小説『【完結】Blue Scraper』
作者:bard(Minstrelsy)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

帰りに聞き出す、と意気込んでいたからか、授業中は落ち着かなかった。
焦っていたのかもしれない。
隣のあの子に「何か必死そうな顔してるー」とまで言われてしまったくらいだからだ。
トドメは、担当先生の一言。
「まぁ、今日で半分だからな。中間テスト代わりにちょっとやるぞー」
えぇーっというブーイングに構わず、用紙を配り始める先生。
そりゃ無いよ、と僕も肩を落とした。焦りに拍車が掛かる。
「まー、終わった者から提出して帰って良いからなー。土日あるからって復習忘れるなよ」
終われば帰れる、の言葉に教室が一気に静かになった。かりかりと書き込む音だけがしている。
僕は今までの数倍の早さでテストを仕上げる。
一応、授業はまともに受けていたからそれなりに出来ているはずだ。
そして、あの子がテストを終えるのを待つ。
次々とクラスメート達が退室していく中、あの子はまだ終わらないらしい。
横目で伺うと、本気で頭を抱えていた。
(赤点って言ってたしなぁ)
何度も目を通し、自己採点である程度大丈夫だと数回確認した頃、あの子がようやく席を立った。
少し遅れて、僕も席を立つ。
残っているのは数人だった。


教室から一歩出ると、そこは温室だった。
これでもかというくらいに蒸し暑い。
その廊下を歩くあの子の肩は外れそうなくらいに落ちていた。
「あーもーやだ……テストなんてこの世から無くなっちゃえば良いのに」
僕の姿を認めると、そうこぼした。
「特に英語! 何あの訳の解んないアルファベット!」
そう叫びはするものの、いつもの覇気が無い。よっぽど疲れたらしい。
「赤点じゃあねぇ」
「放っといてよ!もう……」
火に油だったらしい。
気を取り直して、本題を切り出す。
頑張れ僕、と自分を励まし、深呼吸を一つ。
「あ、あのさ……」
「そうそう、言わなきゃいけないことあったのよ」
僕の勇気、粉砕骨折。しばらくの休養が必要だ。
「え、何?」
挫けた気分を悟られないように、少しだけ前を歩く。
「昨日の話。えーっと、ほら、花火大会」
「ああ」
「来週の土曜だっけ」
「うん」
「ごめん、行けそうに無いや」
あの子は、申し訳なさそうに微笑んでいる。
校舎から、外へ。
外はあの温室の廊下がまだマシだと思える暑さだった。
「部活か何か?」
「へへー、いやまぁ、ちょっと男子バレーの先輩とね」
先輩というと、男子バレー部の部長だろう。時折、話をしていたからすぐに見当が付いた。
ただ、その話し方から察すると、嫌な予感がする。
「ひょっとして、先輩というか彼氏?」
「ピンポーン! 大当たりぃ!」
嬉しくない大当たりだった。
「うちの近くでもお祭りあってさ、せっかくだから一緒に行こうかなぁって誘われて」
「あぁ、そうだったの」
何てことはない。最初から相手が居たのだ。
聞くまでも、聞く必要も、何も無かったわけだ。
思い返す。
その先輩の話をよくするようになったのが、夏休みの前。
きっと、そのくらいから付き合っていたのだろう。
「ほら、あたしってあんまり勉強出来ないけど、先輩って勉強も出来るのよ。推薦貰えそうなくらい」
「へぇ……」
「だからさ、あたしも先輩と同じとこいけるくらいまで頑張りたいのよ」
「ふぅん」
「だーかーら、この嫌な補習も頑張ってるってこと。お祭りはそのご褒美ね」
あの子はいつもの様に明るく笑う。
だけど僕は笑えない。
グラウンドから聞こえる笛の音。
校舎から微かに聞こえるブラスバンドの練習。
電車の音。
全部が混ざり合って、陽炎のように揺らめき、そして遠くなる。
「うあぁーん、また乗れなかった……」
昨日までの僕なら、一緒に居られると喜んだだろう。
知ってしまった今では、ただ辛い時間だ。
知らなければ良かったと思う。
あんなに知りたいと、自分で望んでいたことなのに。
ただそれが、解っただけだというのに。
「せっかくだから買い物にでも行くよ。反対側なら後少しで来るしー」
駅に着くとあの子はそう言って、踏切の前で手を振った。
警報機が鳴っている。通過列車が、近付く。
「あ、あのさ!」
「なーにー?」
警報機に負けない様に、僕は聞く。
最後の、勇気。
「男女の友情って、成立すると思う?」
あの子はきょとんとした顔で僕を見る。何故、という顔。
「男と女は友達とか親友になれると思う?」
「なれるよ」
即答だった。
そして、決定打だった。
「だって、あたしとあんたは、友達じゃん」
列車が猛スピードで通り過ぎていく。
束の間の、静寂。
「それじゃ、また明日……じゃない、来週ね」
「ん、またね」
あの子は踏切を渡っていった。
線路が隔てる向こう側。さながら、僕には絶対に越えられない線の様だ。
二度目の警報機が鳴る。あの子の乗る電車が来る合図だ。
僕は改札を通り、反対側のホームを眺める。
あの子の姿は、もう見えなかった。


完膚無き失恋だった。
これ以上無いくらいの振られ方だ。
入り込む余地だとか、二人の仲をどうにかする隙間なんて、僕には無かったのだ。
僕とあの子は、友達だ。その関係に変わりはない。
それが救いでもあるし、痛みでもある。
好きだと伝えなかった。だからこそ、友達でいられる。
そして、それ以上にはなれない。
(とはいえ、今さっき振られたばっかりの身には辛いなぁ)
大きく息をついて、ベンチにもたれる。
すぐ近くで、トムとボムが誰かにじゃれている。
シャッターの音がしなければ、それが彼女だと気付かなかっただろう。
あの二匹が誰かに懐くのは、初めて見る。
人見知りはしないけれど、懐くこともない二匹。そんな二匹が、彼女に懐いている。
珍しいこともあるもんだ、とぼんやり思う。
僕に気付いて、彼女は何か言いたげに口を開いた。けれど、すぐにつぐんでしまった。
さっきのやり取りを見ていたのかもしれない。
彼女の目が少しだけ僕を捉え、そして猫達に戻る。
(どうでもいいや……)
今は、何も考えたくない。
彼女に甘えるような二匹の鳴き声が、僕の気を紛らわせてくれた。

-4-
Copyright ©bard All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える