黒冴は嬉しそうに笑いながら、私の質問に答える。
「最初の授業から怪しいと思っていましたよ。穏やかで優しい先生なんて言われているけど、よく観察すると、暗い闇みたいのが見え隠れしてました。確信したのは斎姫(いつき)への態度ですね」
露骨な態度を見せた覚えは無い。どの生徒に対しても、平等に接したつもりだ。
「先生が斎姫の手を見ている時に、どこかうっとりとした眼差しを送っていたのを見ちゃったんです。まあ、一瞬だったので、気づいたのは私だけでしょうけど」
「ああ。確かに嵯峨(さが)の手はとても美しいから、そんな視線を送ってしまったかもしれないわね」
うちの生徒だったから、手を出すのは控えていたのだけど、ああして毎日見ていたら、やっぱり欲しくなるのが人間だ。
私は嵯峨の美しい手を思い出しながら、語る。
「本当に綺麗な手。白くて、細長い指に形のいい爪。あんな綺麗な手で、竹刀を振り回すなんてとんでもないわ。だから、切り落として、私が大事に鑑賞してあげようって思ったのに……!」
そう。だから、わざと仕事で残るフリをして、嵯峨の部活終わりを待っていたのだ。部活が終わると、嵯峨は一人で帰ることを知っていた。だから、狙ったのだが、逆に誘(おび)き出されたらしい。
「大体、あの子たちは、自分の価値を理解してないのよ!
あんなに綺麗な足や腕なのに、それを酷使するような陸上部やテニス部に所属していたり、魅力的な唇や胸、耳をしているのに、馬鹿な男に好き勝手触らせたり、綺麗な鼻や髪をしているのに、整形や染髪で汚そうとしたり、綺麗な眼球をしているのに、無粋な眼鏡で隠したり……!
どうして、綺麗なものをああして壊してしまうような、汚してしまうような真似をするの!?
あんなひどいことをするってことは、いらないってことでしょ!? だから、持ち帰ったの! 私の方が本人たち以上に、愛してあげることができるんだもの!!」
笹塚が異様なものを見るような視線を送ってくるが、そんなの関係ない。
だって、これは私の中では正統な理由だもの!
私は笑みを浮かべたままの異質な少女を見つめた。さり気ない動作で鞄を肩から下ろす。
「本当はあなたのことも欲しかったのよ。だって、とても綺麗な顔をしているんだもの。首から上全部が欲し
いなんて思ったのは初めてよ。だから、次は、あなたにしようって決めていたの。多少順番が変わっても、まあいいわ」
私は鞄の中に隠し持っていた金槌(かなづち)を横薙ぎに振るった。
しかし、それは避けられてしまう。私は構わず、金槌を振り上げる。
「大丈夫よ、黒冴さん。少しぐらい頭の形が崩れたって、あなたは美しいわ。だから、避けないで!」
「愛実!」
それまで事態の展開について行けなかった笹塚が、ようやく把握して動いた。私が振るった金槌から、黒冴を守るように自分の方へ引き寄せると、彼女の手を引いて走り出した。
私も金槌を持って追いかける。