『完璧を求めるクラウさん』の噂が定番になっても、いつもと変わらない毎日が続いていた。
ある日、英語のプリントを先生に渡していた斎姫が、戻ってくるなり、笑いながら言う。
「また明留(あくる)先生に、和楽器部に勧誘されちゃった」
「手が綺麗だっけ?」
そう言われて、和楽器部に勧誘されてる話は聞いていた。俺は斎姫の手を掴んで、明留先生が褒めたという指を見つめた。
確かに、普段剣道部で竹刀を握っているとは思えないほど、細くて白い指をしている。マメとかもないし、琴や三味線を爪弾けば似合うだろう。華道や茶道でも似合いそうだな。
「ねえ、宝楽も私の手、綺麗だと思う?」
「うん。綺麗だよな」
俺が答えると、斎姫はキョトンとした顔をした後、おかしそうに笑い出した。
「ありがとう。そうやって素直なのは、宝楽のいいトコよね」
「ん〜? 俺は本当に思ったから、答えただけだけど?」
「宝楽って、いい奴よねぇ〜」
何か、いい人止まりで終わりそうな定番の台詞だな。
俺がどうでもいいことを思っていると、急に手を叩かれた。
何だ?
見上げると、愛実が俺を睨み付けていた。
「何手を握ってんのよ。最低」
「何か勘違いしてんだろ。一応、言うが、斎姫を口説いてたわけじゃねえぞ」
「そうそう。私の手が綺麗って、褒めてくれたのよ」
斎姫が言うと、愛実は余計不機嫌そうに目を細めた。
「へえ〜……私のことは褒めてくれたことないくせに、斎姫のことは褒めるんだ」
「ん?」
また妙な方向に行きそうだ。
俺は愛実を見て、半眼で呆れたように言う。
「お前、そうやって斎姫に喧嘩売るなよ。あのさ、お前ほど、美人で変でアグレッシブな奴はいないと思うから、そうやって怒るな。笑えば可愛いのに、もったいない」
「え?」
愛実が驚いていてこちらを見てきた。斎姫も変な顔をしている。
俺、何か変なこと言ったか?
急に愛実は困ったようにキョロキョロしたかと思うと、教室のドアを見て、声を上げた。
「あっ! バカな話してたら、明留先生が行っちゃったじゃない!」
そんなことを叫んで、愛実は慌てて出て行った。
あいつ、先生に何の用なんだろう?