俺は、その日の内に町を飛び出していた。
もう、あの町には帰れない。
夕焼けに赤く染まる留衣の部屋で、気づいた俺は、杏里兄ちゃんが持っていたはずのナイフを握っていた。
あれ? おかしいな。
何で、こんなに部屋が赤いんだ?
夕焼けの赤だけじゃない。これは、血の――
俺は叫んでいた。獣みたいに、サイレンみたいに、そういう声しか出せないかのように、叫び続けていた。
目の前に倒れていたのは、ナイフでめった刺しにされた杏里兄ちゃんだった。
何も覚えていないなんて嘘だ。
手に感触が残ってた。今も、兄ちゃんにナイフを突き立てた感触が、はっきりと思い出せる。
東京に向かう新幹線の中で、俺は膝を抱えた。
あの後、杏里兄ちゃんの死体も、最初から存在しなかったみたいに消え去った。
ゲームのキャラクターみたいに、簡単に消去(デリート)された。
俺は留衣が残していた手紙の続きを読んでいた。
『えっと、美鶴。
いつ帰れるかわからないから、今、ここに書かせてね。
私は美鶴が好き。
どうしよう。書いただけで、恥ずかしくて死にそう。
でも、それが、私の正直な気持ちだから。
今度は、戻ってきたら、絶対に直接美鶴に言うから。
だから、その時、美鶴も返事を聞かせてね。
不思議だね。
美鶴のことを考えている時だけ、声が静かになる。自分が馬鹿なことをしようとしてるって、理解できる。
でも、行かなくちゃ。
私は勇者だから。
ねえ、美鶴。
帰ってきたら、お兄ちゃんと美鶴の三人で、またお花見しようね。
私がいなくなって、お兄ちゃんが落ち込んでたら、励ましてあげてね。
頼りにしてるから。
いつか、あなたとお兄ちゃんのところへ帰ってくる日を夢見て。
津軽留衣より』