「まあ、二度とない経験とは思います。正直、逃げ出したとしても、おかしくない状況でしたし。実際、ビビってなかったと言えば、嘘になります」
「それなのに、一緒にコレクションを処分しに行ったんですか?」
聞いたのは私の斜め後ろで控えていた御影だった。
宝楽君は、少し悩んだように頬を掻いて、それから笑みを浮かべた。
「……思うと、愛実には最初からバレてたのかもしれないです」
首をかしげた私を真っ直ぐ見て、宝楽君が言葉を続ける。
「俺は平凡な生活を当たり前だと思っていたし、この生活を好きだと思ってたんです。でも、本当は非日常を求めてた。それを愛実は見抜いて、俺のことを連れまわしてたのかなって」
それは私にもわからない。
でも、もし愛実が同志を見つけたと思って、連れまわしていたら?
ゾッとした。
私は目の前の少年を図り間違えたのかもしれない。彼が愛実と一緒とは言い切れないけど、一緒じゃないとも言い切れない。
でも、目の前に座っている少年は、瞳に宿る色が変わったぐらいで、今までと同じ平凡な少年にしか見えない。
「だから、このまま愛実と一緒にいます。と言うより、愛実が見て、感じている世界を、俺も共有したいって思ったんです。なので、愛実に飽きられない限りは、ずっとそばにいます。今後も迷惑かけると思いますが、会長もどうぞよろしくお願いします」
頭を下げた宝楽君を見て、私は色々考えたけど、結局笑みを浮かべるだけにした。
「できれば、迷惑をかけない方向で行ってくれると嬉しいわ」
無駄だと思いつつ告げた言葉に、宝楽君は明るく笑った。
「ははは。善処します」
そう言うと、もう一度頭を下げて、宝楽君は生徒会質を後にした。
「変わりましたね」
そう言ったのは御影だった。
「そうね。何がとは言えないけど、変わったわね」
「みーちゃんも翡翠さんも何を言ってるんですか? 宝楽君って、最初からああじゃないですか」
それまで傍観していた碧玉が首をかしげて言ってくる。
私と御影は顔を見合わせた。
碧玉はその童顔のせいで、歳相応に見られない子だ。言動も子供っぽく、気付けばいつもお菓子を頬張っている。
でも、そういう子だからこそ、人を見る目は確かだ。私や御影より、その人の本質を見抜くのは上手いかもしれない。
私と御影の様子を見て、碧玉は嬉しそうに笑った。私たちの知らないことを知っているという事実が嬉しいようだ。
「私、個人的に宝楽君の身辺を調べたんですよ。愛実ちゃんが、あんなに興味を持つってことは、何かあるのかなって思って」
「私も調べたけど、別に愛実の興味を引くような性格の子には思えなかったけど?」
そう言うと、碧玉はますます楽しそうに笑った。
「甘いですね、翡翠さん。宝楽君個人は、どこにでもいる普通の子ですよ。でも、彼の身辺は非日常が溢れているんです。例えば、二年前に起きた『妖精事件』は覚えていますか?」
「ええ。当時、結構騒がれていたからね」
『妖精事件』とは、黒曜市内にある黒曜第二中学校という公立学校で、何人もの生徒が失踪した事件だ。失踪した生徒は皆、一様に『妖精が呼んでいる』と言い残しているところから、『妖精事件』と呼ばれている。