ここの住宅街はベッドタウンで、この時間帯は留守の可能性が高い。もっと遅くならなければ、住人が在宅している可能性は低い。
だから、私は構わず二人を追いかける。
どうやら、私を追い詰めることだけを考えていたらしく、二人はこの辺りの地理に疎(うと)いようだ。
その証拠に、二人はどんどん住宅街の奥へと逃げていっている。どこの家にも灯かりがついていないとわかると、さらに奥へと逃げ込んでいるように見えた。
その先だって、灯かりのついている家はないのに。
二人が行き止まりに差し掛かるのに、さして時間はかからなかった。
「追いかけっこは終わりよ」
私が声をかけると、黒冴と笹塚が振り返った。そして、少しだけ妙に思う。
笹塚は歳相応に、どこか怯えの色を見せているけど、黒冴は今も余裕を持った笑みを浮かべている。
まあ、いいわ。
黒冴は変わった子だもの。深層心理が読めないのは当然ね。
金槌を握り締めて近づく。
「笹塚君には悪いけど、一緒に死んでもらうわよ。あなたも黒冴さんと関わらなければ、もっと長生きできたんでしょうけど……」
私はクスクスと笑った。
私は可愛くて美しいものが好き。だから、女の子しか狙っていない。男を殺したって、意味がないもの。
だから、笹塚には少し同情する。黒冴と一緒にいなければ、こんな目には遭わなかったのに……
「悪いけど、私も警察に捕まりたくないの」
そうよ。こんな形で掴まるなんて嫌。私は、もっともっと美しいもの、魅力的なものを、愛(め)でたいんだから……!
だけど、次の黒冴の言葉に、私の動きは止まった。
「先生、それ、私も同意見です」
「……は?」
発言の意図が掴めなくて、聞き返してしまった。黒冴は笑みを浮かべたまま続ける。
「だから、警察に捕まってほしくないんです。だって、犯人が逮捕されたら、都市伝説にならないじゃないですか」
何を言ってるんだ?
「こういった猟奇的な都市伝説の犯人は、捕まったら終わりなんです。未解決のまま、犯人がいなくなる。そ
れがベストなんですよ。ほら、『ベッド下の斧男』が良い例でしょ」
何? 何を言ってるの?
「だから、先生をここまで誘導したんですよ」
誘導?
何を言って――
そこで私は気づいた。
私の背後に、何かがいる。まるで、獣のような荒い呼吸音が聞こえる。
異質なものなのはわかった。そして、今更、笹塚が何に怯えていたのか、気づいた。
振り返りたくない。怖い。振り返ったらダメ。怖い。ああ、でも、体が命令を聞かない。怖い。ダメよ、振り返っちゃ! 怖い。怖い。何がいるの? 怖い。怖い。怖い。ダメ。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!
涙で視界が滲(にじ)む。
そうして、振り返った私の滲んだ世界に、斧を振り上げた大男の姿があった。
鈍い衝撃と共に、私の意識は、とてもあっけなく暗転した。