背中の中ほどまでの髪をポニーテールに結って、深い闇色の瞳をしている。
私はプリントを受け取って、笑みを零した。
「嵯峨さんの手はいつ見ても綺麗ですね。剣道より和楽器とかが似合いそうです」
「そんなこと言っても、先生が顧問をやってらっしゃる和楽器部には入りませんからね」
「それは残念です」
でも、嵯峨の綺麗な手で琴や三味線を爪弾けば、とても優美で綺麗だと思うのに。
しかし、嵯峨は微笑んで私に言う。
「これでも剣道部期待の新人ですからね。今抜けるわけにはいきません」
「そうですね。そちらの顧問の先生とは、私も喧嘩したくありません。私の惨敗は目に見えてますからね」
「うちの顧問が、先生を苛めたら、みんなでボイコットしますから安心してください。明留先生は優しくて頼りになるから、結構人気なんですよ」
お世辞や社交辞令の類だろうけど、生徒にそう言われるのは嬉しかった。
嵯峨は自分の席へ戻っていった。後ろの席に座っていた笹塚と何か話していたかと思うと、彼は突然嵯峨の手を握りだした。
教壇からは距離があるため、会話の内容は聞こえない。口説いているとかそういうわけではなさそうだが、何がどうなって、あんな状況になったんだろう?
そこに黒冴が加わって、何事か騒いでいる。
笹塚はクラスの誰とでも親しく過ごしているように見える。その中で特に仲が良さそうなのが、嵯峨と黒冴の二人だった。
嵯峨とは出席番号が前後だから、そのためとは思うが、黒冴がそこに加わるのは異様に見える。
何故か、黒冴と嵯峨の二人で笹塚を取り合っているようにも見えるが、それは私の偏見だということにしておこう。
それでも何となく、そばにいた女生徒に声をかける。
「あの三人は、とても仲が良いんですね」
私の言葉に女生徒はキョトンとして、それから明るく笑った。
「黒冴さんと嵯峨さんは仲良くないですよ? でも、そこに笹塚君が加わると、緩衝材(かんしょうざい)みたいな役目を果たしてるって噂です」
それは取り合ってるってことなのかな?
顔に出ていたのか、女生徒が楽しそうに笑った。
「今、クラスでは、笹塚君が黒冴さんと嵯峨さんのどちらを選ぶか、賭けが行われてるんですよ。先生も参加しますか?」
「一応、教員なので、生徒と一緒に賭け事をするつもりはありませんねぇ」
本当にこの学園の生徒は、妙な方向にアグレッシブな生徒たちばかり揃ってる。
私は適当に話を切り上げると、1−Eを後にした。