しかし、彼は表立ってモテることはない。正直、私もあまり関わりたくない。
だが、向こうから声をかけられてしまったのだ。教師として逃げるわけにはいかない。
「どうかしましたか?」
「先ほど、翡翠(ひすい)さんの話を聞いていませんでしたね。被害者が学生だけとは言え、教員の方にもしっかり話を聞いていただきたいのですが……」
……別に私は目立った行動は取っていないはずだ。それなのに、そんなことを言うということは、千人近くいる生徒だけでなく、七十人を越える教員たち全員の様子を見ていたということだ。
普通の人間にそんなことができるわけが無い。
というか、壇上から距離だってあったはずだ。どんな視力を持っているんだ?
私は穏やかに微笑む御影(みかげ)に、笑みを返した。若干引きつっているのは仕方ないと思う。
「聞いていないというわけではありません。もし、そう見えていたというなら、私にも非があるのでしょう。すみませんでした」
「いいえ、先生。僕の勘違いならいいんです。不快な思いをさせてしまいまして、申し訳ございませんでした」
頭を下げた御影に、私も慌てて手を振る。
「勘違いさせた私が悪いんです。生徒に頭を下げさせるなんて、申し訳ないです。顔を上げてください」
私の言葉に御影は顔を上げた。そこには貼り付けたような完璧な微笑を浮かべている。
そう。この少年の怖いところは、どんな状況でもこの笑みを崩さない。脅しをかける時だって、微笑んだまま、穏やかな口調のままなのだ。
この高等部では、彼に喧嘩を売る行為をしてはいけないというのが、暗黙のルールだった。
「わかりました。それでは、お時間を取らせてしまいまして、申し訳ございませんでした」
そう言うと、御影は去っていった。
思ったより精神的にダメージを受けた。
今日はまともに授業できる自信が無くなった。
1−Eでの授業が終わった後だった。
「明留(あくる)先生、プリント集めました」
「ありがとうございます、嵯峨(さが)さん」
プリントを集めてくれた女生徒が声をかけてきた。
彼女は嵯峨斎姫(いつき)。黒冴のせいで、かすんでしまうが、彼女だって相当な美少女だ。何より目を引くのは、その白髪だ。染めたものとは思うが、金髪や茶髪が主流の髪の色の中で、白髪はとても目立つ。