第二話 「妄想サヨナラホームラン」
ブラスバンドが奏でる応援歌が、球場に充満する熱気に吸い込まれる。
地区大会準決勝、九回の裏、一死、ランナー二塁。
スコアは四対五、我が校は敗戦ムード濃厚な訳だ。
バッターボックスには、極度の緊張状態で顔を引きつらせている正史がいる訳だ。
正史はきっと凡打を打つ訳だ。
そして諦めの溜息が充満する中、この俺に打順が回る訳だ。
俺は、起死回生の逆転サヨナラホームランを放つ訳だ。
そして派手なガッツポーズを繰り出して、ゆっくりとダイヤモンドを一周する訳だ。
ホームベースを踏んだ途端に、マネージャーの美保ちゃんが俺の胸に飛び込んでくる訳だ。
そこで俺はこう言う訳だ。
――これは、君に捧げるホームランだよ。
そう、これで完璧な訳だ。
「あっ! 危ない!」
そんな妄想に耽っていた俺に、正志が打ち上げたファウルボールが直撃した訳だ。
気が付くと、医務室で横になっていた訳だ。
そばには心配そうな表情の美保ちゃんが付き添っていた訳だ。
「――良かった。気が付いたんだね……」
美保ちゃんが大きな瞳を潤ませながら、胸を撫で下ろしている訳だ。
「し、試合はどうなったの?」
俺は尋ねた訳だ。
「勝ったよ。正志くんが逆転サヨナラホームランを打ったの……」
俺はあんぐりと口を開ける訳だ。
「――実はね、正志くんが試合前に約束してくれたの。『お前の為に試合を決めるホームランを打つ』って……」
美保ちゃんは、はにかんだ笑顔で、「正志くんったら、『お前の彼氏は絶対に約束を守るから』って、手を握ってくれたの」と言う訳だ。
俺は思った訳だ。
――試合に勝って、勝負に負けたな、と。
そして、苦笑する訳だ。
――俺の夏は終わったけど、俺達の夏はまだ終わらないんだな、と。
了