小説『[完結]180秒のサイレンス【掌編集】』
作者:九路間 二四()

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第七話 「紙飛行機の作り方」



 指先から、すうっと離れたそれは、重力に抗うことなく、哀しいくらいに急降下した。
 ――忘れてしまった。
 遠い昔、本当に遠い昔、父に教わった紙飛行機の折り方……。
 幼い私がベランダから飛ばした、あの紙飛行機。
 パプリカ色の夕焼け空をすいすいと旋回しながら、どこまでも、本当にどこまでも飛んで行った。
 私自身も、あの紙飛行機のようにどこまでも飛んで行けると、そう信じていた。
 私は飛び方も忘れてしまった。色んなものを抱えすぎて。
 身長が伸びるにつれ、恋をしたり、お洒落したり、嘘をついたり、誰かを傷つけたり、誰かに傷つけられたりして……。
 ここはどこだろう。
 私はどこにいるんだろう。
 思い出さなきゃ――もう一度、飛ぶ方法を。父の紙飛行機のように……。

 私は、父の墓前にいた。
 お線香の煙に包まれて、ちょうどあの日のような真っ赤な夕焼け空の真下で。
「お父さん、もう一度、紙飛行機の折り方、教えてよ……」
 私は無機質な四角い墓石に向かってそう呟いた。もちろん、答えはない。
 その時、背後でばさりと音がした。私はびくっとして、慌てて振り向く。
 カラスだ。
 お供え物を狙っていたのだろう、そのまま森の方へ飛んで行った。
「いいなあ……」
 私は悠々と空を泳ぐカラスをぼんやり見つめていた。
『折り方を忘れたなら――』
 不意に、聞き覚えのある優しい声がする。
『丸めて、放り投げればいい』
「え……? お父さん?」
 私は左右に首を振り、必死でその姿を探す。
 そこにはやっぱり、高い夕焼け空と、整然と並んだ墓石と、カラスが飛び立っていった森しかなかった。
「相変わらず、強引だなあ」
 わたしはそう呟いて、苦笑した。

 その夜――二階のベランダから、ぎゅうと丸めた折り紙を力いっぱい放り投げた。
 緩い放物線を描いて、街灯のそばの路上にころんと落ちる。
「こら、窓からごみを投げるとはなにごとか!」
 通りすがりのおじさんにそう怒鳴られる。
「ごみじゃないもん! 紙飛行機だもん!」
 私は懸命に叫ぶ。
「それは、ごみなんかじゃない!」
 首を擡げたおじさんが、ぽかんと口を開け、とても不思議そうな顔をするものだから、私はぷっと吹き出してしまう。
 おじさんもつられて笑い出す。
「そうか、ごみじゃないのか」
「そうです、私の紙飛行機です」
 私はそう答えて、本当に心から笑ったんだ。







※作者の大好きなロックバンドの楽曲、『紙飛行機』から、むくむくと刺激を受けて執筆しました。
実は、そのバンド名が、『ザ・クロマニヨンズ』だったりします。そうです、ペンネームも拝借してます(汗)
ちなみに曲の内容は、この小説とは全く違いますので。
お読み頂き、ありがとうございました!

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