冷静に考えている暇なんて、与えられることなく、事態はさらに混乱を極める。
そう。再びあいつが現れた。
斧を持った大男が、話していた笹塚君の背後に襲い掛かってくる。気配に気付いた笹塚君が、私を庇いながら、斧を避ける。
「おわっ!? 逃げるぞ!」
笹塚君が私の手を掴んで走り出した。背後から呻き声みたいなのが聞こえて、風を切るような音が聞こえてくる。
背後から迫ってくる恐怖に、足がもつれてしまった。
「きゃあっ!?」
そのままこけてしまった。
その拍子に笹塚君の手を離してしまう。背後から、シューシューと空気が漏れるような音が聞こえてくる。
こ、怖い、怖い、怖い、怖い……!
体が動かない。私、殺される?
恐怖に包まれた瞬間、衝撃を覚悟したけど、いつまで経っても何も起きない。いつの間にか、目を閉じていたことに気づいて、私はゆっくり目を開けた。
最初に視界に入ったのは、茜色に染まった住宅街。
驚いた表情で、こちらを見ている笹塚君。
彼が何に驚いているのか、わからなくて、私は恐る恐る後ろを振り返った。
そこでは、斧を振りかざす大男と、その斧を鉄パイプで受け止める金髪の男の子。
「み、美鶴……?」
そう。彼は私の幼馴染の駿河美鶴だった。
なのに、どうして?
どうして、美鶴から魔王の気配がするの?
斧を振りかざした男からは何も感じないのに、どうして?
頭が混乱する。わけがわからない。この魔王は、美鶴に化けてるの?
「留衣、久しぶりだな」
こちらを振り返った魔王が、そう言う。
その笑顔も、声も、全部美鶴のものだ。美鶴だ。でも、頭に声がガンガン響く。殺せ殺せとうるさいぐらい叫んでくる。
待って! 彼は何なの!?
殺せ! 世界の平和のために!
だって、彼は美鶴じゃないの!?
選ばれし、勇者よ! 魔なる者を殺せ!
どうして、美鶴が魔王なの!?
早く殺せ! 世界を守るのが、お前の使命だ!
黙って! お願いだから!
耳をふさいで頭を振っていると、美鶴の声が聞こえた。
「くっ!」
ハッとして顔を上げると、大男が斧を薙いで、美鶴の鉄パイプを払ったところだった。
美鶴は続く斧の斬撃(ざんげき)を避け、大男の頭に鉄パイプを振り下ろした。頭を殴られて、大男の動きが止まった時だった。
「ちょっと、魔王! 何してんのよ!?」
後ろから女の子の声がした。
振り返る前に、何かが私の前を通り過ぎて行く。