≪危機的状況≫
「……駐車場に死神が出現していました。相当な数です」
「……ハーデスの野郎、本格的に動き出したって訳か!」
外の様子を見に行っていた祐斗が戻ってきた
曹操と神風との戦闘後、皆はこの疑似空間のホテル上階を陣地に取っており、別室で怪我人の治療を行っている
60階まであるホテルの真ん中――――30階まで移動し、そこをルフェイの強靭な結界で幾重にも覆って陣地としている
傷を負った新、一誠、ゼノヴィア、アザゼルは既に完治済み
黒歌も治療を終えたが大事を取って別室で休んでいる
一方、サマエルの呪いを受けたヴァーリは怪我は治っても呪いが解けず、別室で激痛に耐えていた
ルフェイが解呪の術を施してもサマエルの呪いはあまりに強力で、最善の処置をしたが……自然に呪いが解けるのを待つしかないらしく、その間は呪いの苦痛に苛まれる
「……ヴァーリですら、あそこまで苦しむなんてな……」
「俺もそうだが、一誠がくらったら確実に死んじまうだろうな」
アーシアは連続での治療から疲労が溜まり、隣の部屋で仮眠を取っている
そしてここから脱出の作戦を立てなければならない
この空間は言うまでもなく、『絶霧(ディメンション・ロスト)』の使い手ゲオルクが作り出した空間
そして『絶霧(ディメンション・ロスト)』の禁手(バランス・ブレイカー)――――『霧の中の理想郷(ディメンション・クリエイト)』は霧を用いて固有の結界を創る事が出来る
ホテルは勿論、駐車場や周囲の風景も疑似空間に創られており、見た目は本物宛らだが機械類などは使用出来ない
休憩中または看病しているメンバー以外の者が集結しているこの部屋でルフェイが嘆息した
「本部から正式に通達が来たようです。砕いて説明しますと――――『ヴァーリチームはクーデターを企て、オーフィスを騙して組織を自分の物にしようとした。オーフィスは英雄派が無事救助。残ったヴァーリチームは見つけ次第始末せよ』だそうです」
ルフェイの報告に驚く面々
どうやらサマエルで奪った力の方が既に「本物」とされており、こっち側にいるオーフィスは偽物と格付け、ヴァーリチームも一方的に裏切り者扱いにされていた
「そういう事になったのか。英雄派に狙われていた上に、オーフィスの願いを叶えようとしたヴァーリチームの末路がこれか。難儀だな」
アザゼルも嘆息、英雄派のやる事は相変わらず非道の一言に尽きる
ルフェイはガックリと項垂れた
「私達はグレートレッドさんを始め、世界の謎とされるものを調べたり、伝説の強者を探し回ったり、時々オーフィス様の願いを叶えたりしていただけなのですが……。英雄派の皆さんは力を持ちながら好き勝手に動く私達が目障りだったようです。特にジークフリート様は私達の事が相当お嫌いだったそうです。何より、元英雄派でライバルだった兄のアーサーがこっちに来たのがお気に召さなかったようでして……」
「そう言えば、京都でそんな事言ってたな」
「世界の謎って何だ?それに伝説の強者も分からん」
「はい、次元の狭間を泳ぐグレートレッドさんの秘密に始まり、滅んだ文明――――ムー大陸やアトランティスの技術、それに異世界の事について調査していました。北欧神話勢力の世界樹(ユグドラシル)も見てきましたし。そして、伝説の強者とは逸話だけを残して、生死不明となっている魔物や英雄の探索です。時折、組織の仕事(テロ)もこなしてました」
「テロはついででやってんのかよっ」
「……殆ど冒険家みたいだな」
「はい、大冒険の毎日ですよ!その末に強者とも戦ってきましたから。ヴァーリ様はドラゴンと言う存在が何処から発生したのか、それを調べようともしているのです。あと二天龍が封じられる切っ掛けとなった大喧嘩ね原因も調査してます。それと新しい神滅具(ロンギヌス)が発見出来ないか、それも調査の対象でした!」
楽しそうに語るルフェイに新と一誠は心の中で『冒険家ドコロじゃなかった、ただの暇人だ!』とツッコミをハモらせる
「ヴァーリ様の探求心は総督様の影響だと思います」
ルフェイが最後にそう付け加え、それを聞いたアザゼルは息を吐いて目元を細くする
まるでいたずらっ子の報告を受けた父親の顔だった
「それにしても総督様、ここ最近は神滅具(ロンギヌス)祭りですね。――――グリゴリにいらっしゃる『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』の方はお元気なのですか?」
「……『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』、刃狗(スラッシュドッグ)か。あいつには別任務に当たらせている。そちらもそちらで充分に厄介な事件だ。あいつ、ヴァーリの事が嫌いでなぁ」
「はい、お話は窺っております」
ルフェイがクスクスと笑い、一誠はふとした疑問をアザゼルに投げ掛ける
「そういや先生。1番強い神滅具(ロンギヌス)を曹操が持っているなら、誰かが2番目に強い神滅具(ロンギヌス)を持っているんですよね?」
「ああ、『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』。それが2番目に強い神滅具(ロンギヌス)だ。上位神滅具(ロンギヌス)とは、『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』『絶霧(ディメンション・ロスト)』の4種の事を指す。『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』に関しても既に所有者も割れているし、主に天界が制御しているが……。イリナ、それで奴は――――『御使い(ブレイブ・セイント)』のジョーカーはどうしている?」
話を振られたイリナは首を捻りながら答える
「デュリオ様ですか?各地を放浪しながら、美味しいもの巡りをしていると……」
その答えにアザゼルは絶句した
「な……っ。仮にもセラフ候補にも選出されるかもしれない転生天使きっての才児だろうがっ!切り札役(ジョーカー)だぞ!?ミカエルは、セラフの連中はどうしているんだ!?」
アザゼルの質問にイリナは困惑する
一誠が「そのヒトもやっぱり強いんですか?」と訊くと、ルフェイが反応した
「ヴァーリ様の戦いたい方リスト上位に載ってる程の方です。教会最強のエクソシストだそうです」
ここで元教会所属のゼノヴィアが反応する
「デュリオ・ジェズアルド、教会でも有名な存在だった。直接の面識は無かったが、人間でありながら凶悪な魔物や上級悪魔を専門に駆り出されていたよ。それにエクソシスト時代の剣護さんと互角だったとも噂されていた」
「神滅具(ロンギヌス)所有者、か。神滅具(ロンギヌス)とは――――『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』、『幽世の聖杯(セフィロト・グラール)』、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』、『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』、『獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)』、『蒼き革新の箱庭(イノベート・クリア)』、『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』、『絶霧(ディメンション・ロスト)』、『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』、『紫炎祭主による磔台(インシネレート・アンセム)』、『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』、『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』、『究極の羯磨(テロス・カルマ)』、この13種の事だ。イッセー、よーくメモしとけ」
新達が直接出会った神滅具(ロンギヌス)は約半分
しかも、また新しい神滅具(ロンギヌス)が出てくる可能性もあるので不安と寒気しか生まれない
ここで突然アザゼルが何かを閃いたかの様に立ち上がった
「あ!今俺は現世の神滅具(ロンギヌス)所有者の共通点を見つけたぞ。――――どいつもこいつも考えている事がわるで分からん!おっぱい脳に戦闘狂、妙な野望を持った自分勝手な奴らばかりだ!これは後でメモしてやるぞ、くそったれ!」
「……期待した俺がバカでした」
「そんなもん見つける暇があるなら、ここを抜け出す案を考えろこの神器(セイクリッド・ギア)オタク」
「それともう1つ、共通点を見つけた。――――神滅具(ロンギヌス)の使い方が従来通りじゃない。殆どの連中が歴代所有者とは違う面を探して力を高めてやがる。……現代っ子は俺達の範疇を超えているのか……?いや、しかし……」
独り言を長々と呟くアザゼルを見た2人が首を横に振っていると、オーフィスがこの部屋に戻ってきた
実は先程『この階層を見て回る』と言って出掛けており、今やっと帰ってきたのである
「――――で、具合はどうだ、オーフィス」
「弱まった。今の我、全盛期の二天龍より二回り強い」
「それは……弱くなったな」
「……いやいや、封じられる前のドライグ達よりも二回りも強いんでしょ?それで弱くなったって。以前はどれだけ強かったんですか……」
アザゼルのオーフィス弱体化発言にツッコミを入れる一誠
アザゼルは「そりゃ全勢力で最強の存在だからな」と返すだけだった
そこで一誠がある事を訊く
「なあ、オーフィス。訊きたい事があるんだ。なんで、あの時アーシアやイリナを助けてくれたんだ?」
承知の通り、現在オーフィスはグレートレッドとドライグ以外の者に興味を示してない
そうであるにもかかわらず、オーフィスは先程の戦いが始まる前に放たれた火炎の魔法からアーシアとイリナを守った
オーフィスは一言だけ答える
「紅茶、くれた。トランプ、した」
「紅茶とトランプって、俺の家での事か?」
一誠の問いにオーフィスはただ頷く
「そ、それだけで?」
再び訊く一誠だが、やはりオーフィスは頷くだけ
『……こいつ、悪い奴じゃないんじゃないか……?』
『確かに……何か、あの時の行動と今の言動から見れば……そうなのか……?』
新と一誠はアイコンタクトで話し合い、イリナも礼を言う
オーフィスからの状態を聞いたアザゼルが顎に手をやる
「……しかし、二天龍よりも二回り強いぐらいか。妙だな。曹操は絞りカスと今のオーフィスを蔑んでいたが、正直これだけの力が残っていれば充分とも言える」
「曹操、多分、気付いてない。我、サマエルに力取られる間に我の力、蛇にして別空間に逃がした。それ、さっき回収した。だから今は二天龍よりも二回り強い」
オーフィスの言葉に全員が度肝を抜かれ、アザゼルが叫ぶ
「お前、この階層を見て回ってくるって出ていったのは別空間に逃がした自分の力を回収する為か!?」
「何じゃ、お主ら気付いておらんかったのか」
知っていたらしい『初代キング』が横槍を入れ、アザゼルが含み笑いを始めた
「曹操め、あいつはサマエルでオーフィスの力の大半を奪ったと言っていたが、オーフィスは力を奪われている間に自分の力を別の空間に逃がしていた。それをさっき回収して力をある程度回復させた。それが全盛期のドライグの二回りとキタもんだ。オーフィスを舐め過ぎたな、曹操」
「力、こうやって蛇に変えた。これ、別空間に送った。それ、回収した。でも、ここからは出られない。ここ、我捕らえる何かがある」
オーフィスが指先に黒い蛇を出現させてタネを明かし、含み笑いをしていたアザゼルは直ぐに息を吐いた