小説『[完結]180秒のサイレンス【掌編集】』
作者:九路間 二四()

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第四話 「180秒のサイレンス」



 私は考える。
 カップラーメンに熱湯を注いでからの三分間、何をすべきかを――。

 ケース1、喫煙。
 一見、エレガントな回答のように見えるが、誇り高きいち愛煙家として、食後の一服という魅惑の一時に水を差してしまいかねない。
 それに時間に追われながら煙草を吸っても、到底、エレガントとは言えないだろう。

 ケース2、トイレに行く。
 このケースは、避けられない生理現象を解消し、なおかつ待ち時間を消化する、まさに一石二鳥のエレガントな回答に見えるが、毎回、都合良く生理現象が訪れる保障がない上に、用を足した直後に食事をするなどとは、エレガントからほど遠い。
 さらに付け加えるならば、私の暮らすボロアパートは共同便所となっており、先客がいた場合、間に合わない。

 ケース3、文学の世界に浸る。
 これは、たいへんエレガントであるが、シェイクスピアや芥川龍之介の世界に没頭したのちに、カップラーメンを啜らなければならない屈辱を考えると、涙で視界が歪んでしまう恐れがある。
 そもそも私の部屋には漫画本しかない。

 ケース4、パンを食す。
 これは、カップラーメンの完成を心待ちにしながら、別のもので腹を満たしてしまうという、負のスパイラルに陥っている。
 ミイラ取りがミイラになるとはまさにこのことであろう。当然、却下だ。

 ケース5、独り漫才で凌ぐ。
 これは、なかなかハードルが高い。なぜならば、第三者から見れば単なる「可哀そうな人」になり下がってしまうからだ。もちろん、この場には私ひとりしか存在しないのだから、そのような懸念は不要である。
 しかしながら、自分でボケたことに対して、自分で突っ込まなくてはならない苦痛を考えると、プライドが許さない。
 さらには、「待ち時間の有効活用」が目的であるはずなのに、孤独を実感して塞ぎこむ必要は全くない。

うーむ、一体、どうすれば……。
今日も問題を抱えたまま、三分間はあっという間に過ぎ去った。
――なるほど、きっとただ待ってればいいのだな。
この三分間は待つ為に存在する、エレガントかつ貴重な時間な訳だ。
私はカップラーメンが教えてくれた崇高なる真理を噛みしめながら、麺を啜るのであった。



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