一ヶ月が経ち、クラスにも学園にも慣れた頃、事態が急変した。
「ねえ、あんた。ヒマ? ヒマよね。ついてらっしゃい」
拒否権など皆無で、黒冴(くろさえ)愛実が俺に声をかけてきた。
一瞬、俺以外の誰かに声をかけたのかと思ったんだが、愛実は俺の机に手を置いて、俺の顔を見ている。
クラスメイトも何事だろうと、こちらを見ていた。
「は?」
「そんな間抜け面してないで、ついて来なさいよ。ほら、さっさと立つ」
有無を言わさず、俺は愛実に腕を掴まれて、教室から連れ出されていた。
廊下を歩きながら、俺は声をかけた。
「おい、黒冴! 用件ぐらい言え! どこへ連れて行くつもりだ?」
俺が抵抗して立ち止まると、愛実は面倒そうに目を細めて振り返った。憎たらしい表情のはずなのに、美人はどんな顔をしても美人だった。
「どこって、生徒会室よ」
「何でだよ?」
こいつはともかく、俺には生徒会室に用などない。
しかし、愛実は何故か、胸を張って紙切れを目の前に出してきた。
その紙には「部活・同好会申請書」と書かれていた。
さらに視線を下に動かすと、同好会のところにマルがしてあり、会員として愛実の名前と何故か俺の名前が書かれていた。
「………何だ、これは?」
「文字も読めないの? 部活や同好会の申請書よ」
「いやいや、何で俺の名前が書かれてるんだよ?」
接点なんて一切なかった。ないはずだ。それなのに何故目を付けられたんだ?
愛実は腰に手をやったまま、偉そうに答える。
「この一ヶ月、クラスの人間を観察して、あなたが私の手足として使う人材に最適だと判断したからよ」
「何でだよ?」
取巻きにしやすい人間なんて、たくさんいたはずだ。相手にしなかった俺なんかを、わざわざ選ぶ必要は無い。
そう思って、言葉を続ける。
「外部組なり内部組なり、お前なら選び放題だろ。俺じゃなくてもいいはずだ」
「内部組に私と関わろうなんて物好きいないわよ。外部組の連中は下心が見え見えで、正直ウザイわ。
でも、男手が欲しいから、私に下心を抱かない男子生徒を探してたの。
そして、あんたは外部組のクラスメイトで、唯一私に声をかけてこなかったわ。それが理由よ」
失敗した。
冷たくあしらわれるのを覚悟で、構っておけば良かった。