それから、数十分後、神近さんが携帯で呼んだ部下の人たちが、斧男を回収すると、愛実に言う。
「じゃあ、あいつはこっちで利用させてもらうから。望み通り、生かしたままにしてやる」
「ありがとうございます、神近さん。こっちも都市伝説を作るので、時々、それに合わせた行動を取らせてくれたら、文句は一切ありません」
愛実の図々しい言葉に、神近さんはため息を付いた。
「ったく、ヤクザ者を利用しようだなんて、とんでもないガキだな」
愛実は、その容姿によく合った愛らしい笑顔を浮かべた。
「褒め言葉として受け取っておきます♪」
神近さんが帰ると、今度は私を見上げた。
「先輩も今日はありがとうございました」
「何もしてないけどね」
「呼び出して、来てくれただけで、充分です。嬉しかったですよ」
そう言って、微笑んだ愛実の笑顔は、いつものように自信に溢れているものではなかった。どこか、寂しげで悲しげなもので、見間違いかと思ったけど、改めて彼女を見た時は、もういつもの笑みに戻っていた。
愛実は楽しそうに笑って、私に近付いた。
「先輩、あの斧男、たぶん掃除屋にされるんだと思いますよ」
「掃除屋?」
眉を寄せた私に、愛実が何故か、胸を張って説明する。
「敵対する組織の幹部とか、雷神界での裏切り者とかを殺す人です。使い捨てなら、鉄砲玉。何度も使うなら、殺し屋とか掃除屋ですね」
それで知らない方がいいってことか。
愛実は上機嫌で嬉しそうに言う。
「あ! 何かC級ホラーな設定が浮かんできました♪ よし、さっそく流そうっと♪」
そうして、出来上がったのが、『ベッドタウンの斧男』だ。
後日譚と言うには、あまりにもC級ホラーテイストな内容だったため、当初はあまり広まらなかったが、ある日、学園そばのベッドタウンで斧を持った大男が目撃されたため、あっという間に広まった。
愛実に聞いたところ、彼女は明るく笑って言い放った。
「神近さんにお願いして、ベッドタウンでもお仕事してもらったんですよ♪」
そんな簡単にお願いが通るものなの?
疑問は感じたけど、どうせ何か無茶を言ったんでしょう。神近さんが可哀想だわ。
それから、『ベッドタウンの斧男』は、すっかり都市伝説の定番となってしまった。
そこまで回想して、私は頬杖を突いた。
時々、ベッドタウンに現れては、噂に拍車をかけている斧男が、つい先日現れた。
『クラウさん』絡みなのは間違いないだろう。
だからこそ気が重い。
私は椅子に寄りかかって、パソコンの電源を落とした。
正直、こんな危ない殺人鬼に、学園そばのベッドタウンをうろついて欲しくないというのが本音だった。