「それで、その男は何?」
「聞いてくださいよ、先輩!」
嬉しそうに笑って、愛実が私の腕に抱きついた。
「今日、家に帰ったら、ベッドの下に気配を感じて、鏡を落としたフリをして確認したら、そいつがいたんです♪」
「それ、嬉しそうに報告することなの?」
普通は警察を呼ぶだろう。そこで呼ぶのが、ヤクザというのはおかしくない?
もう色々と疑問は浮かぶけど、口には出せなかった。
愛実の考えは、いつだって斜め四十五度を真っ直ぐ突き抜けているのだ。私には、彼女の深層心理なんて、一生理解できないもの。
「それで、スタンガンで気絶させて、縛り上げたんです。でも、捕まえた後、どうしようか考えてなくて、一先ず翡翠先輩と神近さんを呼んだんです」
「何で私を呼ぶの?」
「だって、何かやらかしたら、報告しなさいって言ったの、先輩じゃん」
「……報告しろとは言ったけど、巻き込めだなんて言ってないわよ」
無駄だと思いつつ訴えてみる。そして、予想通り無視された。
「それで、神近さん、先輩。こいつどうしましょう?」
「いや、だから、警察に電話すればいいでしょう?」
私が言うと、愛実が目を丸くした。
「何言ってるんですか、先輩! 逮捕なんてされたら、都市伝説じゃなくなっちゃうじゃないですか!」
「はあ?」
眉を寄せた私に、愛実は腰に手をやって、何故か偉そうに言う。
「だから、都市伝説の猟奇的な事件を起こした犯人は、捕まっちゃダメなんです。掴まった時点で、都市伝説じゃなくて、ただの事件になっちゃうじゃありませんか」
それが、この子にとって重要なことらしい。
つまり、こんな斧を持った危ない殺人鬼を野放しにする方法を考えろと言われてるの?
何て最悪なことに巻き込んでるのよ、この子は!
私の怒りなど無視して、神近さんが頭を掻きながら言う。
「処理すんなら、ウチの若い者にやらせるけど?」
「最初はそう思ったんですけど、ここでおしまいっていうのは嫌です。せっかく私のベッドの下に現れてくれたんですから、新たな都市伝説にしてあげたいです!」
……別にあなたのためでもなければ、してあげる必要も無いのよ。
まあ、そう言っても無駄なんだろうけど。
神近さんも呆れたような眼差しを送っている。
「んじゃ、生かしたままどうにかしたいってことか。こいつさ、さっきから獣みたいに唸ってるだけなんだが、意思の疎通はできるのか?」
「言葉は理解できてるみたいですよ? 私に殺すつもりが無いことを伝えて、わかったか聞いたら、うなずいてくれたし」
「ふ〜ん……」
神近さんが斧男に近付いて、その頭をごりっと踏みつけた。
「おい。今、お前の命はこっちが握っている。それはわかってるな?」
神近さんの質問に、斧男が頭を揺らした。
「まあ、ちょうど使えそうな奴を探してたところだ。あんたにも悪い話じゃねえぞ。何せ、大好きな殺しがたくさんできるんだからな」
「あの、何をさせるつもりなんですか?」
今思えば、この質問は迂闊だった。
今の私なら、絶対にしない質問だけど、中等部に通う子供だった私に、好奇心を抑える術なんてなかった。
私の質問に神近さんはニヤッと笑った。
「それは聞かない方がいいぞ、嬢ちゃん」