放課後、私は御影や碧玉に内緒で、目撃情報のあった、学園から近くのベッドタウンへ訪れた。
血痕の残る道路を見つめていると、声をかけられた。
「お? 翡翠ちゃんじゃねえか。何やってんだ?」
振り返ると、黒髪をオールバックにした男性が立っていた。趣味の悪くないブランド物の服を着ており、顔の刃物傷が、堅気(かたぎ)でないことを示していた。
「こんにちは、神近さん」
私が笑いかけると、神近さんも笑みを浮かべた。
「女の子が一人で、こんな人気(ひとけ)の無い場所うろついてちゃ、危ねえぞ?」
「まだ明るいので大丈夫ですよ。神近さんは何をなさっているんですか?」
「あー……」
神近さんの視線が、道路の血痕へ向けられた。
「大丈夫ですよ。警察は動いていません。近所の人はペンキを撒いたイタズラと思ったそうです」
神近さんが何を言いよどんだか、すぐにわかった私が言うと、彼は困ったように苦笑した。
「証拠は残すなって言ってるんだが、単細胞で、すぐ忘れるんだよ」
それでも、今でも生かして使っているということは、それなりに役に立っているということだろう。
私は神近さんを見上げて、問いかけた。
「愛実は、どんな我侭(わがまま)を言ったんですか?」
「連続猟奇殺人事件の犯人を殺して、その死体を見つからないように処分してくれってよ」
「よく引き受けましたね」
私が呆れた眼差しを送ると、神近さんは困ったように髪をガシガシと掻いた。
「愛実は、ああ見えて、情報通でさ。そこらの情報屋なんかより、ずっと役に立つ。どんな情報網を持っているか、知らねえが、こっちが仕入れるより早く欲しい情報をくれるんだ」
「借りが、たくさんあるということですか?」
「まあ、ぶっちゃけ」
ヤクザさんに借りを作る女子高生って、どうなんだろう?
まあ、あの子は不可解な事件や事故に巻き込まれたいと常に思っているから、あらゆる場所に網を張っていて、必然的に情報通になったんでしょうけど……
「その犯人の遺体は、本当に見つかることはないのですか?」
「ないぞ。――ってーか、何でそんなこと気にするんだ?」
愛実が関わっているからだけでないのは、私の様子から何か察したらしい。私は微笑んで神近さんを見上げた。
「だって、もし遺体が見つかって、芋づる式に殺人教唆(きょうさ)した愛実にまで非が言ったら、面倒になってしまうでしょう?」
殺人鬼の正体が、ウチの教師だという事実まで教える必要は無い。あくまで愛実の御守りの延長戦だと告げると、神近さんは苦笑した。
「それはないから安心しろって。もし死体が見つかったとしても、斧男だけ切り捨てるだけだ。まあ、そうなれば愛実が臍(へそ)を曲げるのは目に見えてるがな」
何を想像したのか、神近さんが眉を寄せた。
私は肩をすくめて神近さんに笑いかけた。