小説『【完結】Blue Scraper』
作者:bard(Minstrelsy)

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補習最終日。
テストが返ってきた。すっかり忘れていた先週のテストも一緒に。
肝心の成績は、先週のテストの方が若干良かった。多分、見直す時間の違いだろう。
先週は穴が空くほど見直したが、昨日は数回見直した程度だ。事実、昨日のテストは簡単なスペルミスで点を落としていた。
あの子を待っていたことが、皮肉にも成績上昇に繋がっていた。
そして当のあの子は、テストを頭から引っ被って凹んでいた。
赤点では無いにしても良いとは言えない点数だったようだ。
「……馬鹿確定?」
「して欲しければそうするけど」
「……点数交換してよぅ。無理なら半分でも良いから分けてよぅ」
「断る」
「何のための補習……」
補習の甲斐が無かったのだろう。頑張れとも諦めろとも言えず、僕はあの子を一瞥してテストのチェックをする。
「スペルミス多かったから、しっかり注意してなー」先生の言葉に、僕も少し凹む。
チェックして解ったのだが、昨日のテストは簡単なスペルミスだけで点数を落としていた。
史上初、スペルミスのみの欠点。ケアレスミスとも言えるだろう。
(ま、今日で終わりだから次気をつければ良いか……)
ちらりと窓の外を見る。澄みきった青空。雲一つ無い。
本日、快晴。
絶好のシャッターチャンスが訪れそうな日だ。


いつも通り友人達を見送って、いつも通り電車を待つ。そして、いつも通り彼女が遅れてやってくる。
そこから先は、いつもとは違う。
「何だか重装備だね……」
現れた彼女は、もう一つ別の鞄を持っていた。
暑い中、こんな重そうな鞄を抱えてくるとは、結構なバイタリティの持ち主だ。
「これ? 一眼レフ。デジタルじゃないし、古いけど」
そう言うと、カメラを鞄から取り出しレンズを取り付け始める。
その慣れた手つきは、いつも岬にいるカメラマン達を彷彿とさせる。
「チェックは……ああ、猫が居たんだっけ」
彼女はフィルムをセットし、いつも通りのトムとボムを写す。
レバーでフィルムを送り、何やら調子を見ている。そしてレンズを弄り、カメラの目盛りを弄っている。
見る限り、かなり古いカメラで、相当使い込まれているカメラだと解った。
流行のデジカメの方が綺麗に撮れるのではと素人の僕は思うのだが、敢えて口は出さない。
「よっし、問題なし」
彼女は再びレンズを取り外し、カメラをしまう。
その手際の良さは、岬のカメラマンの様だった。
「……あのさ」
「何?」
「……いや、何でもないや」
「そう?」
少し落ち着いたのか、普段の調子に戻る彼女。彼女は、一度見たら忘れない強烈な個性の持ち主だ。
初めて見かけてからまだ一週間程度しか経っていないというのに、今ではどこに居ても解る。
あの子や他の女子が「何処にでも居るありきたりな女子」だと片付けられる程だ。
それが魅力的かどうか、趣味が合うかは、ともかくとして。
電車到着のアナウンス。
それを掻き消すような轟音。音の方向を見上げる。
「あれは……」
「ヴァイパーゼロ!」
空が震える程の甲高いジェットノイズ、大きなエアインテーク。
下からは見えないが、恐らく洋上迷彩の青い塗装。
F-2支援戦闘機。
その非公式の愛称を「VIPER ZERO」という。
「あれが近くで見られるなんて!」
「まぁ近くを飛ぶのは帰る時なんだけど……」
「近くで見られるなら構わないわ!」
早くしないと置いていくと言わんばかりの勢いで、彼女は電車に乗り込む。
改めて、そのバイタリティに驚く。
見た目と普段はかなり大人しいのに、戦闘機の話となると、それこそ日本全国何処へでも行きそうな感じだ。
いつもの帰り道が、一人増えるだけでここまで騒々しくなるとは。
彼女の勢いに引きずられるように電車に乗り込む。
そんな僕を、トムとボムは欠伸で見送ってくれた。


一両に、たった二人きり。
ローカル線で、元々人の居ない時間帯だ。別に驚くことではない。
それを見越してか、電車は最初から一両でしかやってこない。
補習期間中ずっと、始発駅から乗り込むのは僕だけだった。
今日は二人。つまり、いつもの倍の客が居るわけだ。鉄道会社もきっと喜んでいるだろう。
ローカル線に、快速や準急といった区別はない。全て各駅停車だ。
それでも片道三十分程度の路線だ。本数も少ない。それ故の「ローカル線」だ。
これぐらいが僕には丁度良い。あくせくしていなくて、のんびりと出来るから。
長椅子の端と真ん中に僕らは腰掛ける。
彼女の視線は、遠い海の先、戦闘機が行った先だ。
しばらくの静寂。
そんな僕らを気にする風もなく、電車はカタコトと小刻みにリズムを刻んで走る。

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