俺が読んだのは、一枚目の便箋だけだった。
二枚目を無理にでも呼んでいればよかった。あとで俺は、そう後悔することになる。
「美鶴……」
背後から杏里兄ちゃんの声が聞こえて、俺は手紙を制服のポケットに突っ込んで振り返った。
「へ?」
頬に痛みが走った。
兄ちゃんの手にナイフが握られているのを見て、俺は混乱する。
何でだ? 兄ちゃんは、あのメールを見てないはずだ。
そう思った俺の視界の隅に、兄ちゃんが持ってた鞄とケータイが見えた。兄ちゃんのケータイは、最新機種の奴で、パソコンと同じネット環境が使えるのが売りの奴だ。
確か、『エンドレス・エデン』にも対応していたはずだ。
そう思って、俺はゾッとした。
「あ、杏里、兄ちゃん……?」
杏里兄ちゃんまで、俺を殺そうとするのか?
「美鶴……クソ……! 逃げろ!」
ナイフを持った右手が震えている。
杏里兄ちゃんの目は、何かが鬩(せめ)ぎ合っているのが見えた。さっきの男みたいに、正気を失った目じゃない。
「な、んだ、これは……!? 頭の中で、声がしやがる……!」
留衣と同じことを言っている。
「勇者とか、魔王とか、わけわかんねぇ……!」
「兄ちゃんも『エンドレス・エデン』で、プレイしてたのか?」
「は?……ああ、ダチに誘われて、二ヶ月ぐらい前から」
やっぱりそうだ。
『エンドレス・エデン』のプレイヤーが、俺を殺しに来てる。
俺が逃げれば、この場は収まるんだろうか?
だけど、その後は?
どこに行けばいい?
どうすればいいんだ?
「ぐうっ……!」
呻き声が聞こえて、俺は杏里兄ちゃんを見た。その目が、どろりと濁(にご)ったような気がした。
「兄ちゃん……?」
「魔王を退治しなければ……死ね! 魔王!」
叫んで、兄ちゃんが俺に襲い掛かってきた。ナイフを握った手を掴んで抵抗する。
「杏里兄ちゃん! 正気を取り戻してくれ! 俺は、魔王じゃない!」
「お前が『オスクリダ』なんだろ!?」
俺は動けなくなった。
兄ちゃんは尚も言葉を投げつけてくる。
「声が言ってる! お前が何人もの勇者を殺してきた魔王『オスクリダ』だって! ゲーム内なら何人殺したって罪にならないと言うのか!? お前が魔王だ! 選ばれたんだよ、ゲームに!」
どこかで、ピースが嵌ったような気がした。
そうだ。俺が魔王にされたのは、選ばれたんだ。『エンドレス・エデン』に選ばれた。俺が、魔王としてたくさんの勇者を倒してレベルを上げたから?
俺が悪いって言うのか?
その瞬間、湧き上がったのは、怒りだった。
あのゲーム内で、俺以外にも魔王はいた。その中で、どうして俺が選ばれたんだ!?
もっと悪質な魔王はたくさんいた。いたはずだ!
どうして、俺が殺されなければいけないんだ!!