黒髪をオールバックにした三十代ぐらいの男性で、鋭い目つきに、左頬には刃物で付けられた傷跡のようなものがある。
白いシャツに、ブランド物と思われる黒いスーツを着ていた。
まあ、簡単に言えば、すごくわかりやすい、その筋の人と言った感じだ。
えーっと、何、この状況?
「神近(かみちか)さん、見張りありがとうございます」
「おー。別にいいけどよ。愛実、結局、何なんだ、これは?」
むしろ、あなたも何か聞きたいのですが……?
私の疑問など無視して、二人は会話を続けていく。
「ですから、『ベッド下の斧男』ですよ! 超有名な都市伝説じゃないですか! 神近さん、ヤクザさんのくせに、そんなことも知らないんですか?」
それ、すごい失礼だから。
私はチラッと男性を見たけど、怒り出す様子は無い。それだけ、愛実と彼は親しいのだろう。
「都市伝説って、眉唾な怪談の類だろ? 興味ねえよ、そんなもん」
「それって、人生損してますよぉ! 今度、面白い話、いっぱい教えてあげますから!」
「遠慮しとく。」
きっぱりと言うと、男性の視線がこちらに向いた。思わず、ビクッと体が震える。
私の態度に、男性が困ったように額に手をやった。
「えーっと、だな。嬢ちゃん、そんな怯えなくても、取って食やしねえよ」
「え? あ! ご、ごめんなさい! 失礼しました!」
私が慌てて謝ると、男性が苦笑した。
「別に失礼なんかしちゃいねえよ。お嬢様には、俺みたいなのは怖いだろ」
「……わかりません。私は、まだあなたを知りませんから」
男性は目を丸くして、私を見つめた。
な、何か、変なことを言ったかしら?
でも、すぐに楽しそうに笑ってくれた。
「随分と面白いお嬢ちゃんだな。愛実の友達とは思えないな」
「友達、というか、御守り役みたいなものです」
「そりゃ大変だ」
笑いながら立ち上がった男性は、スーツのシワを治すと、私を見た。
「俺は雷神会(らいじんかい)の神近って者だ。よろしくな、嬢ちゃん」
「……黒曜翡翠です」
頭を下げると、神近さんは、また目を丸くした。
「黒曜って……本物のお嬢か。じゃあ、尚更、俺みたいなのは怖いよな」
「そうですよ、神近さん。先輩はお嬢様の中のお嬢様ですからね。雷神会の幹部さんなんて、関わることは一切無い別世界の住人ですよ」
愛実によって、幹部であることまでバラされた神近さんは、軽く彼女の頭を小突いた。
「余計怯えるようなこと言ってんじゃねーよ」
「あの、雷神会の幹部の方が、どうして中学生と顔見知りになったのですか?」
少し失礼な質問かとは思ったが、神近さんは怒る様子も無く、何故か苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「その話は、ちょっとしたくねえな……」
「神近さんが話し辛いなら、私が変わりにお話しますよ♪」
愛実が楽しそうに笑いながら言うと、神近さんが彼女の鼻を摘んだ。
「言ったら、もう二度と協力しねえからな」
「はーい」
不服そうに右手を上げて返事をする愛実を見て、それから、私は床に転がっている大男に視線を移した。