「で、ポチが愛実を追いかけて行った方向は?」
「あ、あっちです。俺も行きます」
私も慌てて立ち上がった。
「私も行きます! 魔王を倒さないと!」
私が叫ぶと、男がこちらを見てきた。その目には呆れと、軽蔑のような眼差しが込められている。
「おいおい、これも勇者の妄想に取り憑かれた奴か?」
「妄想なんかじゃないわ! 頭の中に声が聞こえるの! 魔王を殺せ! 世界を救えるのはお前しかいないんだって! 私は選ばれた勇者なのよ!」
そうよ! 妄想なんかじゃない!
今も、声ははっきり響いている! 魔王を殺せと叫んでいる!
こんなのが妄想なんて、信じない! 信じないわ!
だから、だから……!
「殺さないと! 魔王を殺さないと、私は故郷に帰れない! 美鶴に会えない!」
魔王を倒せば、魔王を殺せば、私は故郷に帰れる! 美鶴と再会できる! だから、殺さないと……!
気付けば、私は走り出していた。
隠し持っていたナイフを取り出して、私は魔王の気配を探った。近くにいる。わかる。魔王はここにいる……!
耳に響いてきたのは、獣みたいな咆哮。
そして、現実が私の視界に叩きつけられる。
斧を振りかざした大男と、鉄パイプで応戦する少年。
その光景は、どこから見ても、大男の方が魔王みたいだ。でも、頭に響く声は、少年こそが魔王だと訴えてくる。
美鶴に見える。でも、違う。美鶴が魔王なわけない! だから、あれは偽者よ! そうよ! だから、殺さないと!!
「あ、ああああああああっ!!」
絶叫して二人の間に割って入った。
殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと! 殺さないと!
「……留衣!」
ナイフを振りかざした私の耳に、その声が聞こえた。
昔と変わらない優しい茶色の瞳、少し頼りない笑顔、私を呼ぶ声……
………………ああ、彼は美鶴だ。私が愛した男の子だ。
「美…鶴……」