それは長い黒髪の女の子で、笹塚君と同じ黒曜学園の制服を着ていた。彼女は美鶴の腕を掴むと、怒鳴る。
「斧男に喧嘩売るなんて、バカじゃないの!? ほら、さっさと逃げるわよ!」
「え? あ! おい、愛実!?」
美鶴が何か言おうとしたけど、それを無視して、女の子は美鶴の腕を掴んで走って行ってしまった。
唖然としていると、その場に獣のような咆哮が響いた。
斧を持った大男だった。彼は斧を構え直すと、美鶴と女の子を追いかけて行った。
「大丈夫か?」
手を差し出されて、私は顔を上げた。そこには、笹塚君がいた。その手を見ながら、私は問いかけた。
「何で、あの大男は、襲ってくるの?」
もう疑問だらけで、何もわからなくて、私の頭の中は飽和状態になっていた。
笹塚君が少し悩んだように、頭を掻いた。もしかしたら、困った時に見せる癖かもしれない。
「さっきの魔王がいるせいか、この街に勇者を名乗る人間が大勢集まって来たんだ。で、その自称勇者の一人が、とある組織の縄張りで暴れたらしくて、その組織の殺し屋であるあの斧男が勇者狩りをしてるんだ」
「……組織?」
首を傾げた私に、笹塚君は困ったように笑った。
「ん〜、雷神会(らいじんかい)っていうこの辺り仕切ってる組織なんだけど……」
それって、つまりヤクザ?
私の様子から、笹塚君はさらに困ったような表情を浮かべている。
「ほら、さっき魔王を連れて行った女いたろ? あいつが、その雷神会の幹部と知り合いでさ、どうにか、魔王だけは生かしたままで収められないか、交渉した結果、魔王を囮(おとり)にここに勇者を集めていたんだ。その過程で、あんたを拾ったってわけだ」
魔王。
笹塚君が魔王と呼んでいる相手は、美鶴で間違いないだろう。
美鶴が魔王?
どうして?
美鶴が世界を壊す存在?
ううん、違う。
美鶴なわけがない。あれは、美鶴じゃない。
そうよ! きっと魔王が美鶴に化けているのよ! そうだわ! あれは美鶴じゃない!
「あ。」
笹塚君が声を上げた。私も彼が見ている方に顔を向けた。
そこにはブランド物のスーツを来たヤクザ風の男が立っていた。左頬に刃物の傷跡が残っていて、それが凄みを与えている。
「よお、兄ちゃん。愛実の連れだな?」
「……はい、そうです。えーっと、神近さん、ですよね?」
笹塚君が聞くと、男はうなずいた。
「ああ。んで、愛実は?」
「えーっと、今、斧男を怒らせた魔王を連れて、逃げ回っています」
すると、男は呆れたように額に手をやった。
「あのバカ、我侭吐(ぬ)かすから、そろそろ狩りは切り上げて、ポチを迎えに来たってのに」
「あの斧男、『ポチ』って名前だったんスか?」
どうでもいいことなんだろうけど、私も笹塚君と一緒で、ちょっと疑問に思っちゃった。あの大きな体でポチって……
「単細胞で、証拠残すなっつっても、すぐ忘れる駄犬だ。ポチはぴったりだろう」
腕を組んで男は、笹塚君に近付いた。