小説『都市伝説.com』
作者:海猫()

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 私はチラッと、彼女の後ろに立っている笹塚を見た。彼は何も知らされていないらしく、眉を寄せて事態を見守ることしかできないようだ。

「逃げようなんて思わないでくださいね、先生」

 私の視線が笹塚に向いたのに気づいた黒冴が、そんなことを言う。私は苦笑した。

「逃げるつもりはありませんよ。というか、どうして私が逃げなければいけないのですか?」

「噂って不思議なものなんです。広まっていくうちに、どんどん尾ひれがついて、最初のものと大きく変わっていくのが、また面白いんですよね」

 急に話を変えた黒冴に、私は眉を寄せた。しかし、黒冴は楽しそうに話を続けていく。

「そして、中には気づく人もいるんです」

「気づく?」

「はい。『クラウさん』の正体に」

 鞄の肩紐を握っていた手に、無意識のうちに力がこもるのがわかった。

「すごく単純で、わかりやすいアナグラムですよ。『クラウ』をローマ字に変えて、並び替えると、ある人の名前になるんです」

 黒冴が楽しそうに、楽しそうに、まるで虫を甚振(いたぶ)る子供のように、残虐に笑った。

「犯人がわかりやすい、珍しい名前でよかったです。ねえ、明留(あくる)鈴子(すずこ)先生」

 自分の表情がなくなるのがわかった。

 簡単なアナグラム。その通りだ。『KURAU』を並び替えると『AKURU』、つまり私の名前になる。

 黒冴の灰色の瞳には、確信の色が宿っていた。私が『クラウさん』の正体、つまり連続猟奇殺人の犯人だと確信している。

「おかしな話ね」

 思わず呟いていた。

「警察は、犯人は男と断定しているのに、どうして私が犯人だとわかったの?」

 もう気取った口調の必要は無い。私は素の口調で問いかけていた。

 警察は事件の内容と異常性から、犯人は男だと決めてかかっている。実際、こういう事件の犯人が女性というケースは少ないそうだ。

 だから、私も動きやすかった。

 警察は怪しい人物を目撃しなかったか、聞き込みをしている。そして、ニュースの情報などで、男が犯人と思い込んでいる目撃者たちは、怪しい男を見ていないので、目撃情報が集まらない。

 それでも、目撃されないように細心の注意を払っている。目撃された場合も考慮して、犯行に及ぶ時は、黒い服と体の一部を持ち帰りやすいように大きな黒い鞄を持ち歩く。

 そう。今日みたいに。

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