどが四人だったからな」

「ほとんどでも、私以外との二人は多かったよね?」

そう言って、そっぽを向く春菜。
怒っているというより、拗ねているんだろう。
繋いだままの手は離す気がないほど握ったままだし。

「春菜は間が悪い時が多いからそうなっただけだ。別に蔑ろにしてないって」

「どうせ間が悪い女です〜!」

さっき以上に拗ねて早足で歩き出した春菜にあわせて足を進める。
言葉の選択を間違ったか…。

「拗ねない拗ねない。このキャラメルをあげよう」

「拗ねてない!…でも貰う」

「ほら、こっち向いてあーん」

「あー、ん」

立ち止まり、素直に向いて口を開けた。
餌付けしている気がしてくるが、そんなことはない……はず。
手を繋いだままだから、片手で食べさせる。
慈愛に満ちた笑顔をした主婦がすれ違ったが気にしない。

「あ、おいしい。どこのメーカー?」

「自家製。最近、菓子作りに挑戦してな」

「うぅ、お菓子でも差がついてる……」

「春菜も腕が上がってきてるだろ。俺はすぐに追い抜かれる」

言って、歩き出そうとしたら手を引っ張られた。
振り返ると、真剣な顔の春菜と目が合った。

「すぐかどうかはわからないけど、絶対に追いつくよ」

だから、待っててね。
いつもより強い口調で春菜は宣言した。
……まぁ、あれだ。
子供に将来はお父さんみたいになると言われた親の心境、といえば近いだろうか。
いろいろな感情が交ざって、短く返事するしか出来なかった。

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