小説『【完結】Blue Scraper』
作者:bard(Minstrelsy)

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「そういえば、何でそんなに戦闘機が好きなのさ」
僕がそう切り出したのは、無人の駅を二つ過ぎた頃だった。
誰かが乗り込むこともなく、未だに僕ら二人きり。次の駅を知らせる車内アナウンスが、やけに大きく聞こえる。
「何でって聞かれても……」
彼女は少し困ったように沈黙する。
「単純に格好いいとか、そういう理由?」
「それもあるけど……」
言葉を探すように、視線が流れる。その先の海が陽を浴びて、眩しく輝いている。
「んー……と、どう言えばいいのかな。日本刀ってあるじゃん?」
「あるねぇ」
「あれって、今だと芸術品みたいな感じで扱われてるよね。家宝とか、美術館とか」
「確かに」
曖昧に頷く。彼女は何を言おうとしているのだろう。
「実際綺麗だけど、でもあれは武器。人を殺す為に作られたもの」
陽の光を反射する海が、煌めく刀身と重なる。
鋭く刺す光が、切っ先のように飛び込んでくる。
「人を殺すためのものって、綺麗だと思う」
僕は答えない。
「戦闘機だって、相手を倒す為に作られた。相手より速く、相手より強く、そう作られた。あれはあれで、危うい芸術品だと、私は思ってる」
「……僕にはよく解らないな」
「私もそんなに説明上手い方じゃないから」
重力のくびきから逃れるように、空を掛ける戦闘機。
その鋼の翼は、より速く、より強くある為に。
鳥のような優雅さよりも、純粋に力を求めた姿。
なのに、流れるようなその機体は、芸術とも呼べる美しささえ持っている。
力は正義、ではない。
力は、美しさ。
追い求めたその果てが、見惚れるような美。
危ういからこそ、美しい。
「……綺麗なバラには棘がある?」
「ちょっと違う。棘のないバラはバラじゃない」
そうかもしれない、と僕は相槌を打つ。
棘は力。力が無ければ、戦闘機とは呼べない。
そして棘はバラをより一層引き立てる。
やはり、よく解らない。
肝心の僕はと言うと、戦闘機はそれなりに好きだが、彼女程熱狂的に好きだという訳ではない。
見慣れているせいもあるのだろう。
見上げれば、通り過ぎる影。僕にとっては、ただそれだけの存在だった。
機種とか名前に興味を持ち始めたのは、つい最近だ。
「いつから興味持ち始めたのさ」
ついでに彼女に訊いてみる。
「入学してから」
僕より日が浅かった。それでこれ程までにのめり込んでいるとは。
だが、趣味なんてそんなものかもしれない。時間の差なんて、それこそ些末な問題だ。
長ければ長い程詳しいわけでもないし、偉くもない。
これといった話題も無く、僕らは無言だった。
彼女は時折何かを探すように視線を泳がせ、僕は見慣れた風景に飽いていた。
電車は思い出したように止まり、来るはずのない客を待つ。
あの子はどうしているだろう。先輩と行くお祭りの事で頭が一杯なのだろうか。それとも、諦めて勉強でもしているのだろうか。
僕が気にすることはない、と醒めた頭で思い直す。
隣を窺う。
気付いたら彼女は眠っていた。


次の駅が終点だ、とアナウンスが入る。
途中で何人かの客が乗り込んでいた。それでも、十人に満たない。
僕は彼女をそっと起こし、次が終点だと告げる。
駅が見える。あの岬も、待ちかまえるカメラマン達も。
「カメラ持ってる人が一杯いるんだね」
周りを見渡し、彼女はそう言った。
そう言えば、乗り込んできた客の中にはカメラマンらしき姿は無かった。
彼らは一体どれくらい待っているのだろう。そして、何処から来たのだろう。
少なくとも近くの人間では無いはずだ。撮影が終われば、皆電車で何処へともなく帰っていく。
「いつもの事だよ。別に、珍しくない」
人数も大体同じ。それも、毎回違う顔触れだ。
示し合わせたように集まる彼らは、一体何なのだろう。
ぼんやりと考えている間に、彼女もカメラのセットを終えていた。
片手には、いつものデジカメ。首からは古めかしい一眼レフ。
制服を着た女子生徒には似つかわしくない格好だ。お世辞にも様になっているとは言い難い。
それでも、扱う手つきは慣れている。
見た目で判断してはいけない、という事か。
「ねぇ」
「何?」
「いつ頃来るの?」
時計を見る。良い時間だ。
「そろそろだと思うよ」
僕がそう言うと、彼女は望遠レンズで辺りを見回し始めた。
戦闘機の姿を探しているのだろう。
眼下に広がる海には、誰も目を向けていない。空を見上げ、その時を待っている。
僕は一人、海を眺める。
一隻の船がゆっくりと流れていく。空を翔る鋼の翼とは対照的な穏やかさ。
しかしその軌跡は、一条の飛行機雲のように白い。
まるで空を映す鏡だ、と思う。
青い空、青い海。夏を楽しむのには絶好の日和なのに、岬の人達は戦闘機にしか目を向けていない。
彼女も同じだ。カメラを片手に空を眺めている。
(何だか僕だけ浮いてるなぁ)
溜息を一つ。船はもう見えない。
軌跡も消え、穏やかな水面に戻っている。
鏡合わせの空には、二つの点が見える。弧を描く、小さな点。
「来たぞ」
誰かが呟く。
幾つものレンズが、まるで高射砲のように立ち上がった。
彼女もその一群に居る。
妙に張り詰めた空気。頬を撫でる潮風が震える。
空を白く削りながら、それは真っ直ぐにやって来た。

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